プレ・クロマチック9.クロマチック

 この連載のタイトルを「プレ・クロマチック」としたが、それはピアノ初習者用のテキスト「プレ・インベンション」に倣ってのことである。「インベンション」とはJ.S.バッハが鍵盤の初習者用に作った、と言われている二声の練習曲である。これに挑戦する前に、ということで作られた曲集だ。ギターもクロマチック練習が初歩の初歩、基礎の基礎と言われているが、これに挑戦する前にやっておかないといけないことが沢山ある、という意味を込めたつもりだ。

 クロマチックは「半音階」の意味。つまりフレットハンド側は人差し指→中指→薬指→小指と順番に弦を押さえて、そのたびにピックハンドで弦をはじくものである。そんなわけで、フレットハンドの4本の指を独立して動くようにするための練習、と通常捉えられている。僕もそう思った。なるほどと練習した。当然自分で工夫した。4つの指の順列組み合わせは24通り、これを1フレットからオクターブ上まで、毎日毎日、繰り返し繰り返し、悟りが開けるほど行った。おかげで4本の指は均等に、独立して動く。だから傍から見ると凄く上手に見えるだろうね。(実際リペアショップのおじさんにやっかまれた程度には動く。)ところがこの認識は間違いであった。
 クロマチックの運指は、4本の指に負荷をかけるための練習ではなかった。指に負荷をかけないための練習法であった。さらには均等に動かすための練習ではなかった。動かさないための練習であった。この認識を間違えると私みたいに上達しなくなる。

 純粋に4本の指を動かすことだけを考えると、人差し指から小指まで、1フレットずつ順序だてて押さえていくのが指にとって「一番楽」なのだ。ストレッチもなければ弦移動もない。つまり指に「負担をかけない」わけだ。では指を楽にして何を練習するのか?という疑問がわくと思う。2つある。指が弦を押さえ、ピックが弦をはじくのが同時に行えるようなタイミングを体得するのである。そして難しくない運指であるがゆえに、無駄な力を使わないことが比較的簡単にできる。よって最小限の力で指を動かす〜最小限の動きで音程を決める、練習になるのである。  この辺がギターとピアノの差なのであるが、ピアノは打鍵で直接音を出すがゆえに、いつでもある程度の大きさの動きが必要である。従って、速く弾くときの動きは、遅く弾くときの早回しのようになる。しかしギターは、特にエレキギターは、その中でもフレットハンドは動きが小さければ小さいほど合理的である。だから速く弾こうとするとどんどん動きが小さくなる。
 動かさないでいい、ってところだけを見ると楽そうだが実際行うとなると案外困難だぞ。よく言われる「指がばたつかない」ではないのだ。ばたつかないだけなら僕はどこに行っても合格点だ。やるポイントがずれていたとはいえ、クロマチックを悟りを開きそうなまでやった効果はある。しかし動きが大きいのだ。更に嫌味なぐらい指が均等に動く。つまり、使っていないときは人差し指も小指も全く同じように弦から離れる。ところがこれが均等であってはならない。小指はもっと離れてもいいが、人差し指は離れちゃ駄目なのだ。この辺の意識が僕には全くなかった。

 というわけでいきなりクロマッチックをやっても、小さな動きを追求し、弦を押さえると同時にはじくことを心がけるのはやはり敷居が高い。ポイントはそこだと説明されても、全く訓練を受けていない指がいきなりそんな風に動き出すわけではない。
 そこで今までの長々とした説明と練習が必要だったのだ。弦をはじくタイミングを自ら生み出し、その瞬間、ピックで弦を切る。弦から指を外さず、重心を動かして押さえている弦を変える。これを一歩ずつ解説し、嫌になるほど単調な練習をしてもらってきたわけだ。

 クロマチックの譜例はこれ。クロマチックが実は指に負担をかけない動きだと教えてくれたトモ藤田さんの出してくれているものだ。

 そしてフレットハンドと同じように、ピッキングも最小限の動きでやるように。では、がんばってください、と突き放したのでは私らしくないので、まあクロマチックに飽きてきたところで、ちょこちょこバリエーションを入れよう。フレットハンドの押弦はそのままで、四分音符だったところを八分に/三連に/十六分に細かく分けていく。でまた十六分から三連、八分と落としていく。ほら、最初に弾いた四分と戻ってきて弾いた四分、比べてみて?指の動きが小さくなっているでしょ。まあ最初から三連・十六分はしんどかったらやんなくていいや。無理して変な癖がつく方が怖い。

 ここで初めて出てくる「ポジション移動」についてちょっと書いておく。クロマチックをやると、最初はどうしても尺取虫みたいな動きになるけど(上行パターンの場合小指を押さえている最中、人差し指がよっこらせと1フレットブリッジよりに動く)、でその動き、認めるけど、折角指に負担がかかっていないときだ。左手全体が1フレット動くようにしよう。そのうちイヤというほど行う羽目になるポジション移動の練習を先取りして始めておこうということだ。
 このとき、ちょっとした練習Tipsがある。「フレットハンドの甲にサロンパスを貼りましょう」。大きさ的にはトクホンの方がいいかもしれんが知名度でサロンパス。何を意図しているかというと「フレットハンドの甲を平面として捉える」感覚を常に意識することだ。この面は動かさない。動かすときには同一面を平行に移動させる。
 サロンパスですから、適当にジワーっとした刺激を感じます。これが「面」を意識させてくれるんです。あまり高級品は駄目よ。「つけていることを忘れる」ようではちょっと。

 さて、つい最近、というか先週、ピッキングの力の入れ方のわかりやすそうな例えに思い当たった。トグルスイッチのON/OFFである。指先ではじくとバネ仕掛けでONになる。このタイミングを意識して。弦を弾くときにピックを起動すると、あたかもバネ仕掛けのように素早く弦を通過。音が出たところで「止まる」。
 バネ仕掛けで動いているイメージだから加える力は最小限。弾き終わったところで停止だから動きも最小限。で「パチッ」とスイッチが入る瞬間がリズムを取るポイントよ。(つまり弦を通過し終えたとき。)弦を引っ張るなんて感覚は皆無。

 こういう例に気がつくようになったってことは、僕も少しはうまくなったってことなんだろう。

音楽ネタ、目次
ホーム