COWBOY BEBOP Jukebox Stories

Another Session01 ジャパニーズ・ノウ・プレィ
The ATSUMORI


 スパイクは、火星のチャイナ・タウンと呼ばれる町の中をふらついていた。以前捕まえた賞金稼ぎの賞金を3人で分け、それぞれが昼食を食べに行ったのである(エドやアインは3人で養っているようなものだ)。たまたまラーメンが食べたかったスパイクは、火星の大きな町の中でも中国系の多いチャイナ・タウンに向かったのだ。
「よぉ、スパイク」
 聞きなれた声が隣で聞こえたので、スパイクはそちらを見た。見れば、頭が禿げ、義手をつけた大柄な男がこちらを向いていた。ジェットである。
「なんだ、あんたもいたのか」
「そうぶっきらぼうな声をかけるなよ」
 ジェットは隣の椅子を引いてみせた。ここに座れ、と暗に言っているのだろう。スパイクは店の様相を見た。「中華麺」と書かれたその店は、店と呼べるものではない。下に車がつき、店主は車の上に乗っている小さな鍋で調理をしていた。
「ここ、上手いのかよ。店の設備がこれじゃ、たかがしれてんじゃねーか?」
 スパイクは小声でジェットに聞いた。ジェットはにやりと笑って、
「なんだ、知らねぇのか。これはな、屋台っつうもんだ。昔、日本っていう国ではな、このラーメン屋がこの車を引いて、ラッパを吹いて客を呼んだんだそうだ」
「そりゃ、昔の話だろ」
「今まで受け継いでるっていうのがすげぇじゃねえか。この店は普通のラーメンしかねえが、とびっきりの上手さで安いって話だ。しかも、屋台だからどこに現れるのか解らない。幻の店になっているそうだ」
 ジェットがそう言うと本当に聞こえる。スパイクはこの屋台が少し気になった。腹が減っている今の状態で、安くて上手いほど良い物はなかったし、これで量が多ければなあ、という淡い期待を持っていたからである。
「こっち、ラーメン1つね」
 スパイクはそう言ってジェットの隣に座った。
「あいよ」
 店主はそう言って水をスパイクの前に置く。スパイクは店主の顔を眺めた。白い割烹着に白い帽子をかぶっている。18くらいの青年だった。端正な細面で帽子から垂れた紫色の髪。顔はおそらく二枚目と呼ばれる部類に入るだろう。こんな顔ならテレビタレントにでもなれよ、というくらいの。気になったことは、片目に眼鏡をかけていることくらいだった。
「ラーメン、おまたせしました」
 数分待った後、店主からスパイクとジェットにラーメンが渡された。二人とも割り箸を口と手で割って、箸を使って食べ始める。
 スパイクは妙なものを見た。店主の左手に、奇妙な模様がついていたのである。一度見ただけでは解らなかったが、何か動物のように見えた。
「お…」
 ジェットが思わず呟いた。上手い。麺のコシ、スープのコク、そこらのラーメン屋の群を抜いているように思えた。スパイクの反応が気になり、隣を向いてみる。
 スパイクの目に涙がにじんでいた。
「どうしたんだよスパイク」
「…なかせるじゃねーか」
 スパイクは目を服でこすった。口はチャーシューをくわえたままである。
「に、肉…何日ぶりかのたんぱく質…」
 スパイクはチャーシューを一気に飲み込み、麺をすすり始める。さて、20分ほど経った頃。2人のどんぶりはすっかり空になっていた。
「上手かった。ごちそうさま」
 客はもうジェットとスパイクしかいなかった。ジェットは店主にそう小さく言った。
「ありがとうございます」
「しかし、上手かった。何かスープに秘密があるんじゃないかと思うんだが…」
 店主はにやりと笑い、2人の前に皿を2つ置いた。鳥の肉に辛そうなソースがかかっている。いわゆる、バンバンジーというヤツだ。
「試作品なんですが…。良かったらどうぞ。お代はいりませんので」
 2人はそれを言われる前に食べ始めていた。ジェットは黙って鶏肉をつまみ、下に敷いてあるキャベツを食べた。スパイクといえば、皿を持って口の中にかきこんでいる。
「鳥をスープに?」
「そうです。ま、使い古した方法ですが…」
 ジェットは立ち上がった。スパイクは皿を眺めていたが、諦めて椅子を離れる。スパイクは店主の顔を見て、
「名前を聞いておきたいな。俺はスパイク、こっちはジェットだ」
「…リーです。これからもよろしく」
 リーは屋台の中央に座る。屋台の後に積んであったジェットエンジンが火を噴き、とてつもない風を起こした。リーの屋台は飛び去っていった。
「偽名だな。あれは中国のラーメンじゃない」
 ジェットはぽつりと言った。スパイクは眼をつむり、煙草をくわえる。
「…何か訳ありだな。そう思わんか?スパイク」
「まぁ、なるようになるさ」

