ジェイズ ヴィクトリー

Part-2

ジェットは警察署を後にすると、早速スパイクに連絡を入れた。
「スパイク、すごいネタが入ったぞ。イーリエに奴がいるらしい」
居るわけではない。だがスパイクにやる気を出させるためには多少大袈裟に言った方がいい。ジェットはそう心得ている。
「これからその場所に行ってみるから、お前も来てくれ」
そう言うと通信を切った。
ハンマーヘッドに寄り掛かりながら煙草を吸う。
時計を覗き込むと、ここに来てから既に2時間以上も経っていた。
懐かしい戦友との再会を喜んだわけでもなく、過去の話に花を咲かせたわけでもない。
どちらかと言えば、サッカー好きの情報屋に話を聞きにきたのに近かったのだろう。
そう思いジェットは苦笑した。

昔からアイツはそうだった。
オフィスには必ずサッカーグッズ。
事件解決後の酒の席でも話すことはサッカー。
だが、うらやましくもあった。
何か情熱を傾けるものがある事。
昔は俺も持っていたのかもしれない。だが、今はどうなのだろうか・・・。
「仕事にその情熱を向けろってんだよ」
もやもやした、例えようのない感情をジェットは皮肉の言葉に変えた。
その時、通信機が鳴り出した。スパイクからの通信だった。空を見上げると遥か彼方から赤い翼を広げたソードフィッシュがこちらに近づいてきている。
ジェットは急いでハンマーヘッドに乗り込んで空へ飛び出した。 しばらくすると機体に付いた通信機が鳴り出した。スイッチを押すと画面には不機嫌そうなスパイクの顔が映る。
「ジェット、その情報確かなのか?」
いきなり懐疑的な質問をしてくるスパイク。
「奴のいそうな場所ってのは確かだ」
さっき通信で言っていたのとは随分と違う。案の定ジェットの言葉にスパイクは納得していない。
「情報によるとこの星のスタジアムにある倉庫ってことなんだが、詳しいことはわからん」
ディダから貰ったメモには『スタジアムの倉庫』としか書かれていなかった。
−壁に耳あり障子に目ありってやつか−
メモを貰ったときはその情報の大雑把さにも妙に納得していたのだが。
「とにかく行ってみりゃわかるか」
説明を聞いているのかいないのか、半ば諦めたようにスパイクは呟き通信を切った。


「いらっしゃいませ」
声がかかる。目の前にはゴージャスな受付嬢が笑顔で二人を見つめている。メジャーなサッカーチームとはいえ、土地柄からかスタジアムの中には観光客の姿も少ない。
こんなところザコしかいないだろ
あたりを見回しながら、相変わらず不機嫌なままスパイクはそう思った。
「倉庫って何処だい」
ぶっきらぼうにジェットは聞いた。
「この階段を下に降りまして、つきあたりになっております」
まさに営業スマイル。その表情から微笑みは一度も消える事なくゴージャスな受付嬢は二人を見送った。スパイクはしばらく彼女の笑顔を見つめながらジェットの後を歩いていった。

「ここか」
地下の廊下の突き当たりに立ち、二人の男は躊躇いなく扉を開ける。
意外にもそこは廊下が続いていた。違っていたのは左右の壁にびっしり扉が並んでいるところだった。おそらくこれが倉庫なのだろう。
「まじで?」
スパイクは呆れた。こんなところから探し出すのは面倒くさすぎる。 とりあえずノブを回してみる。
開かない。どうやら鍵が掛かっているようだ。 次のドア、次のドア・・・やはり鍵が掛かっている。
二人は左右のドアを担当してガチャガチャとノブを回してかかった。おかしなリズムが静かな廊下に響く。
その時、スパイクの手にさっきまでとは違う感触が伝わった。
鍵が開いている。そして躊躇う事無くドアを開ける。
「おぉ、おい。待てよ」
それに気付いたジェットは慌てて追いかける。スパイクは既に部屋の中だ。
ジェットも部屋へと入ると、その視界には眩いばかりの光景が広がった。
黄金に輝くメダルやトロフィが所狭しと並んでいる。
「ここらしいぜ。ここにある全部、コータのだからな」
スパイクの言う通り、それらの全てにはコータの名前が刻まれている。アステロイドカップに始まり、マーズカップやらスペースカップのメダル。それら全てに。
「なるほどな。ここは奴の栄光の部屋みたいなもんか。しかしこんなところに隠れる奴なんているのか?」
そう言ったジェットだが、わずかに気になる事があった。確かにメダルやトロフィー類はめちゃくちゃある。しかしその一角には、何もないスペースがぽっかり空いていた。
「ここ、何か置いてあったぜ」
きっぱりとスパイクは言い切った。ジェットがそこを覗き込むと、置いてあったと思われる台のほうを見ると埃の積もっていない部分がある。
どうやらここにも周りと同じようなトロフィーか何かが置いてあったのだろう。ジェットもそう考えた。
「そうだろうな。きれいに並んでるのに、ここだけ何も無いのは明らかにへんだしな。だが、これがどうしたって言われれば・・・なぁ」
そう言いながら振り返ると、スパイクは部屋から出ようとした。が、思い出したようにスパイクは呟いた。
「奴が持っていったんだろう」
「えぇ?なんでわかるんだよ、スパイク」
相棒は何も言わず外へでてってしまった。


