真っ暗を見せるために

 ジョン=ケージが無音室に入ったところ、高い音と低い音が聞こえてきたらしい。
 当然、質問する。高い音は神経の作動音。低い音は血液の流動音。
 そこで彼は「完全なる無音などない」と悟ったわけだ。
 かくしてできたのが、彼のもっとも有名な作品である、三楽章のピアノ曲「省略」。
 通称「4分33秒」である。実は全編音なしではなく、音があるのだ。

 そういうことを知っているものだから、こんな会話をしている輩がいたのに「アホかコイツは」と思った。「真の闇を見た人は誰もいない。だから塔の上に完全に光を遮断した部屋を作った。すごいだろう。」
 地下に作った方がよくないか?普通の暗室で足りるだろう。というツッコミ以前に
「視神経が出すノイズがあるから、真の闇は見えないだろう」
という当たり前の事実を呈示してあげたかった。
 みなさん、まぶたを閉じて、その上を指で押してみてください。目の疲れが取れる・・・でなくて何か妙な模様が見えるでしょ。それが視神経の出すノイズ。

 ところがそれから10年近く経って、わたしは真の闇を「見る」体験をフロリダでした。
 ディズニーワールドのタワー・オブ・テラーである。確かに周りは真っ黒だった。なぜだ!私の推論は間違っていたのか?
 疑問が解けたのは数年後。インク会社の人と話す機会があってだ。インクの色で難しいのは赤と黒。黒の理想はビロードの黒。光を吸収するから。なるほど、タワー・オブ・テラーの真っ黒な空間には光は入っていた。(扉を閉めた音はしなかったから構造的に後ろから入ってきているはずだ。)多分視神経のノイズよりもちょっと明るく。しかし黒のビロードを周囲に貼りこんでそれを吸収し、結果として真っ黒をみせていたのか。感心した。
 ちなみにその印刷会社の人の名刺を細かく見ると、黒のインクに無数の気泡の跡があった。こうやって光を吸収しようとしているのか!すごいな、この人たち。

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