自己責任というフレーズ

 私は意見を吐くのに仮説や先入観を前提とすることをどちらかといえば評価している。

 よくたとえに出すのが法隆寺が一度焼失したかの論争。「燃えた」の東大派と「燃えていない」の京大派が、自らの仮説を証明すべく大論争。「燃えた」と記述のある文書の信憑性を一つ一つ検証したり、法隆寺の建築に使われている度量衡の単位がいつの時代に使われているかを調べたり、使われている木材の年代を測定したり、自分の思いこみ(というか立場)が正しいことを証明するために考えられるあらゆることを行った。結局燃えた跡が発見されて東大派が勝利したが、論争は無駄であったわけではない。この論争を通じて、どれほどその時代に対する理解が深まったか。論争はこうありたい。

 イラク人質問題については認識の甘さを指摘し、かつ今後とるべき常識的な行動はこうだろうと主張はしてきたが、特に仮説を持ち込んだり、先入観で人質の皆さんを非難はしてこなかったつもりである。しかし事情が変わった。安田君はTIMEのインタビューに答えてこんなことを言っている。ようするに人が死ぬのを見に行きたかったらしい。政府の撤退勧告が信用できなかったから確認のために行ったらしい。納税者の金で自分を解放するのは日本政府の義務で特に感謝はしてないらしい。
 怒っていい。これは怒っていい。怒ったところでこの人に対する非難は仮説や先入観の混じったものとなるが、こいつに関しては全ての非難を私は暴言とは言わない。

 ではまず私からの非難。こういうのがいるから、国家の国民へのサービス機能が不必要に肥大化し、そこに利権が生まれ、政治が腐敗し、増税や年金の削減が生じ、国民が不幸になるのだ。
 もし、退避勧告を無視して人が死ぬのを見にゆくような奴まで当たり前に守るのが日本政府の仕事とすれば、日本政府はいったいいくらの基金をあんたらのために積んでおかねばならないのだ。当然、増税しなきゃならんよね。うーん。そのお金を日銀の金庫に入れておくと、マネーサプライへの影響を考えないといけないから、市中銀行に預ける。おお、そうすると銀行の経営は楽になるし、投資も増えて景気が上向く。いいじゃないか。ただし、市中銀行に預けず財政投融資資金となる可能性の方が高い。すると資金は外郭団体に流れ、採算無視のリゾートなんぞにつぎ込まれ、一部は利権となり、さらに政治の腐敗が進む可能性が高いんだけどね。ね、あんたたちがいると日本は悪くなるんだよ。
 でも、非難しっぱなしではないぞ。またイラクに行きたいというならそれに応えてあげてもいい。結構利用価値があるかもしれない。なんてったって民兵にスパイと疑われたても無事に乗り切ったという実績がある。写真も撮れるらしい。適任だ。スパイとして行ってきてくれ。国家が君の命を守るのが義務であると同じように、君も国家に尽くす義務がある。いや、身構えることなんかない。イラクの情勢を調べてレポートしてくれればいいのだ。しかも核心に迫るレポートだ。君のやりたかったことそのものじゃないか。もちろん身の危険を感じるかもしれないが、どうせ一度は捨てた命だろ。

 退避勧告では効果がなかったので渡航禁止とするのはまあ、法律的に問題があるかもしれない。でも退避勧告地域に日本人がいてそれを政府が守らなければならないとすると「退避しないのならあらかじめ連絡しておいてくれ」というのは政府の当然の感覚だろう。私もこれを支持する。とするとフリージャーナリストやボランティアで行っている人は政府に登録という事になる。まあいいかな。でも今井君という市民運動家も行っていた以上、市民運動家も事実上登録制になる。今、私はこれに反対できないんだ。何とかしてくれ>今井君。解決責任は君にある。(「活動は自由だが、危険になったら助けるのは当然」なんて甘いこと言うなよ。君の家族がそんなことを言ったおかげで、君は今辛い目にあっているんだからな。どうしても他人のせいにしたいなら高遠さんの家族に文句を言ってくれ。)
 ああ、ついでに君が代表やってたり属してたりする市民グループから脱退した方がいいよ。彼らに迷惑がかかるから。いやがらせをした方が悪いのかもしれないが、君がいるおかげで彼らが迷惑するのは事実だから。

 まあ、人質の皆さん解放されたけど、まさか聖職者の呼びかけに応じて、なんて純粋に信じている人はいないよね。普通は身代金が動くでしょ。で、身代金はどうなったでしょう。武装グループにわたって武器弾薬になるというのが素直な推理。まあ当然、紛争は激化するわな。つまりあんたたちが捕まったおかげで、イラクの人々は不幸になったんだよ。あんたたちの命を救ったおかげで何人ものイラク人が多分死ぬんだよ。
 自作自演だったとしたら、身代金は払われていないかもしれない。だから上の推測は外れているかもしれない。ところで、自作自演と言われて非難中傷を受けるのと、自分が原因でイラク人が死ぬのと、どっちの方がマシですか?
 後悔してくれ、あそこで死んだ方がよかったと後悔してくれ。そして「その罪を償うためにイラクへ行く」なんて言わないでくれ。どうしてもというなら武装勢力同士の衝突を人間の盾として止めてきてくれ。