「大丈夫?見つからなかった?」
さっきのゴージャスな受付嬢が受話器を握り締め、小声で話していた。先ほどスパイク達に見せたあの笑顔は見る影もない。
「警察みたいじゃないから、もしかしたら関係ない人かもしれないわ」
「いいや、おおアリだぜ」
突然の声にゴージャスな受付嬢の体が跳び上がった。
「な、な、な、何の御用でしょうか?」
無理矢理営業スマイルを作ろうとしているが何とも引き攣った顔になっている。彼女の視線にはさっきここへ来た2人組の髪のあるほうが立っていた。思考が止まったゴージャスな受付嬢にその男は不敵に微笑みながら言った。
「電話の相手、恋人だろ?」
「え?」
思わぬ質問に、つい彼女は笑顔作るのをやめてしまった。今はそれよりも重要な事を思いついていたのだ。
(この人、勘違いしてるわ。このまま騙しちゃえ)
そして次の瞬間、彼女の顔にはゴージャスな微笑みが再びたたえられていた。
「えぇ。仕事中なのにねぇ、ホホホ・・・あ、すみません。何か御用ですか?」
「彼に伝えといてくれ。あんたの大事なモン、一つ預かったってな」
そう言うとその男、スパイクはゴージャスな受付嬢に背を向けてスタジアムを後にした。
彼には一回目にここへ来たとき、ゴージャスな受付嬢が見せたわずかな動揺は隠し切れなかったのだ。
その後ジェットが受付の前を通るまで、ゴージャスな受付嬢はゴージャスな微笑みのまま固まっていた。





スタジアムの入り口でスパイクはジェットが出てくるのを待っていた。
口には煙草を咥え、すっかり暗くなった空を見上げていた。
「おい、待てよスパイク」
彼の姿を見つけて駆け寄るジェット。そして面目なさそうに話し出した。
「いやぁ、あそこにいるとは思ってなかったんだがな、何か手がかりぐらいはあってもよかったんじゃないか。そうだろスパイク?」
ジェットの言葉はどこか言い訳じみて、スパイクは少し笑った。それを見てジェットもまた笑った。
「しかし、これじゃあ道がなくなったなぁ」
その時スパイクがジェットに何か投げてよこした。受け取ったジェットの手が重くなる。その重さに違和感を感じながらそれに目をむけた。
「ん?こ、こりゃあそこにおいてあったメダルじゃないか!勝手に持ち出してどうすんだ!?」
いくら持ち主が賞金首といえどもこれではまるで泥棒だ。 ジェットがそう言おうとしたとき、スパイクは煙草を吸いながら
「これでコータってやつは寄ってくるさ」
そう言い切った。そのままソードフィッシュに乗り込むと
「やっぱり降ろさせてもらうわ」
それだけ言ってビバップへと飛んでいってしまった。 ジェットはスパイクが置いていった二つの言葉の意味をまだ理解できないまま、ソードフィッシュが消えていく星空を見つめていた。

ソードフィッシュのスパイクはやはり不機嫌になっていた。 理由は簡単だった。
今度の首は気に入らない。
奴の一番大切なものは過去の栄光だ。だからあの部屋をアジト−正確に言えば移転中である−にしているのだ。
元サッカー選手か知らないが、過去の栄光になどに囚われている奴は一番嫌いな人間だ。
そしてカウボーイが事件に思い入れがある事自体、事件をおかしくしているんだ。
スパイクはそう思ったところで今回の仕事のことは忘れることにした。後はジェット一人でも何とかなるだろう。
ソードフィッシュはビバップに滑り込んだ。





