木根川橋を歩いてきました

 さだまさしの「木根川橋」の歌枕を歩いた。
 京成電車が雨の影響とかでダイヤ混乱、アナウンスと表示板の行先が違ったり、土地勘の中途半端な私はずいぶん苦労した。(支線まで押さえてないから、折り返し運転で行先が違っても、それがどこまでか分からないのよ。)
 しかし雨でよかったところもある。
「植木市の日は、今でも必ず雨が降りますか」
 植木市は残念ながら終わっていたが、雨は降った。しかもいい具合。本当に今日が植木市の日なら
「中止するほどでもないが、できたら降らないでほしいねえ」
という絶妙の霧雨である。
 とはいえ、写真で見せるには、もう少し降ってくれたほうが分かりやすい。どうしようかと考えていたら、絶好のポイントがあった。雨粒は映らなくとも間違いなく雨を感じさせてくれる。

 四ツ木駅から、まずは「白鬚神社」。同名神社は複数あるが「水道路抜けた」の一節からここではないかとあたりをつけて行った。一応現地で地元の人にも聞いたのですぞ。
 「水道路」という地名はない。が、金町浄水場から浅草に水道を引いたところに道路が通っているそうだという説を見つけた。そういえば嫁はんと昔「妙にまっすぐの道がある」のに気が付き、矢切の渡しから浅草まで歩いたときに通ったのだった。地図で確認。木根川橋からちょっと入ってこの道を進み、六差路で左を見ると先ほどの白鬚神社が。
 もっともさきほどの地元の方の話では縁日は数年に一度のようだ。さだまさしが何年ここに住んでいたかはよくわからん。しかしわずか3年間の中学生活の思い出話に出てくるってことは、毎年やります!でないと少々不自然なのだが。でも魏志倭人伝の例もあるし、あいまいなままにしておくのも美意識である。
 んでもって木下川薬師に。中川中学。途中高い煙突があったので銭湯とみて写真も撮った。
 中川中学の生徒会がさだまさしに卒業式の日取りを連絡すると、きちんと当日に祝電を送ってくれるらしい。

 木根川橋を歩いて渡る。京成線をたどる。言うまでもなく、りんりん自転車屋
「あのころチャリンコ転がして行った」
曳舟、押上、浅草を通るためである。
 曳舟駅前に、もろ「自転車屋」を発見。
 許可をもらって写真を撮る。さだまさしも、この店でパンクを直してもらったことがあったのかもしれない。そんなわけないよね。ビルの1階。新しすぎる。しかし、ここにビルが建つ前から自転車屋はあって、という情景を想像するとなると途端に昭和の香りがよみがえる。

「おじさん。実はお金ないんだけど」
「この小僧!しかたないな。今度持って来い!」
何年かたって、さだまさしが自分のレコードを持って訪れる。
「あの時はありがとうございました。」
おやじさんが「さだまさしさんですよね、まさか・・・このガキィ、立派になりやがって。」
 さだまさしの歌詞はこういうずるさがある。
 拒否できないのである。
 日本人共通の情緒に思い切り訴えるのである。

 曳舟には「高架工事をしている横に踏切が残り、そこを電車が走る」という昭和的光景があったが、押上駅はねえ。逆に今、押上に行ってこれを無視すれば、不自然なものがどどーんとそびえている。東京スカイツリー。
 だがこれは地名と語感がずれてはないのでよしとしよう。サイドバック長友の攻撃参加と並んでいかにも「押し上げる」というイメージではないか。(さだまさしとサッカー、縁がないわけではないよ。日本人プロサッカー選手第1号はさだまさしの弟だそうだ。)
 もちろん「押し上げ」イメージの写真を撮りました。ここは現地に行かないと気が付かないだろうところ。ケンタッキーフライドチキンにビールセットがあるのですね。

 このまま浅草に抜ければそれでも楽なのだが、北上。「白鬚神社」の縁日に行くためである。え、さっき行ったじゃないかって?複数ある白鬚神社のうち今度は浅草七福神の白鬚神社。確か寿老人を祀ったところがないので、「白鬚」を寿老人とみなしてコースに入れたんじゃなかったかな。それが今日、縁日なんです。
 もちろん「アセチレン焚いてあんずあめ売ってますか」。屋台の人に許可をもらって、アセチレン、じゃなくてプロパンガス撮影。この天候だし、昼過ぎだし、でどうかなと思いましたが「相も変わらずにぎやか」でした。

