ある日のこと

 「あのなぁ、スパイク・・・。その・・・。言いたくはないんだが・・・。」
ちょっと淋しくなった頭を掻きながら、いつもの白いエプロンをした大きな男がモニター越しにソファーの男に話し掛けた。
男は雑誌を顔に乗せ寝ていたが、めんどくさそうにそれをどけるといかにも不機嫌そうに起きあがった。
「飯はまだなのか?」
「だから、な、約束しろ。怒るなよ。俺が何を言ったとしてもだ、いいな。」
スパイクは、いぶかしげにあいまいな返事をした。
「その・・・、ないんだ。食いもんが・・・。」
たまらず立ち上がったスパイクは握り締めた拳のやり場のなさに余計にいらだった。
「何でだよ!この前買いだめしたのはどこのどいつだよ!しかもその金を稼いだのは誰だと思ってんだよ!」
「だから怒るなっていっただろ!」
もう少しで掴み合うぞと言う距離で二人が言い争いをしていると、バスタオル姿に右手にビール、左手には何かの缶詰めを持った女が現れた。口にはフォークをくわえている。
「あによ、うるさいわねー。男が食い物のことで争うなんて醜いと思わない訳?」
「そういうおまえは何食ってんだよ・・・。」
「あ、これは、あたしのよ。あたしの稼いだ分で買ったんだからね!」
やけにむきになって説明する女を見て二人は大きくため息をつきソファーにどかっと腰をおろした。
「あーあ。誰だよこんな女連れてきたの。」
「連れて来た覚えはないけどな。」
「しかたねぇな・・・。どっかによらねえとホントに飢えちまう。」
大きいほうの男が立ち上がって出て行った。
「あんたたち・・・。」
女は左手の缶詰めがないと分かるのに少し時間がかかった。
「ごっそーさん。」
「え?あ、ああぁ!ちょっと、あんた!手癖悪いんじゃないの!」
怒って両手を挙げたとたん、身体に巻いたバスタオルがすとんと落ちた。気が付くと出て行ったはずの男ももさもさ頭で口をもごもご言わせている奴、それに犬までが女を見ていた。
「フェイフェイ、ぼいんぼいん。うおぉー。すごいねー。アイン。ぼいんぼいんだよぉ。」
慌てて、バスタオルを巻きなおし、ついでにもさもさの頭を思いっきり殴りつけて女は部屋に逃げるように閉じこもった。
「ま、たまには、ああいう可愛い所も見せてもらわないとな。」
大男はまたコックピットに戻っていった。
「どこがかわいいんだか・・・。」
「エドもぼいんぼいんになるかなぁ。ぼいんぼいん、気持ちいいよねぇ、アイン。アインもぼいんぼいん好きだよねぇ。スパイクとージェットも好きなんだってぇ。うおぉって言うんだよー。」
「つまんねぇこと言ってんじゃねぇぞ。」
スパイクはまた雑誌を顔に乗せて、寝転がった。
「あぁ、さっきねぇ、エドとアインお腹すいて、みんな食べちゃった。だから、ご飯いらなーい。」
「・・・・・・・・。」
「だって、フェイフェイが、自分の食い物は自分で探せって言ったんだよ。ネ、アイン。」
コックピットではジェットがフェイへの請求書に何か書き加え、リビングではやおら起き上がり、「ビック・ショット」にチャンネルを合わせるスパイクの姿があった。

ビバップ号の日常はいつもこうだったとすっかり年をとった賞金稼ぎが少し自慢げにグラスを傾けながら話すのをバーテンは黙って聞いていた。機械仕掛けの左手が時折きしむ音を立てる。
「腕、再生しないんですか?」
バーテンの遠慮がちな質問にすっかり髪のなくなった頭を撫でながら、男はこういった。
「勲章なんだよ・・・。男のな。」

  END

作/猫宮よしき

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