ピンチテーマ

 少々昔のことだが、吹奏楽部に入った娘はホルン担当になった。第三希望だったようでがっかりしていた。しばらくたっても元気がないので、ホルンのカッコいい曲を聴かせた。
 まずはブリテン「青少年のための管弦楽入門」からフーガ。木管楽器から徐々に楽器が入っていき弦楽器の最後でハープが入る関係上、一度音量が下がる。それからクレッシェンド、頂点に達したところでホルンがテーマを吹く。最初聞いて身震いしたぜ。She came in through the bathroom windowに匹敵するかっこよさだ。うちのガキ無反応。
 では、と花のワルツの主題、やはり無反応。それならと史上最もホルンが優遇された曲、ホルスト「惑星」から「木星」。4つのテーマを全てホルンが提示し、しかもあの有名なフレーズを含んでいる(マンゼが振っているのがあるとは)。それでも無反応。結局ガキが最初に反応したホルンのフレーズは、ローエングリンの第3幕への前奏曲。ウィーンフィル、ニューイヤーコンサートでありました。つまり映像つき。ひょっとしてガキ、ホルンがもともとどんな音を出すか知らないのでは?
 これではいけない。ホルンがどういう音を出すか知らないのに吹けるわけがない。なので連れて行きました。野球場に。日本一の屋外吹奏楽団が演奏する横で聞かせました。これがアフリカンシンフォニーの咆哮だ。
 地元の名門吹奏楽部の音を聞かせるとしても、普通は定期演奏会とかに連れてゆくでしょ、というニョーボの冷静な意見が普通と思いますが、あいては何のかんのと子供。分かりやすい全力の音!を聞かせて、印象付けたかったのですな。野球なんぞほとんど興味のないガキではありましたが、途中から応援団に混じって「おー」とこぶしを突き出してました。子供のことだから一緒に演奏している気分になったのだろう。この経験は決して小さくなかった。みるみる上達したらしい。

 んでもって吹奏楽のものすごく弱いところで育ったので「ブラバンなんか聞いていて耳が痛くなる」と評していたお父さんも「なかなかいいじゃない」と野球場に時々耳を出すようになりました。野球大好きだしね。
 結構応援がいろいろあって楽しい。日本第二位の屋外吹奏楽団はあそこかなあ、あっちかなあと今年行ってみましたが、ブラバン甲子園U-18Live!はちょっと期待外れ。そんなに力入れてないのかね。第一位とジョイントコンサートを開いたところは、確かにいいんだが「テンポが全部同じ」なので3イニングで飽きました。なので日が射すのを避けて対面のスタンドに。あれ、大音量に聞こえたが対面で聴くとはっきり聞こえないぞ。こちらの高校の方が遠くで聴くとよく聞こえる。
 というか、居心地がいい。なんか母校を応援しているかのようだ。応援練習ガンガンにやりましたというのはない緩い雰囲気なのだが、心は一つ、感があってそこに混ざるに苦労しない。
 遅ればせながら気が付いた。志望校選定の際、その学校の校風を感じるに、野球の応援スタンドはとても適しているのではなかろうか。学校の雰囲気をつかもうと文化祭とかに行く人は多いし、それはそれでいいのだがどうしてもよそ行きのところがある。が、高校野球の応援スタンドはその学校の校風がデフォルメされて凝縮されている。そして自分も同じ方向を向いている。校風になじめるかどうか、すぐにわかるではないか。

 なじんでしまったスタンドで9回、最後の攻撃、いっしょになって熱血応援してしまった。こいつら、えらい。強豪校相手に一度は追いつきながら地力の差、点差を広げられた最後の攻撃。打者はここで早く振って楽になりたいはずなんだ。しかし、彼らは目標を変えた。内心勝つのはあきらめていたかもしれない。「逆転」はあまりに遠い。だから「1分でも長く試合をして、負けるとしても1球でも先に延ばす」と目標を取り替えたかのようだ。だから心は折れなかった。実現可能な目標、瞬間瞬間に達成してゆける目標だからね。なんと長い九回の攻撃だろう。そして粘って粘って、1点返した。

 さて、このとき吹奏楽部は何を演奏すべきだったろうか。そこそこ名の知れた高校であれば、スコアリングポジションにランナーが出た時とか、のチャンスに演奏する曲がある。例えば習志野高校だと「レッツゴー習志野」。これを9回ノーアウトランナーなしからでもを発動させる。しかし、追い込まれた時にチャンスで鼓舞するための曲を演奏すると逆に選手が委縮するんじゃないかな、と思うこともある。
 追いつめられてもはね返せ!って曲を用意しておきたいと思ったのだわ。「ノッテけ!」ではなく「負けるな、あきらめるな」って曲だ。なので私は春の甲子園、9回、アルプススタンドでただ一人
「嵐の海を渡る燕なら、捨てたりはしない胸の希望の光」
と歌っておりました。スタンド全体からこの歌が聞こえてくれば、怖さに負けて早打ちするのではなく、「1分でも長く試合をして、負けるとしても1球でも先に延ばす」という気持ちで粘れたのではないかなと思っている。

 日本二位の屋外吹奏楽団を、智弁和歌山抜きで決めようかと思ったのはあれですが、JockRock(もともとはYAMAHAのデモ音源らしい)合わせにくいでしょ。キミらを含めて難しそうだぞ。失礼な奴だって?自覚はあるが、魔曲というならピッタリなのを提示できるからこんなことを言っている。
 味方を後押しし、相手をおびえさせ、さらにアンサンブルがとりやすく遠くまで届く。うまいことに日本人好みでもある。
 戦場でこれが聞こえるとヨーロッパの軍隊は我先に逃げ出したという伝説がある史上最強の魔曲「ジェッディン・デデン」。

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