 ビバップ号に戻ると、フェイがソファで寝転がっていた。非常に無防備である。エドといえば、アインと駆けて遊んでいた。
「昼飯は食べたのか?」
 ジェットが言う。フェイはにやっと嫌な笑いをして、
「まぁねぇ〜。ちょっとね、フランス料理をね」
「後はカジノか?」
「…」
 フェイは起き上がってテレビをつける。毎度おなじみ「BIG SHOT」の時間だ。
「アミーゴ!太陽系30万の賞金稼ぎの諸君!」
「毎度おなじみ、BIG SHOTの時間よぉ!」
 毎度おなじみの軽快な司会、パンチとジュディが登場する。
「さあ、本日の賞金首は、なんと2000万ウーロン!」
「きゃあ、結構な大金じゃない!」
「さあ、この男だ!」
 画面には端正な顔の少年が映った。
「へぇ、けっこうな男じゃない」
 フェイが賞金の額に目を輝かせながら言う。ジェットとスパイクは目が点になった。
「名前はヨシナリ・タカハシ。軍隊の兵士を8人殺害して、指名手配なんだ!」
「でも、かっこ良いじゃない!こんな男なら殺されても良いわぁ〜」
「おいおい、そりゃないだろ。殺された兵士は、血まみれだったって!」
 ジュディは露骨に嫌な顔をした。
「聞くところによると、タカハシは自分専用のマシンで火星内を飛び回っているらしい。では、賞金稼ぎの諸君!また会おう!」
 スパイクはテレビを消した。フェイはスパイクを睨みつける。
「なによ〜、せっかく見てたのにぃ」
「ジェットさんよ、さっきのラーメン屋のだよなぁ?」
 スパイクはジェットに確認するように言った。ジェットは何度も頷いて、
「ああ、間違いねぇ」
「じゃ〜、行って来るわ」
 スパイクはなぜかフェイを見やると、走り出した。フェイは慌てて立ち上がって、
「ちょっと、独り占め!?」
「チャーシューの借りを返す時だからな」
「何よそれ!」
 2人はそう言いながら、それぞれソードフィッシュUとレッドテイルに乗り込む。2つのマシンは次々に発進していった。
「いってらっさぁ〜い」
 エドが大きく手を振る。ジェットはエドの方を見て、
「エド、軍に所属していたタカハシという男を調べてくれ」
「あいあ〜い」

 スパイクのソードフィッシュUは、レッドテイルよりも少し早く火星の上空に出た。広大な砂漠のような景色が広がる。スパイクは多少減速しながら、チャイナ・タウンに向かった。スパイクの後を追うように、フェイのレッドテイルもチャイナ・タウンに向かう。スパイクはチャイナ・タウンに降り立つと、屋台があった場所に向けて走った。場所は覚えていたような気がする。しかし、あまり希望は持てなかった。もう屋台はどこかに出発してしまっていたからだ。
 案の定、前あった場所に屋台は無かった。
「あんた、なんでこんなとこに来てんのよ」
 フェイである。フェイは相変わらず、目を吊り上げていた。スパイクは、ラーメン屋台の店主が賞金首にそっくりだったことをフェイに話した。
「ふぅん、屋台ねぇ…。そんなの探せば解るんじゃない?」
「解るかよ。屋台なんざ…いや、そこら中にねぇか」
「そうそう。モロッカン・ストリートとか、ああいうところにラーメン屋台があっても目立つだけでしょ?タカハシとかいうヤツは絶対チャイナ・タウンにいるはず」
「なるほど」
 スパイクは、フェイが手を突き出していることに気付いた。
「推理料」
「…捕まえてからな」
 そう言いあうと、2人は別々の方向に走っていった。

「出た出た、データ出た出たよ〜」
 エドが声を上げると、ジェットはパソコンの画面を見る。そこには確かにラーメン屋の店主の顔が映っていた。しかし、名前が違っている。
「…被研体02、ゼロ・ブロウニング…軍特殊部隊所属だぁ?」
 ジェットは嫌な悪寒を覚えた。ただ「特殊部隊」と書いてあるだけで、特殊部隊の名前などは何も書いてはいない。解ったのは、名前と軍に所属していたことくらいだった。
「しかし、被研体ってのは…何なんだ?」
「なんなんだぁ〜」
「…だろうな。じゃ、せめて…特殊部隊のマークとかないのか」
 ジェットはため息をつく。エドの指先はピアニストのように、パソコンのキーを数回叩いた。少し小さな画面に、「軍特殊部隊」と書かれたマークが20個ほど現れる。
「全部でいくつあるんだ?」
「えーとね、11個…だって」
 ジェットはまた、悲しげにため息をついた。しかたなく、スパイクに通信機で賞金首のあらましを伝えた。
「…マークねぇ。そういやあ…あの男、左手に刺青をしていたな」
「なんだと!?どんな模様だった?」
「解りゃすぐに伝えてるさ。何てヤツだったかな…そうそう、龍だよ、羽の生えた…」
「似たやつはこのタナトスってヤツしかないが…」
 そう言われた瞬間に、エドはタナトスの模様をクリックする。タナトスは、黒い羽が生えた龍が吠えている紋章だった。クリックすると黒い龍が吠え、パスワード入力画面が出た。エドはハッキングプログラムを打ち込むが、数回弾かれてしまった。しかし6回目でようやく成功し、詳細なデータが出る。
「こいつは…」
 ジェットはしばらく画面を見たまま動かなかった。

