The Old Story

 煙草の煙る薄暗いバーのカウンターで、銀髪の男は静かにグラスを傾けていた。傍らに置いてある大きな刀のためか、それなりに混んでいるバーの中でその男の周りは妙に空いている。
 しばらくして、バーの扉を開けて若い男が入ってきた。ふてくされたような顔でバーを見渡していたが、やがて気付いてカウンターの方に来た。中のバーテンにぶっきらぼうに一言「バーボン、ロックで。」と言って、座った。その顔を見て、苦笑いして言った。
「どうした、スパイク。作戦成功で凱旋した割には浮かない顔だな。」
「…不用意に殺し過ぎだと。もっとスマートに遂行出来ないものかってさ。」
「…マオがか?」
「ああ。ったく、誰のためにあんなに何ヶ月も苦労したと思ってるんだか。」
「マオのボスとしての美学はわからないじゃないが、しかしそんな事を言うとはな。ねぎらいの言葉ももらえなかったのか?」
「子供みたいに褒めてもらいたいわけじゃないんだ、ヴィシャス。ただ仕事を過小評価されたみたいで、ちょっとな。」
不機嫌な顔をする相棒の顔を見て、ヴィシャスはもう一度苦笑いをした。
「そういえば乾杯がまだだったな。今回の作戦の成功に。」
グラスを持ち上げると、まだ浮かない顔で、それでもスパイクはグラスをあげた。
「レッド ・ドラゴンの繁栄に。」
そういって、グラスを空ける。一息ついて、ようやく機嫌が直ってきたようだった。
「そういえば、シンはどうした?」
「今回の件の後始末に走り回っている。当分帰って来れないさ。そっちこそリンはどうした?」
「こっちも仕事で出てる。ガニメデのシマを任せていた男がヘマをやってISSPに目を付けられた。しつこい刑事に追い掛け回されたあげくブツを押収された。まったく、とんだ恥さらしだ。後始末にリンがガニメデに行った。」
「お互いお目付がいないってことだな。」
スパイクがにやりと笑って言った。ヴィシャスはぼそっと言った。
「飲みたい気分なんだろ?いいさ、付き合わせてもらう。」

 何杯か杯を重ねたころ、いきなり妙な空気がその場を流れた。ヴィシャスとスパイクは同時に動いた。次の瞬間、カウンターの中に飛び込んだ二人のいた席にマシンガンの雨が降り注いだ。無差別に客やバーテンが儀性になる中、二人はカウンターの中で各々の得物を構えた。
「どこの組織だ。」
「たぶん、今回俺が潰したところだろうな。やたらに人数だけは多い組織だったから。」
「仕返しか?組織自体は潰れてるってのに、御苦労な話だ。」
そう言いながら、ヴイシャスは裏口から侵入しようとした敵を一閃で血祭りにあげ、スパイクは二丁拳銃でカウンターから敵を次々と屠っている。しかし敵はかなりの人数で次々と新手が店に侵入してくる。爆発も起きた。手榴弾を空中でスパイクがはじき返す。
「お目付けがいないのが裏目にでたな。」
「馬鹿言うな、これでも武闘派No.1とNo.2だぜ。こんなやつらになめられてたまるかよ。」
スパイクは嬉々として撃ちまくっている。ヴィシャスは血気にはやる若い相棒の服を掴んで引き倒した。今まで盾にしていたカウンターの一部が吹き飛ぶ。余波を喰らって二人とも壁に吹き飛んだ。
「限界だ、スパイク。一旦引こう。」
「ああ。」
さすがに素直に答えて、二人は血路を開いて夜の街に走り出した。

「大丈夫か、スパイク。」
「かすり傷だぜ、こんなの。」
言葉に反して、荒い息をつきながら青白い顔で答える。修羅場で気付かなかったが被弾した左足はかなり出血がひどい。しかしスパイクは頑固だ。素直に休むとは決して言わない。肩を貸しているヴィシャスは、ため息をついた。
「このまま本部に帰るのも体裁が悪いな。」
「…ああ、まあな。」
「この近くに知り合いが住んでるんだが。寄っていかないか?」
「…女か?」
「…まあな。」
「…まあ、しょうがないよな。少し休ませてもらうよ。」
 さすがにきついのか思ったより素直にスパイクは言った。ヴィシャスはスパイクを担ぎ直して歩きだした。程なくしてたどり着いた女の家はまだ鎧戸から明かりが漏れていた。
「ここだ、ちょっと待ってろ。」
ノックをするとしばらくしてドアが開いた。美しい金髪の女が顔を出し、ヴィシャスを認め、スパイクを見て少し息を飲む。スパイクは女に見とれた。
「相棒が怪我をした。少し休ませてくれ。」
女はヴィシャスにうなずいて、言った。
「早く入って、ヴィシャス、それとその人も。」

 この日が、二人の運命の分かれ目だったことに、まだ二人とも気付いていなかった。

作/亜巳

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