蒼い空にひとすじの白い線が流れた。その先端が山に隠れると同時に轟音と地鳴りが周囲を襲った。
「行くぞ！フランソワーズ！」
双眼鏡を目から離すと同時に、２メートル近い体躯の男が叫んだ。顔も四角、体も四角の大きなカニを思わせる男である。男は走って自分の車に乗り込んだ。
「ハーイ、パパァ」
よばれた名前でかろうじて女の子らしいとわかる少女が父親のあとを走って追いかけた。年の頃はまだ５、６歳といったところであろうか。体は小さく細く、髪は赤毛のショート。唯一父親に似ているのは褐色の肌である。
二人は黄土色の水陸両用車に乗り込むと、西の方向・・先ほど隕石が落ちた地点・・に向かって走り出した。父親の職業は隕石により絶えず変わり続ける地球の地図を作ることであった。
落ちていたのは隕石ではなかった。着いた地点には隕石落下点特有の熱気は感じられない。しかし、確かに『何か』が落ちていた。いや、落ちていたというよりは立っていたという表現の方が正しいかもしれない。白煙の立ち込める中、そこにあったのは巨大な石板であった。空をニ分割するように地面から垂直にそびえている。それは、見事にカッティングされた長方体であり、その面は見事に磨かれ、黒光りしている。人工の創造物のようでもあり、反面、自然の畏怖感さえも感じさせるものであった。
「何だ、これは？」
父親はもう一度、探査機をチェックする。確かに先ほどの落下物はこれであることを確認した。
「まぁ、これが落ちてきて、新たに地形を変えたことには変わりないか・・・。フランソワーズ、下りるぞ。」
「はい、パパ。」
「調査が終わるまで、その辺で遊んでいいぞ。ただ、あの石板には近づくな。
なんだかわからんからな。」
彼のカンが注意を促した。
「はい、パパ、わかった。」
少女は車から下りて走り出した。
父親の言いつけ通り、少女はその巨大な石板には近づかないように心がけていた。しばらくすると、誰かからよばれたような気になった。振り向くと、そこにはあの石板がある。
『フランソワーズ・・・』
頭の中に呼びかけてくる。石板からだ。
『あなたがよんだの？』
フランソワーズはその思いを口にしたわけではなかった。が、思念に対して答えが返ってきた。
『ソウダ・・・フランソワーズ・・・イイモノヲアゲル・・・』
『ダメだよ、パパが近づいてはいけないって』
『ト〜ッテモイイモノダヨ・・・』
「と〜ってもいいもの？」
言葉にひかれるようにフランソワーズは石板に近づいていく。
『行ってはダメ！ パパのいうこと聞かなくちゃ！』
しかし、心に反してからだがいうことを聞かない。
そのまま、蠱（まじ）にかけられたように少女は石板に近づいていく。そ〜っと手を伸ばし、滑らかに光る面に触れてみる。
「！」
大量の容量（メモリ）が少女の頭の中を駆け巡った。感電したように髪は逆立ち、体を痙攣させた後、少女は地面に伏した。
「フランソワーズ！」
少女は父親の両手の平の上で揺さぶられて目が覚めた。
「ふにゃ〜」
「無事か？！ どうしたんだ？！」
「モノリス、シマリス、キリギリス〜、大丈夫なのな、ちち〜」
「そうか・・・突然あの石板が消えて、お前が倒れているから驚いたぞ。」
「エドはね〜、宇宙の真理を探すのな〜」
「エド・・・？何だ、その名前は？ ま、いいか・・・本当に何もなくてよかった、フランソワーズ！」
父親は娘を抱きしめた。
「エドはね〜、エドワード・ウォン・ハウペペル・チブルスキー４世・・
これから、宇宙の真理を探して旅するのな〜・・・・」
娘が上の空で口走る言葉が意味するものは、しばらくは・・・いや、永遠に 理解できないものの一つであった。
作/かまかま