Part-3
しばらくの間、ハンマーヘッドとレッドテイルは通信そのものを切っていたのでそれに乗っている二人にも会話はなかった。
フェイの方は、通信を切る前に送られてきた賞金首のデータを眺めている。
ジェットは不機嫌に一点を見つめている。
目的の場所へ到着して愛機から降りた二人は視線を合わせる事もなく足早に進む。
年齢不詳の男はたった1日で見るからにやつれていた。目の下にはクマがある。一睡もしていないのだろう。
もうこれはコータに対する情熱というよりは執念である。
歪んでいる。
一人の人間にここまで執着するとは。目の前の男が哀れに見える。ジェットはそう思った。
「昨日あの後、僕も探さなきゃと思ってさ。ついさっきまで街を探してたんだ。そして、見つけた。追いかけたけど…消えてた。」
一旦言葉を切って、ジェットを弱々しい目つきで見つめた。
「でもこの星に居る事は分かったんだ。あとは頼むよ」
今まで立って話していたディダはどっかりと椅子にもたれかかって、そのまま目を閉じた。
「待ってろよ」
ジェットはそれだけ言って部屋を出た。
部屋のドアを閉めると壁を背にフェイが腕組みして立っている。
「それだけでいいの?」
ジェットは無言でフェイの顔を見る。フェイの言葉には悪意はないが今のジェットには耳障りに聞こえてしまう。それにも気付かずフェイは首を傾げながら言った。
「何よ、怒ってんの?」
「探しに行くんだよ。とっとと来い!!」
吐き捨ててジェットは歩き出す。
「30万ぽっちで、何熱くなってんのよ…」
子供のように口を尖らせて文句を言うが、ジェットの耳には届いていない。
そして二人は再び愛機を駆って街へと向かうのだった。
小惑星とはいえ街はそれなりに広い。遠くにスタジアムを望んでいるので、おそらく街はそこまで続いているのだろう。人通りも多い。その波を塞き止めるように二人は立っている。
「でぇ、どぅするのぉ?」
だるそうにフェイは尋ねる。ジェットは既に不機嫌の域を越えている。そうなるとオヤジというのは黙りこくるものである。
「もぅ!!勝手にするわ!!」
その態度に業を煮やしたフェイは駆け出そうとした。が、その時。
「ちょっと待て!」
突然、ジェットが叫んだ。その表情はフェイがさっきまで見ていたジェットの顔とは違った。
「…奴だ」
獲物を狙う目になる。
「本当にノコノコ現れてくるとはな」
白に近い灰色の髪と青い眼、屈強な身体、そして射るような鋭い視線。ディダに見せてもらった写真の男に間違いない。
かなり遠くではあるが、コータ・J・フォワードが二人の前に現れたのだ。すぐさまフェイが追いかけ始める。それと同時に男の姿は見えなくなった。
ジェットもフェイの後を追う。
二人はさっきまであの男が居た場所で立ち止まる。
背中を合わせて辺りを見渡した。フェイがコータを発見した。
「あっちよ!!」
またフェイは走り出す。それを追いかけるようにジェットも駆け出す。
同じように十字路で立ち止まる。そしてまた辺りを探す。
「…誘われてるな」
「だったら追いかけるまでよ。虎穴に入らずんば」
「虎児を得ず、か。じゃあ俺は別の道から行く」
「OK」
短く、そして小声でフェイとジェットは言葉を交わし、フェイは走り出した。コータを見つけたのだ。ジェットはそれを確認して別の道へと駆け出した。
フェイは疾風の如く走る。が、所詮人込みの中、思うように前へは進めない。
その間にコータ姿を消す。
「もう!!これじゃ追いつかないじゃないの!!」
ジェットは大きく迂回してコータを追っている。
土地に明るくないので、ある程度予想ながら人込みを掻き分けて進む。
まただ。
遠くにコータいる。
ジェットの視線に気付くとまた姿を消した。
