リスク管理に規模の経済

 楽器屋さんのショーケース。1983年製、59年リイッシュー、と吊るされていたレスポール。
 頼んで出してもらった。LIから始まるつぶれた文字のシリアル番号。ロゴの位置。角張った「G」の文字。「o」の形。トップのメイプルがバインディングの下から顔をのぞかせているところ、どうやらLeo's Vintageだ。ようするにプレミア付のレアものだ。塗装の手触りとかを見るとリフィニッシュしているようだが、それにしても安い。「これ、レオズじゃないですか?」と店員さんに問うた。あたりまえのことではあるが全ての店員がレスポールに詳しいとは限らない。
 この楽器屋には世話になったことがあったので、後でメールした。これこれの根拠からLeo's Vintageではないかと思う。Leo'sと表記してホームページにでも載せると、もっといい値段ですぐに売れるよ、と。ひょっとして御社の鑑定士がLeo'sに似せて改造したものと判断したのかもしれないが、と添えて。
 ついでにヨタ話をつけて・・・これが肝心。

 すぐに返事が来た。やはりいいお店である。が、気になったことが。この楽器屋は大手チェーンなのだが、割と各支店が独立に動いているのね。ひょっとして自店で買い取った中古を自店で売っているのかなあ。文面からもそれが伺えるところがある。各店が自分の責任で査定して買い取って、値付けする。少なくともLeo'sと知らない人が買って、陳列しているわけだ。
 だとすると、不思議なことが。このギターを売りに来た人、「Leo'sである」と主張すればもう少し買い取り価格が上がったはず。楽器店がそれを知らないとすると、売りに来た人は主張しなかったことになる。
 売りに来た人がLeo'sと知らないというのは、あまり考えられない。普通は相当の思い入れを持っている(その価値は十分にある)。知らないとすると父親の形見を売り飛ばしに来たか、あるいは盗品か、である。

 メールにヨタ話を入れたので、ひょっとしたら興味を持った店員が私に個人的にメールをしてくるかと期待した。だったら「盗品の可能性」を教えてあげようと思った。今のところ来てない。ヨタ話として「盗品」について触れてるんだけどね。露骨には書いてない。会社のアドレス宛メールは監視されていると見たほうがよいからね。ややこしいことになりかねない。

 買取の査定を各支店に委託するのは仕方ない。が、売りに出す前に鑑定するところは必要じゃないかなあ。大手なんだし。確かにそこまでやるのは大変なことは認める。バイオリンならともかく、ギターというのは安くて重くてごく一部を除いて贋作を作るまでもない楽器だ、はかりにかけて「そこまでしない」という判断もありだろう。
 ところが「盗品を買い取って売ってしまう」というリスク、これはありうる。風評リスクの範囲と割り切れば、小さな楽器店では無視していいレベルかもしれないが、大手になると「気にしてませんでした」とは言えない。
 かといって、盗品かどうかの判断、を各支店に任せてもどうしてよいか分かるまい。僕も分からない。また盗品と判明した場合、どうするか、裏ルートに流すか、売主を締め上げるか、その辺の実務を各店に任せるわけにはいかない。

 なるほど、これがリスク管理の体制を作るときの肝だったのだ。リスクは組織によって受容できるサイズや種類に違いがあるとは思うが、組織の規模や嗜好にかかわらず同じ環境にいれば同種のものがやってくる。訴訟を起こされる場合など典型的だ。補償要求額に差はあろうが、くるものはくる。また、予測できなかったほど多様なリスクが起こりうる。郊外の支店だからといって容赦はしてくれない。
 だからこれを迎え撃つには「規模」が必要になる。各支店に任せる、なんてしてはいけない。それでもチェーン店の場合は対応しやすいじゃないか。全社的な統轄部署を作って、リスクを予見し、防止策を考え、起こったときの対策を考え、各店に周知徹底し、いざ起これば自分ところが泥をかぶる、こういう動きをすればよい。リスク管理の統括部門があるのかもしれないが「個人情報保護の意識を高めましょう」と旗を振るだけではだめだ。それは勉強会を開いたり、手続を定めたり、もいるが、いざとなれば自分ところが手を汚して収拾する。この覚悟と体制はいる、ということだ。
 楽器屋には酷か?でもありうることだ。だったら避けては通れない。起こったときに考えます、はアリだと思うが、その方針を出せるのは取締役会以上だろう。つまり本社が旗を振ってくれないとだめということ。
 贋作盗品が普通にあるバイオリンならともかくウチの会社は軽音楽系、なんでそこまで?そう思うかもしれない。しかし、誰かが泥をかぶらなきゃならないほどのリスクがないなんて会社、滅多にないでしょ。あるとすれば(リスク)コンサルタント会社くらいです。

 書いているうちに、Small is Beautifulが発刊されてから生じた問題点につながることに気がついた。もちろん歴史に残る名著、経済学として「製造工程」を扱っている範囲では問題がない。が発展途上国の小規模工場を「職場」としてとらえると、とても製造物責任が負える状態ではない、ということに気がついたわけだ。というわけで、国家レベルのリスク管理部門が必要となる。
 よく考えると中国などには一応あるわけだ。何が起こっても「中国に問題はない」と突っぱねる。少なくとも人口上は超大国となるとこれくらい大雑把なリスク管理でも通用するのか。楽でいいなあ。(従って漢民族は政府に文句を言ってはいけない。)

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