 男は、5人ほどの武装した兵士に囲まれていた。
「02、もう逃げられんぞ」
 一人の兵が銃を男に突きつける。男は顔色を変えなかった。少しして、男は空中に飛び上がる。兵士たちは銃で一成射撃を始めた。男は兵士の背後に降りると、一人ずつ蹴り倒していく。5人の兵隊は放射状に倒れ、伸びていた。
「やれやれ…」
 男は両手を上げ、お手上げのポーズ。
「まったくだな」
 声がした。男は驚いて振り向く。以前見た、奇妙な頭をした背の高い男が立っていた。
「…この前はどうも」
 男は言う。ヘッドホンをつけたスパイクはにやにやと笑った。男は瞬きを一つする。
「ゼロ・ブロウニングだったな?自分に賞金がかかってるのは知ってるだろ」
「へぇ、カウボーイ…か。面白い」
「そうかい!あんたの作ったラーメンはうまかったぜ!」
 スパイクは流れるように走りこみ、顔面を蹴り倒そうとした。しかしゼロははるか高く飛んでいた。そして、スパイクの背後に降り立つ。スパイクが振り向く間もなく、ゼロは素早くスパイクの顔面を殴り倒した。スパイクは体制を立て直す。スパイクは唾を吐いた。
「やるな!」
「お互い様だ」
 ゼロが左腕でパンチを出そうとした瞬間に、例の紋章がきらめいた。スパイクは思わずその手をつかみ、投げ飛ばす。
「タナトス…陸軍の中でも特殊格闘訓練を受けたやつらのことだが…」
 スパイクのヘッドホンからは、ジェットの声が絶えず流れていた。
「奴らの中に、生態改造を受けた者がいるそうだ。筋肉や反射神経に作用し、身体を極限にまで高めるという物質を埋め込まれたんだそうだ。しかし、身体を極限まで高める日気前に、自我を無くすんだそうだ」
「どういうことだよ!」
「本当の感情がほぼ消える、ってこった」
 返事は無い。
「スパイク?おい!スパイクどうした!」
 スパイクは顔をゼロによって捕まれ、高く掲げられていた。
「このまま砕かれたいか?」
「御免だね!」
「…なら、首に変更だ」
 ゼロは顔をつかんでいた手を首に持ちかえる。スパイクは薄れていく意識の中で、ゼロの瞳を見た。冷たく、全てを見通すような赤い目…。
 音がした。ゼロはその方向に顔を向ける。フェイが拳銃を持って立っていた。
「死にたくなかったらおとなしく捕まりなさい」
 フェイは余裕である。何しろ、拳銃を持っているからだ。ゼロはスパイクをつかんでいた手を離した。そして、フェイの方向に歩いていく。
「動かないでよ。本当に撃つわよ」
 ゼロは何も言わず、ただフェイに近づいていく。フェイは顔に嫌な汗をかいていた。
 冷や汗、だろうか。そんなことはない…と思う。本当に殺したら賞金がパーだ。しかし、今の状況は、ゼロと接触すれば自分が死ぬ運命にあるように思えた。
 銃声。しかし、ゼロは首を一瞬動かしただけだった。
「だ、弾丸を避けた…?」
 フェイは息を呑んだ。ゼロはフェイの首を両手でつかむ。
 死ぬ。そう思った。フェイは眼をつむった。しかし、死はこなかった。フェイは恐る恐る目を開ける。ゼロはその場に倒れていた。左手の刺青が黒く浮き出ている。
「言い忘れたが…」
 と、ジェットが言った。スパイクは立ち上がり、ゼロを眺める。
「…改造されたものは、一日に多1回、くて2、3回苦しみが来るらしい」
「倒れてるぜ、こいつ」
ジェットの溜息が聞こえた。
「賞金はねぇよ。取り消された」
「なんだと!?」
「軍は闇に葬る気らしい。すぐ、軍が来るだろうな」
 スパイクは倒れていた兵士たちを見やり、そして帰ろうとした。しかし、何かが彼の足を止めた。それは、か細い声だった。
「…母さん…」
 最初はフェイかと思ったが、まさかと思いゼロを見やる。ゼロは瞳から涙を流していた。スパイクは両手でゼロを抱えてみる。そんなに重くは無かった。
「あんた、どうするの?」
「…連れて行く」
「え!?何馬鹿いってんのよ。賞金はもう無いんでしょ?」
「ビバップにつれて、治療してもらおうかと思ってね」
「はぁ?なんでよ!ただの厄介物じゃないの!」
 スパイクはフェイに少し近づいた。フェイもスパイクの鋭い目に気がついた。
「…なんだか、変なんだ。自分の仲間のような気がするんだ…」
 フェイは両手を上に上げ、お手上げのポーズ。
「本当に馬鹿だわ、あんた」

See You Space Cowboy and Dark Dragons…


作/デルタ

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