急いで後を追った。
現れては消えるコータの姿を追いかけて、いつの間にか二人の賞金稼ぎは人気のない街外れまで来ていた。スタジアムはもう目と鼻の先だ。その手前には大きな公園がある。今フェイがいるのはその公園と、背を向けている街のちょうど境目の何も無い場所だ。
フェイはは息を切らせながら走ったがコータの姿は見つからない。
しばらく前に姿を見かけただけで、その後は勘を頼って走っていたのだ。
ゆっくりと足を止めて呼吸を整える。首だけは動かしてコータを探してた。
そして、やっと彼女は自分が賞金首を見失った事を認めた。
−さて、どうしようか
先に進むのも引き返すのも躊躇われたので、しばらくその場で突っ立っていた。
しかし、ふと何かに気付きフェイは公園の方を凝視した。
公園の木々の隙間に人影が見えたのだ。
「こっちよジェット!!」
フェイは反射的に声を上げた。ジェットはおそらく近くにいる。
そして同時に足を動かす。
「今度こそ逃がさないわよ!!」
通信機を切った。背中から聞こえてきた声はフェイのものだった。かなり後方からのものだ。
通信の相手はスパイクで、エドの体調を気にして自分から連絡をした。
「よし、と」
そう言って、ジェットは振り返った。
するとそこには、
そこにはコータが
そこにはコータが立っていた。
見つかってたじろぐわけでもなく、無表情にジェットを見据えている。その右手には光るものが握られていた。
一気に身体全体の筋肉が収縮して臨戦態勢に入る。それに続けて銃を構えた。
気付かないうちに狂暴な顔つきになる。
ザザッ
一歩踏み出してジェットが賞金首、コータ・J・フォワードの目の前に立つ。
「“白い恋人(ホワイトラヴァー)”だな。おとなしくしてもらおうか」
銃口はコータを完全に捉えている。
その名で呼ばれたコータは一瞬眉をぴくりとさせたが何事も無かったかのように静かに言い放った。
「俺のモノを返せ。でなければこの場で殺す」
その声には人を刺すような殺気が篭っている。
「俺が構えているものが何か分からんのか?どう考えてもこっちに決定権があると思うぜ」
狂暴な顔のままジェットは笑った。それに対して表情を変えずにコータは短く言った。
「どうかな」
っ!!
その瞬間、ジェットの左足に激痛が走った。ひざから崩れて左手を地面に着く。喉の奥で唸り声をあげた。言葉をぐっと堪えて目を開いた。
足から突き出たモノが光っている。そこから血が流れていた。それはナイフの刃だった。視覚で確認すると、ますます痛みが激しくなる。
しかし痛みに重要な事を忘れそうになった。目の前には賞金首がいるのだ。
焦って顔を上げる。それと同時に銃を構え直した。だが、実際のところは賞金稼ぎという立場。
「手で渡せ」
無機質な声でコータは言う。無機質な声にしては言葉の中身がアンバランスだ。
そう思いながらもジェットは言われるままにメダルを差し出す。二人の距離が更に縮まる。銃口はこちらを向いたままだ。
額に汗が浮かぶ。全身の神経が張り詰める。
コータがメダルを握った。ジェットはすっと手を引く。
「どうするつもりだ」
その問には答えずジェットの傷と銃の位置を確認してから背を向けて歩き出し、建物の影へと消えていった。
それを見送り、安堵がジェットを包み込む同時に痛みが戻ってきた。
傷口を見る。めり込んでいる刃は赤く染まっている。痛みは激しいが、傷は深くなさそうだ。
足からナイフを抜く。更に血が溢れる。
ジェットはハンカチで止血し立ち上がった。近くの建物によりかかり、足の様子をみる。
「…よし。たいしたこと無いようだな」
痛みはまだあるが、歩くくらいなら何とかなりそうだ。
ポケットから煙草を出して火を付ける。
