世界遺産を生んだ税

 親子で気に入っているアニメに「ご注文はうさぎですか?」というのがある。
 中学生が税の作文で悩むのを知っている身としては娘に一言添えておきたくなるのも無理はなかろう。「このアニメで税の作文書けるよ」。舞台となった木組みの町は税金を節約するために庶民が行った知恵と努力の成果じゃないかと思ったわけだ。
 ところがうちのガキの入った中学は「税の作文が宿題にない!」
 アニメを題材に税の作文が書けるというキテレツに思えることがちゃんとできるのを、一緒になって証明(ようするに宿題を手伝う)しようと思っていたが、その必要はなくなった。かといって口から出まかせを言ったわけでもないという事だけは父親の権威が揺らがないようにキッチリと分からせる必要はある。ので、自分で全部書いた。宿題のレベルで書けばいいって楽だぞ。根拠薄弱でも想像力で継いで論を発展させたのでも通用する。ぶっちゃけていえば、いつものようにガチガチに事実と論理を積み上げるのでなく、こういうラフなものも書きたくなったということだ。
 そんなわけで、できました。娘の採点は「50点」。最後まで読み通す気になる、という評価らしい。


 ヨーロッパ絶対王政の時代には、立派な建物といえば宮殿か教会。庶民は雨露をしのげる程度の質素な家に住まうのがふつうであった。オルレアンのジャンヌダルク記念館に展示されたジャンヌが髪を切った一室の様子などから当時をしのぶことができる。
 ジャンヌダルクが火刑に処されておよそ360年後、フランス大革命により確定した市民社会とそれを支える生産力の向上によって一般市民にも立派な建築としての家が持てるようになり、徐々に都市美が形成されるようになった。当然、建物の形は教会や宮殿の建築でノウハウの蓄積されたゴシック様式が踏襲されたかと思われる。もちろん壮麗な大寺院を特徴づける装飾は市民の館では省略ないしは簡略化されている。しかし天井の重さを柱で支える、というベルサイユ宮殿にも見られる構造は踏襲されるはずであった。なにしろ現代の鉄筋コンクリートのビルも基本的にはそういう構造になっている。それくらい合理的なのだ。しかしながらいくつかの都市では、それに沿わないところもある。
 例えばフランクフルト。フランス革命に少し遅れて活躍したドイツの詩人ゲーテの生家、1階より2階、2階より3階が少しせり出ている。上階に行くにつれ少しずつ底面積が広くなっているのだ。なぜこんな妙な形になっているのだろうか。
 調べてみると「税金」の問題らしい。当時フランクフルトでは1階、ドイツ流にいうと地上階の面積に対して税金がかけられていたため、建物全体の底面積をかせごうとして上階に行くほど飛び出る、という建築がなされていたようだ。建物がこういったフォルムの場合、建物の四隅に通し柱が通せない。したがって上階が重いと支えるのが難しくなる。しかし天井を支えるのはゴシック建築で見られる柱に限らない。先行するロマネスク様式で使われた「壁」という方法もある。ゲーテのように祖父がフランクフルト市長、といった富裕層であれば石造りの丈夫な壁をつかうことによってこういう建築もできたのだろう。ところが一般市民はそうはいかない。ということはこの税制は逆進性を持ったものとなる。当時の税制はやはり富裕層有利なものだったのか?
 しかし市民はたくましかった。たしかに柱のほうが合理的だが、高価な材料に頼らずとも軽く丈夫な壁を作ることができれば、このような節税建築ができるのではないかと考え、いろいろと実験したのだろう。その結果、壁の骨組みを三角形を多用した木組みでつくり、間を漆喰で埋めればしっかりした壁ができることを発見した。
 工法が確立されたあと、そのような建築は各地に広がった。「木組みの町」で調べてみるとイギリスにもチェスターが見つかるようにそこそこヨーロッパ全土に広がった建築様式であると思われるが、中でもドイツ文化圏に多く残っていることが分かる。戦災を受けなかったハン・ミュンデンやツェレ、ゴスラー、ヴェルニゲローデ、ヒルデスハイム。中にはひっくり返るんじゃないか?と思うほど2階3階が大きいものもある。コケティッシュな形とメルヘンチックなフォルムは童話の中の町そのものといった感じで、訪れる観光客も多い。
 このような木組みの町の最高傑作は、やはりアルザス地方のストラスブール旧市街であろう。ストラスブールという名称が示すように、フランス国内であってもここはドイツ文化圏、歴史的には一貫してドイツ語が話されている。そしてフランスに編入されていることから分かるようにフランス文化の影響も色濃く受けている。そして歴史的に、フランス文化は「軽い」建築を作ることに長けているようなのだ。
 ゴシック建築の特徴は天井の重さを柱で支えることだ。とはいえ石の天井、石の塔だと支えきれないところもある。そういった場合、天井の重さを梁で外に逃がしてこれを専用の柱で支える、ということがなされた。これの集大成が世界最大のゴシック建築、ドイツにあるケルン大聖堂である。しかし、フランス人は天井を軽量化し、梁を使わないことに成功した。これがパリのノートルダム大聖堂である。
 この軽量建築は一回限りのものではなく、伝統として続いてきたようだ。代表的なものとしてはエッフェル塔がある。レースのように編み上げられた鉄骨は塔を極限まで軽くし、なんとエッフェル塔をすっぽりと包む円柱を想定するとその中に詰めた炭酸ガスよりもエッフェル塔の方が軽い、というまでに仕上がった。
 かくしてドイツの文化はフランスの技術に裏打ちされ、ストラスブールの建物は極限にまで美しくなった。特筆すべきは上階に向けて広がっていない建物であっても、この木組みの壁による工法が続いたことである。理由はおそらく「それが美しいから」「合理的だから」であろう。そして1988年。ストラスブール旧市街、グラン・ディルは世界遺産に指定された。地上階の面積に課税するという税制が、世界遺産となるほどの美しい町並みを生んだのである。
 中世の庶民への重税で搾り取ったお金で作った宮殿や教会といった贅を尽くした建物が歴史的建造物として残るのはある意味あたりまえのことである。しかしながらそういう権力と権威によって巨大に、荘厳にすることを狙って作られた建造物でなくとも、税を取られる側の市民が限られた予算の中で工夫と努力と美意識によって建てた自分たちの家々は、結果、世界遺産に指定されるほどの美しい町並みを形作ることになった。
 税金はこのように文化を形作るという役割もあるわけだ。現代においても税金が節税を意図したリース制を導入するとか、タックスヘイブンに利益を集中させるといった手法を生みだし、市民の工夫と努力を促している点もある。しかし、市民の努力が、出来れば美しい町並みという形で市民の活動が残るようなものである方が良いというのは論を待つまい。節税のための減価償却資産として購入されたリース用航空機や、パナマ文書が世界遺産として残るとはとても思えない。だから今後税制を見直す際は、産業推進からだけではなく、こういった文化創造を促すという観点も含めて考慮していってほしいものだ。
 それにしてもチノちゃんかわいー。ちょっと無愛想だけど、性格は誠実だし、笑いなれてないところがまた父性本能をくすぐる。この子とココアがコラボすると、ここまでかわいくていいのだろうかと思うくらいかわいい。etc.(以下、字数制限まで続く)
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