知財立国は可能か?

 省資源国である以前に小資源国である日本は、海外から食料や燃料、材料を買わなければならないので、なーにか売って金にしなければならない。
 というわけで、長い間「加工貿易」という形態で外貨を稼いできたのだが、安かろう・良かろうの工業製品も、安さなら中国などの新興国に負け、品質もここ十数年、陰りが見えている。
 なわけで、知財立国への転換が叫ばれている。たしかに知財というのは一度作ると何もしなくとも使用料が入ってくるらしく、実に合理的だ。あとやるべきことは、権利の保護期間を延長するよう国際社会に訴えかけるだけである。
 ところが、この「知財立国」日本には馴染まない。
 知財を持つ人と持たざる人に、格差が生じるからだ。

 物事を単純化して考える。例えばヤマトという国があって、そこには何の資源もないとする。全ての生活質料は輸入しなければならない。そのための外貨獲得手段として、「ヤマト」というコンテンツがあり、それを複数いる国民の中の唯一人「松本」という人が持っているとする。(例としてあげる国名をA国、とするのも芸がないと古い国名を使おうかと思ったらこうなっていた。)
 松本さん以外の国民は、松本さんに対するサービスを提供して、代金を貰い、生活質料を購入する。まあ人口が多くなると、松本さん以外の人も相互にサービスを提供してお互い毟りあう事をするだろうが、基本的には(松本さん:その他の人々)という構図である。で、松本さんを見ているとやっていることは何もなく、ただお金が入ってくる。いや何もやらないわけではない。「知的財産権の保護期間を延ばさないと恥ずかしい」と時々主張する。
 こんなふうに、知的財産の保持者とそれ以外に絶対的な格差ができるわけだ。日本人がこれを容認できるか、が問題である。私の知る限り知性に対する敬意がものすごく低い国だ。アイディアをバンバン出して新しい収益源やコスト削減策を考えて、実行に持っていっても「頭いいんだからそれくらい当たり前」という評価で処理される。不満のたまっている人間は多いと思う。その中の一番は、青色発光ダイオードを発明した中村修二さんだろう。(実はこの構図。資本家と無産階級の関係と一緒なのだが、そう書くと「マルクスの影響がある→マルクスは間違っている→この論も間違っている」の三段論法で破棄されるので、あえて書かない。)
 まあ知財立国ということで、評価や待遇が改善すれば、それはそれで喜ばしいが、周囲の日本人がどう出るか、は楽観視出来ないところ。というわけで、先ほどの中村さんは海外の大学に引き抜かれた、というより、日本という国が中村さんに見捨てられた。

 知財立国を掲げて、本当に効果が出始めたとすると、そのとき怖いのはこの現象だ。知財を持っている人間が日本を見捨てていなくなる。こうなると「知財立国」は不可能だ。というわけで日本国民のうち「知財」を持っていない人間は、持っている人間のご機嫌を損ねないように言動に注意しながら生きていかなければならない。頭では分かっていても、辛かろう。まあ、これは問題ないかもしれないな。心の中ではアホと思っていてもお上や上司に話をあわせるのは日本人の得意なところだ。ましてや「外貨を稼いでくれている」恩ある人だ、すすんでへりくだるであろう。(と、いかないのが人間なんだよなあ。)

 もっとも「知財立国」と言って育成に力を入れてもたいしたものが出てくる可能性はきわめて低い。IPAがパイロットプロジェクトみたいなのをやっているのよ。「未踏プロジェクト」って名前でね。ソフトウェアでアイディアがあれば出してください。審査を通れば開発費を出します。完成してもしなくてもいいです。完成したらフリーで公開しても、自分が売っても全然かまいません。
 さあ、何か出来たのだろうか。あ、あった。「おしりかじりむし」。しかし成果一覧を見て、もうひとりの「まつもと」さんは複雑だろう。Ruby作成者でなくRubyのライブラリ作成者に公費が回る。せめて税金を免除してほしいだろう。分かる分かる。あ、ここで知財立国を支える柱が1本折れた。この調子で知財からの収入が免税となったらたまらない。

 というわけで「知財立国」計画は実現不可能。
 それにしては、当方楽観しているのだが、それは、いつの時代でも優れた人間が一定量居るということを確信しているからである。で、それが現実に出てくる時期ってのが歴史上何回かある。つまりシチュエーションによっては可能なのだ。
 分かりやすい例では「幕末」。今大河ドラマでやってる「竜馬伝」だ。たまたまあの時期の薩長土肥だけに優れた人間が集中して出てきたわけではなかろう。そういう機会が生まれたということだ。だから、為政者は幕末を研究して似たようなシチュエーションを作り出せばよい。
 ただあの時は、みんな必死だった。足を引っ張り合う余裕がないのは自明だった。そして国を守る気概に皆が満ちていた。今なら「じゃあ国外に出ちゃえ」になるんじゃないかなあ。

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