不安定になった世界を吸い込んだ煙で矯正する。
視界が一気に開けたような気がした。
周りの世界がハッキリと見える。
一本吸い終わる頃には、すっかり冷静さを取り戻していた。
たった一本の時間が、ジェットには1時間近くもの長さに感じられた。
フェイは公園内を静かに歩いている。すぐそこにいる賞金首に気付かれないように。
走り出してすぐ、人影はその場にしゃがみこんだ。相手も疲れて休んでいるんだろう。
ゆっくり背後から近づく。
ガサッ
「はい、追いかけっこはおしまいよ」
しゃがんでいる男に銃を突き付けた。
男は飛び上がって振り向いた。銃を確認すると、ひぃ、と小さく叫んだ。
…違う
その男は既に初老といった感じで、手には絵筆とパレットが握られている。後ろ姿とはいえよくも今まで気付かなかったものだ。
銃を下ろして溜め息を吐く。
「失礼しましたぁ」
まるで心のこもっていない台詞を残してフェイは振り返った。
と、その時。
「あ…」
今度こそ。
今度こそいたのだ。
こちらには目もくれずに走っている。その顔はさっきまでとは違い、達成感にも似たものが見える。
「今度こそ!!」
通信機を取り出しながらフェイはコータを追いかけだした。
「ジェット?例の賞金首、完全にみつけたわ。今すぐ来て」
通信機を見ると、映っているジェットは顔を歪めている。不審に思い、フェイは続けた。
「ちょっとジェットぉ?アンタ大丈夫?」
「…あぁ。コータにまんまとやられた」
ジェットは言い終えてから大きく息を吐く。
「やられたって…」
「だが、奴の行き先は分かってる。きっと間違いないだろう」
スタジアムの倉庫だ。過去の栄光が奴を待っている。
「とにかくそのまま追いかけてくれ」
そう言ってジェットのほうから通信を切った。
フェイは茂みを渡りながらコータについて行く。コータは自分が賞金首という事を忘れているかのように堂々と、そして軽快に走って行く。元サッカー選手だけあってフェイが隠れる動作を入れると、すぐに距離が離れてしまう。結局フェイは全速力で追いかけるしかなかった。
ジェットは左足を引きずりながらスタジアムへと近づく。
コータはスタジアムへ入っていく。
フェイは一間開いてコータを追ってスタジアムへ入る。
さらにしばらくしてジェットがスタジアムに入っていった。
まずジェットの視界に飛び込んできたのはゴージャスな受付嬢と遣り合っているフェイだった。
「フェイ、こっちだ!!」
フェイはゴージャスな受付嬢のてを振りほどき、ジェットの方に走り出した。
フェイの瞳にジェットの足が映る。驚いてその視線をジェットの顔に移す。
視線に気付き露骨に嫌な顔をした。
「早くしろ、フェイ!!」
首を動かしてフェイを促す。
倉庫への階段を駆け降りるフェイを見送って、自分も足を引き摺りながらその後を追った。
バンッバンッ
ジェットの表情は凍り付いた。
まさかフェイが撃たれたのでは…。
悪い想像が頭を駆け抜ける。
それともフェイが撃ったのか?
どちらにせよまずい状態なのは間違い無い。
覚束ない足取りであの、コータの栄光が詰まっている、あの部屋へ向かう。
倉庫の入り口の扉を開ける。
その扉のまえには、
フェイが立っている。撃たれたのはフェイではなかった。
ということはコータがフェイに撃たれたのか。
フェイに駆け寄りジェットもトビラの中を覗く。
そこには
そこは、一面血の海だった。
海の中央には男が沈んでいる。右手に金色にのメダルを固く握り締めて。
「お、お前…」
ジェットは部屋の中を見つめて言った。
銃を持っていた。その顔には涙が零れている。
「ジェット…」
そう呟いて、銃をこめかみに当てる。
「や、やめろ!!」
「…さよなら」
ドンッ
作/Can.T