When I am Sixty-Four

 Paul McCartneyが1990年に来日したとき、When I'm Sixty-Fourを歌ってくれないかなと思った。ちょうど、年金の支給開始年齢が65歳まで引き上げられるという話が出ていたので、皮肉を効かせて「まだ私を必要としてくれますか?まだ食べさせてくれますか?私が64歳になったとき」と歌ってほしかったのだ。そうなると我々は年金制度改悪反対のテーマソングを手に入れることができる。
(この辺がポールとジョンの差であって、自分の持っている社会的な意味についての意識がまるで違う。)

 年金の制度としての問題は、自分が保険料を納めていようといまいと、
配偶者が納めていれば貰える金額に変わりがないということであり、
技術的な問題は高度経済成長時に原資を年率17%で運用できなかったということであり、
構造的な問題は少子化が進んでいるということである。
 まあ、このへんについては指摘する人も多かろう。

 ちなみに、世界的な基準でいえば社会保険料や厚生年金保険料は税金であり、これを勘定に入れると日本はとてつもない税金の高い国になる。昔、かけだしプログラマだった頃に自分の給与明細を見て計算したところ、所得税率は40%であった。当時は扶養家族がいないとはいえ・・・。
 そんなもんだから日本の財政は実は黒字だそうなんだが、といってもこれは昭和の時代のはなし、小渕さんになってからどうかは知りません。でも、ことごとくタブーに挑戦されてきた小渕さん。ぜひ年金の制度的問題を解決してほしいですね。

 年金制度改変なら改変に反対しての論調も、この辺までは切り込んでいただきたいのであるが、マスコミ人の方々はやたらぶつぶつ言っているだけである。最近ははじめからあきらめている。世論もまるで盛り上がらない。そういう国民性でも、テーマソングとかあればどうなるかなという期待はあるわけだ。BeatlesのWhen I'm Sixty-Fourなんか最適なんですけどね。

 日本の流行歌で政治の歌と宗教の歌がないことを考えると、やはりそういうのがなじまない国民性ではあるのかな。(Stevie WonderのHappy Birthdayって政治ソングですよね。)試しに作ってみたことがありますが、当然受けませんでした。そのかわり、もっともニューミュージックらしい歌を作ると、これは受けた。

 きみがああして、ぼくがこうして、風が冷たい
 ぼくはどうして、なんのために、生きてきたのだろう
 もしもあのとき、きみの言うまま、ぼくがそうすりゃ、きみはどうなる
 どうしようもないことを、かれこれ考えて、一歩も前に、進めない
 こそあど言葉のオンパレードです。

 1990年のPaulのライブ、でも感動したのよ。最後(The End)はわーわー泣いてしまった。ポールという人物が、素直に、1人のビートルズファンとして、ビートルズが好きで好きでたまらない人間として、ビートルズナンバーを歌っている、というのが伝わってきました。
 あの姿はジョンの信者にとってショックだったかもしれない。ジョンのファンはジョンを理解しようと努め、自分がジョンの一番の理解者であるという自負をどこかに持っている。ところが、そんなのを吹っ飛ばすほどのジョンのファンがステージ上にいるわけだ。ジョンの信者は結構ポールを軽く見ているところがあったから、もう圧倒されてしまったのではないかな。
 これに対して1994年のライブは「ミュージシャン」としてのポールを前面に押し出したものだったように見えますね。ベースではPaperback Writer、ピアノではLady Madonna、途中ドラムも叩いたし。

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