合衆国投資拡大の切り札とは

 TPPで扱わなかったものがある。知的所有権とか、医療制度とか、貿易でこれが関係するの?感が拭えない分野をカバーした協定だったにもかかわらず、なぜか輸出競争力に決定的な違いをもたらす「労働者の賃金」が俎上に上らなかったのだ(「最低賃金を決めましょう」とは書かれたが基準はない)。なるほど、それで「雇用」に特別な関心を払うトランプ大統領が嫌がったわけか。
 労働力も広い意味で考えれば輸出可能な商品である。国境付近に工場を設けて賃金の安い国の労働者を受け入れる、経済活動を考えれば当たり前の事であろう。この価格に基準を設けないとは詰めが甘いと言わざるを得ない。
 合衆国の労働コストが他の国に比べて高い以上、雇用を取り戻そうとするならば「賃金には手を付けない」はありえまい。なのでメキシコはNAFTA再交渉に当たって「合衆国の最低賃金を下げる」ないし「合衆国資本がメキシコに工場を置く場合、賃金水準は合衆国並みに」というのを主張するとよろしい。同一労働同一賃金の原則は国際的に認められている。国境をまたいだ場合は微妙だが、同じ雇い主なんだからねえ、そこは「公正」にしようよ。
(もっとも以前指摘したように「メキシコとの国境に壁を作るのに資金を出さないなら、首脳会談はしない」とトランプが言い張ったので、メキシコとしては合衆国の都合、という真っ当な理由で再交渉に応じる必要もないのだが。)

 暴論っぽく聞こえるが、冷静に考えるとどこにも暴論とされる理由はない。トランプも実はこれに賛成ではないのか。だって自分の年棒を1ドルに率先して決めたのだ。「最低賃金は年棒1ドル」に異論を唱えるはずがあるまい。
 というわけで外資としては「合衆国に投資して10万人の雇用を生み出す」と宣言したあとで「年棒1ドルで10万人募集」すればよいのだ。その儀式を終えた後で、もし求職者がいなければ、その気はあったのだが人が集まらなかった、という仕方がない理由でメキシコに工場を作ればよい。「メキシコの方が募集する賃金が高いではないか」と言われれば、合衆国は全くの新規、メキシコは既存の設備を拡充すればよいので同じ投資額でも賃金に回す余裕があったと説明すれば文字通りの意味なら理解してくれる。

 というわけで「賃金」を引き合いに出すことができれば、貿易交渉、恐るるに足らずだ。
 TPPで他国の社会保障制度にまで口を挟もうとしたのだ。FTAで最低賃金を縛ろうとしても文句はあるまい。

 なんなら賃金を「円建て」にするかね。すると「円高誘導だ」とトランプは言いがかりをつけることができなくなる。円建て給与をもらっている自国民の手取りが下がるからね。

 そういや日本にトランプタワーを建てるという話があったとか。そういう自らの直接投資なら大歓迎。当然建築会社は合衆国から連れてくるだろうから、日本の閉鎖市場にくさびを打ち込む効果も期待できる。もっともトランプの事だから建築確認に異論を唱えてごねまくった結果、ちょっとした地震で倒れるものが建ちかねないが。

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