情報開示でリスク回避

 Microsoftのスティーブ=バルマー氏が来日してあちこちで講演をしているらしい。  ascii24が記事にしてくれているが、興味深かったのが慶応大学の講演
 スライドが何故か日本語というのも裏読みさせてくれるが(ちなみに東大講演は英語)、特に興味深かったのが質疑応答。
また、講演中に語られた20年後はどうなっていると考えるかとの質問には、「私はゴルフが趣味なのだが、たとえば、家にいながらにしてゴルフ場でタイガー・ウッズのパッティングが見られるようなシステムや、それを見ながら、世界のどこにいるかその場ではわからないとしても、私同様ゴルフが好きなビルに “今タイガーがすごいパットをしたぞ!”と興奮をすぐ伝えられるような手段ができているかもしれない」と、ヴァーチャルリアリティーや通信分野が現在から飛躍的に進化しているのではないかという意見を述べた。
 バルマーやビルの家にはテレビや携帯電話がないらしい。

 しかもウッズを出してくるところが、、、どちらかというとウッズはパットが下手だったんじゃ・・・そうか、現代最高のプレーヤーであるウッズでさえも、20年後を生き抜くためには苦手なパットを克服しなければならない。同様にマイクロソフトも不得手なものを克服しなければ20年後は生き残れない。こういう自戒なのかもしれない。

 なお、バルマー氏はあちこちに顔を出しているようで7月3日の日本経済新聞でもインタビューに答えている。「ウィルス対策ソフトを出す考えは」という質問に「一年ほど前にルーマニアの対策ソフト会社を買収したが、進展していない。当面、対策ソフトを販売する計画はない」と答えている。
 おーい、インタビューアの方、つっこみが甘いぞ。「では、インターネットエクスプローラーのように無料で配るという考えは?コンピュータウィルスが社会問題にもなっている以上、当然のことではないでしょうか。そういえばMS-DOS 6.2の時には付属していましたよね」くらい言ってみろ。
 と、そりゃ日経の記者には無理でしょ、と自分でフォローしてやりたくなるようなつっこみを入れつつ同じ日経新聞を読み進めると、

 フォローしてはいけない記事が目にとまった。5面の『けいざい心理学』というコラムで、『「ウソ」じゃないかも−従順な人々』、としてこんな事が書かれている。信用金庫の取り付け騒ぎの引き金がうわさであったことを紹介し、うわさを「ウソ」でないかもと考え、それに追随する従順な人が増えてきたと書いている。で最後《電子の時代。情報は瞬く間に伝わる。スピードが速くなった分だけ、ウソと真実を見極める時間は減る。「ウソじゃないかも」で動く人はどんどん増える》などとまとめている。おい、肝心なことを書いていないぞ、と思って、え、この連載6人も担当者がいるの?しかも名前入りで書かせてもらっているよ。若手を育てているつもりかもしれんが、きちんとフォローしろよ。

 しゃーない。日経新聞に義理はないが修正してやろう。取り付け騒ぎの本質は心理的なものではなく、リスクの増大は情報の伝播スピードによるのみではない。
 取り付け騒ぎは、《不確実な情報を前にとり得る最も簡単なリスク回避策は、他人に追随すること》なので、他人が窓口に列を作っていると右へ倣えするために起こる訳ではない。危ないと聞いて、それが真実かどうかを確認するコストよりも、預金を下ろすことに伴うコストの方が安いから、人は窓口に並ぶのだ。
 これがうわさになっている信金に時々お金を借りている商店主だったらどうすると思う?絶対にうわさの段階では窓口に並ばないよ。だってそうすれば二度とお金を貸してくれない可能性があるから。純粋な預金者にとっては、預金を下ろすコストは、手間と時間と金利の一部だけだが、この人にとっては、将来の資金繰りの悪化懸念というコストも上乗せされるというわけだ。

 この事に言及せずに『けいざい心理学』などという枠の中にとどめてしまうと、どうすれば取り付け騒ぎを回避できるかが永遠に分からない。日本経済新聞が取り付け騒ぎをおもしろがって掲載するようなゴシップ誌でないとすれば、この記事は誰かが補足してあげる必要がある。そこで上のようなことにきちんと言及すると、取り付け騒ぎの回避方法が分かってくる。簡単なことだ、取り付け騒ぎの元となるようなうわさが流れても、それが真実かどうかを確認するコストを下げてやればいい。これが情報公開をしなければならない理由なのである。「社会に無用な混乱を与える」とかいって情報を公開しないと、いざというとき取り付け騒ぎを助長する。言うまでもないが常日頃からの情報公開の重要性は金融機関に限らない。不祥事を隠してきたために、情報公開をしても信用してもらえなくなり、どんどん売り上げが落ちている三菱自動車とか。

 ところが現在は預金を下ろすことに伴うコストが下がっている。金利が極端に下がっているので、うわさを聞いて定期預金を期日前解約しても損する利息はたかがしれている。定期預金の金利が5.25%あれば、少し冷静に情報を集めようかという気にはなっても、0.05%なら、情報を集めるほうが面倒くさくなるだろう。取り付け騒ぎのリスクが増大している理由はこれだ。日経が突くとしたらこの辺であろう。低金利故の預金保護政策を、とか低金利故のいっそうの情報開示を、とか訴えるわけである。

 「正確な情報がパニックを押さえる」というのは、こういうことじゃないかと思っている。

社会問題ネタ、目次
ホーム