 隅田川沿いに下って浅草へ。
 全行程およそ13キロ。結構しんどい。
 しかしこれだけがんばっても撮れない情景があったのよ。
「荒川土手の・・・草野球」。
雨とは両立しません。またこなくては。

 最近、ずいぶんギターがましに弾けるようになったので、そろそろ「木根川海底トンネル」を録音してみようかとおもっているのよ。その時に映像をつけたいので、スライドショー用の写真をとりだめる、があったのだ。
 実は私、声もいいしね。先日人気絶頂ふなっしーのライブに行って「Hyahoo!」に「Hyahaa!」と返したのだが、そのどきの動画をYOUTUBEにあげている人がいて、聞いたんだが、私の声、なかなかではないか、と妙に自信を持った。うちの娘に言わせると「喉が完全に開ききっているからただ者ではないのは分かるが、誰の声かは分からん」なのだが。
(ちなみにYOUTUBEにあげた人。ふなっしーの声だと信じ切っています。)

 2番を歌う気はないから、抒情的なものを映像化する必要は少ないが、それでもせっかくこちらにいるんだから情景を含んだ現地の写真をを、という気はある。最後の問題は、最近とみに機嫌の悪いニョーボがカルメ焼きを作ってくれるかだ。

 しかし、1・3番の歌詞も抒情的なものがゼロではない。
「あの頃何やら覚えているのは」
なら、中学校の校舎でも写せばさまになるが、
「みんなみんな、許せた毎日」
が難しいね。「長嶋がチャンスで三振」あたりが一番はまるのだろうが、それでは私らしくない。一つ考えたのが、むかし大日本帝国軍人であったボク大統領の写真。娘のパククネは許せなくても、ボクちゃんは許せましたな。これだとそれなりに政治的風刺が効いている。しかしボク大統領は写真では誰のことかわからん人も多いし、分かったら分かったで炎上を引き起こす可能性がある。

 しかし、犯罪者なのだが昔のことだから許せてしまう有名人に気が付いた。
「三億円事件の犯人」
もちろん誰かは分からない。が、モンタージュ写真は独自の人格さえ備えている。

 この写真が流通している、ということは、少々私に勇気を与えた。
 このモンタージュ写真、公開するにあたって、権利者に許可は取ったのかな?
 モンタージュだから切り貼りである。ならば切り貼る前の写真があるはずだ。実在する人の顔のね。この人たちの許可はとったの?肖像権の侵害じゃないの?
 ましてや「犯罪者の顔」として自分の顔が使われているんだよ。俳優ならともかく、一般人が許可するはずがない。。。確実に無許可で使っている。
 ってことは、切り貼りする限り必ずしも被写体の許可は取らなくてもいいということである。強弁か?強弁だ。でも三億円事件の犯人の写真が無許可で配布された法的根拠はなんだ!ねえだろ!!である。

 今回撮った写真。許可をもらって写したものもあるが、そうでないものも多い。縁日に典型的にあるように、通行人が映りこんでいる。荒川土手を走っている野球少年なんか、遠すぎたので、無許可撮影である。これをどうするか?しかし、モンタージュする限り肖像権侵害を気にしなくてよい!ってことだ。少なくとも警察は文句を言わない。
 私の言っているのはとりあえず静止画だが、動画も同様だろう。映画会社も「この作品をDVD化=ディジタル化する、ついては映りこんでいる建物の所有者にDVD化の許可をもらって来い」と言ってきているわけがない。(フレンジーのオープニングなんてどうすんだ。)

 これはちょーーーっと拡大すると面白いことになる。
 音の断片、切り貼りするのに、音を出した人に許可をもらうのは不要ということだ。
 おお、ベルリンフィルの「ジャン」とかウィーン少年合唱団の「あー」をサンプリングして・・・、え、ずいぶんでかい話になったって。JASRACは騒ぐだろうが、今回映画業界は応援してくれないだろうなあ。モンタージュを否定するということはエイゼンシュタイン以後の映画を否定することだからな。

 これだけ書いておけば、木根川海底トンネルを身内に公開しても、文句を言われることはなかろう。ちなみにネチズンはみな友達。
 フリーソフトを書いて公開している人間が言うと結構説得力があるかもね。

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