寄り道して情報収集をしたせいですっかり帰りが遅くなったジェットは、一人でリビングにいた。
結局情報収集の成果は全くなく、今彼は懐中にしまっておいた例のメダルを取り出して眺めていた。
ジェットはぼんやりと考えた。
スパイクが言った言葉。”降ろさせてもらう”これは分かった。いつも通りの事だ。
もう一つの言葉、”これでコータって奴は寄ってくる”これの意味がよく分からない。
確かにこれはコータの大切な物ではある。だが、スパイクがこれを持っていった事も知らないだろう。
もし知っていても、こんな物のために危険を冒してまでやってくるだろうか。
「スパイクの奴、また俺の知らんところで何かやってやがるな」
独り言を言ってもまだ思案を続けているジェット。
どうせスパイクのことだ、確信があって言っていたのだろう。

しかし、もしコータってのがそこまでするやつだとしたら。
きっと奴は恐ろしい程過去の栄光に囚われているんだろう。 そして逃げるように犯罪へと走った。
ならば現実に戻してやるのが俺の役目だ。 そして昔の友人助けることにもなる。
勝手な名目の人助けに、ジェットは改めて気合いを入れた。

「俺がけりをつけてやるよ」





次の日の午後。
ジェットの仕事は1通のメールから始まった。

『コータ、イーリエにあらわる。至急捜索されたし』

それはディダからのものだった。
「結局、コータ本人からは何にもないしなぁ」
ジェットはそう言っておもむろに立ち上がった。早速コータを探しに行かなくてはならない。
既にこの件から降りてしまったスパイクは当てにする事はできない。
体調が良くなったフェイはいつの間にか外出している。代わりに、今度はエドが風邪を引いて寝込んでいる。ジェットも気がかりだがそうも言ってられない。
結局のところ一人で行く事になりそうだ。
ジェットがそう思っていると、ヒールの足音が遠くから聞こえてきた。どうやらフェイが帰ってきたらしい。
姿が見えたと同時に、ジェットはフェイに向けて怒鳴った。
「おいフェイ!!どこほっつき歩いてたんだよ!今昔の同僚から、ここにいい賞金首がいるって連絡入ったんだ。とっとと支度して行くぞ!!」
フェイは露骨に嫌な顔をしたが、すぐに澄ました顔に戻った。
普段は倍にして返すフェイだが今日に限ってそれがない。それどころかその場で何をするでもなく立ったままである。
またジェットが大声で言った。
「突っ立ってないで早く・・・」
ジェットが言い終わる前に、フェイはポケットから何かを投げた。それをキャッチしたジェットはしばらく不思議そうな顔をして、
「なんだこりゃ?」
と、フェイに聞いた。
「気まぐれよ。ほら、早く行きましょ!また横取りされちゃうわ!」
それだけ言うとフェイはレッドテイルの方へ駆け出した。それをしばらく見送っていたジェットも、我に返ったようにハンマーヘッドに乗り込んだ。

改めて受け取ったものを眺める。それは小さな紙包みで、中には何か小物が入っているようだ。
「で、今度の賞金首はどんなの?」
モニターに映ったフェイが下を向いたままでジェットに聞いた。
「あぁ。昨日から追ってんだがな。スパイクが降りちまって一人で大変だったんだ。居場所が分からなくなっていたがな。で、これがそいつのデータだが・・・」
ジェットもモニターを見ようとはしていない。ふと、フェイが何かに気付いた。

「昨日・・・それって私のために捕まえに行った賞金首じゃない!まだ捕まえてなかったの!?」
その言葉にジェットは微妙な表情でモニターのフェイを見た。
きっとエドが“フェイのために”などと言ったのだろう。しばらく“溜め”を作って、一気に怒鳴り始めた。
「あぁ!?誰がお前みたいなののために仕事するかよ!エドに何て言われたか知らんが、だいたいなぁ・・・」
ジェットの言葉を奪い取って、フェイはいつもと同じように倍以上の勢いで怒鳴り返した。
「何がお前みたいよぉ!!こっちだってホットミルクのお礼とか思ってプレゼント買ってきてソンしたわ!!」
そう叫んだ瞬間、フェイは自分の言葉に耳を疑い、ジェットはにやりと笑った。
そしてジェットは、
「・・・ほぉ、あれはそういう事だったのか」
負けじとフェイもにやり顔で言い放った。
「・・・アンタもエドの言った通りだったのね」

その顔のまま数秒間の沈黙の後、


「「今日は絶対捕まえてやる!!」」


フェイとジェットは声を揃えて叫び、最高出力で飛び出していった。


  To be continued .


作/Can.T

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