 「自己責任」元々は法律用語らしいけどいろんな使われ方をしてる。私も妙な使い方をした。でもね。ネットワーカーはこの「自己責任」にとても敏感です。誰もが意識しているわけではないけども、「自己責任」という言葉をネットワーカーはいつも気にして動いてきたから。だから人質問題へのネットワーカーの非難は世間からに比べて激しい。
 ピンと来ない方は、手近のフリーソフトウェアのReadme.txtを開いてみましょう。多分使用は自己責任でお願いします、と書いてあります。
 かくしてネットワークを支えてきたフリーソフトウェアの作者は思います。「これって、使用は自己責任でと言っているのに、使ってデータが消えたからなんとかしろとわめいているようなものじゃない。ましてやベータ版と明記しているにもかかわらず。」
 フリーソフトウェア作者はこれで充分トサカに来ます。

 次にインターネットメールサーバーやDNSサーバーを運営管理している人は思います。(フリーソフトウェア作者の次に書いたけど勘弁ね、だってsendmailがないとちょっときついでしょ。)メールが届かなかったとか内容が漏れたからって、こっちに文句を言われてもなあ、あくまで善意でやっていてBestEffortと言っているのに、それを無料で相乗りしておいてねえ。そんなに大事ならファックスなり手紙にすればいいはずなのに。

 圧倒的大多数のインターネットのユーザーも、メールを送る際、受ける際(特に添付ファイルを開く際)に自己責任がちらついているはずです。常日頃それを自覚している人間だからこそ、連中の甘えに怒るのです。ネットに罵詈雑言が乱れ飛ぶのは匿名社会だからというのは一面真実ですが、自己責任をいつも気にしている人間だから、彼らに怒りを感じるということもあるはずです。あたりまえのことです。

 あ、でもMorphyOneは自己責任でなく詐欺だと思うぞ。そういえば債権者名簿登録漏れの件どうなった?そろそろ教えてくれ。

 扉にも書いたけど、この人質解放のコスト追求、マスコミはやっておかなければならないハズなんだ。でないと、政府の不透明な会計を追求したとき「まあ人質の救出費用とかありましてこれは公開しませんからね」とかわされてしまう。(しかし週刊朝日すごいね。職員の給与は残業手当が支払われないのが慣習だから、算入しなくていいんだって。対策本部の家賃や警備料金はどうした。)また「政府は別のところで税金湯水のように使っているんだから、今回のなんて問題にならん」という論調を使うと、無駄な支出を認めたことになってしまう。また会計内容に文句をつけるとき「人質事件なんて一人頭ン億使ったといわれてます。この支出はン人の雇用を守るためですから、このくらいはアリでしょう」と言われたとき文句の言いようが無くなる。
 だから人質に払わせる払わせないは別として、算出はしておかなければならない。で、これは○○という理由で無駄ではないね、と社会的コンセンサスを得ておかなければならない。北海道や宮崎県はそれなりにやったぞ(理由は「かわいそう」)。算出の際に身代金は払わなかったことにするのは方便としてもかまうまい。
 あ、そうそう、納得してしまう書き込みがあったんだわ。「国内で誘拐事件があったとき、政府は身代金を払ってくれるんですか?」

 人命を救うためなら無条件に税金投入が許されるのであれば、景気対策にはもっとじゃんじゃんお金をつぎ込んでほしいもの。金融機関への公的資金導入(という名の有利子貸与)なんてみみっちいことせずに、不良債権の買い取りをすればいいじゃないの。(新生銀行だってそのせいでなんとかなったんだし。)あるいは赤字で倒産した企業にお金をあげて再建する。そうすれば確実に自殺者は減る。これを人命救助と言わずして何と言おう。なんか変かなあ?経営がうまくいかなかったのは自己責任だから仕方ないわけで、そこで自殺したとしてもそれはその人の責任。そうだよねえ。でも、人質の皆さんに税金投入したのを無条件に肯定してしまうと、自己責任で会社潰して自殺した人を税金で救う論理が具体的にどう変なのか私には分からなくなってしまったのよ。
 悲しいことに多くの場合、企業経営者は政府の言うことを聞いていたのよ。取引先の事情や不慮の事故で倒産に追い込まれたのかもしれない。それでも自己責任なの?

 人は通常、自分の運の悪さにさえ、責任を持たされるんだよ。誤爆で殺されたイラク人がまさにそれじゃない?それを見物に出かけていった人間が、日本人というだけで、どうして助けてもらえるのが当然なの?

社会問題ネタ、目次
ホーム