LUCKY STRIKE (仮

[千里眼を得た代償]


 「たしか、ここだったよな」

 地盤の関係か、はたまた小規模の隕石の影響か、ともかく地表に開いた穴から吹き込む風の所為で舞い上がる砂埃の中、マフィアから教えられた目標の所在地との整合性を確かめつつ、俺は目の前の巨大な建造物を見上げた。
 地下にいても、その巨大さは目を見張るものがある。ゲート事故直前に建設された核融合発電施設だそうだが、結局、事故の所為で燃料は搬入されず炉心はレーザー設備以外がらんどう。まあ他の発電設備はマイクロ波変電施設として転換され、地下住民の生活にはなくてはならないものとして機能してはいるが、核融合に関する敷地からしてみれば微々たる規模だ。
 当然、生活に関わる施設であるので、その警備も今の地球としては最大級のものだ。何重にも張り巡らされた金網の内には自動小銃で武装した警備員が10数人ほど配置され、全員ドーベルマンと散歩中。もちろん金網には「電流注意」の警告札が掲げており、金網同士の間にまで赤外線がはられている始末。
 いわゆるメインゲートには、地表に届くかと思えるほどの鉄格子の扉が立ちはだかり、その前にも2人ほどの警備員。ゲートから少し入ったその両脇には見張り台が設置されており、当然こちらにも遠隔操作式とおぼしきガトリンク砲が完備。そんな中を一人で突破しようとするのは余程の英雄妄想癖のやつか目立ちたがりやの自殺志願者だろう。
 ならば、裏から侵入するのが良いと発電所の周囲を散策すると、発電所の中ほどからはしっかりとした岩盤を持つ地中へと突き刺さっている有様。中に入るには、正面からしかないというわけである。
 とはいえ、別の突破口がないわけでも、死地に赴く覚悟も要らないが。

 「まいったねえ、こりゃ」
 
 特段、難しいとも感じてはいなかったが、なんとなく口をついて出た言葉にやるせなさを感じ、無性に煙草が吸いたくなった。 
 周囲を見渡し、腰掛けるに丁度いい岩を見つけたのでそこに座り、内ポケットから煙草を取り出し火をつけ、一気に吸いこんだ。小さな音を立て紅く光る煙草を口から離し、溜息とともに煙を吐く。たった一動作、吸って吐く。それだけで、なにか一気に疲れが溜まった気がする。視線を落とし、ひざに置いた指先に挟んだ煙草から流れる紫煙を見つめていると、なぜか物悲しくなってしまう。

 「なにしてんだろうね、俺は」
 
その日暮らしだったあの頃の自分。とある男に拾われ、アンダーグラウンドを歩き始めた自分。否応無しにお尋ね者になった自分。つまらないミスで片目を奪われた自分。
 全てが悲しく感じた。俺の人生は全て無駄だったとさえ感じさせてくれる。自分が生きている事への申し訳なさ。そんな考えの中、ふと違った考えが首をもたげる。
 以前はこんなこと感じなかった。なぜだ、と自問しても答えは返ってこない。いや、大方の目安はついているが確証が持てないだけか。
 この義眼の所為か?この義眼を付けた時から何かが変わってしまった。それにあの繰り返し見る夢。「夢の中で最後に必ず死んでしまう自分」の意味を探しつづけたが見つからなかった。
 だが、その夢を見始めてから確かに変わってしまった。なにか白昼夢を見ているような感覚とでもいうのか、生きている感覚が気薄になってしまった。義眼の機能にも原因があるのかもしれないが。
 この義眼を付けた時から、全てが見えてしまう感じだ。表面的なものとしての透過、暗視、非可視領域線感知、遠距離焦点などだけではない、もっと内面的なもの、いうならば人の心といったものか。そんなものまで見えてしまう感じがする。

 「この義眼の持ち主だったやつもそんな感じだったのかねえ」

 なぜか、見たことも無いコレの持ち主だったやつのことが気にかかる。判るはずも無いのに、当然の如く自分と同じような状況だったと考え、哀れみと親近感を覚えた。
 まあしかし俺のように、作り物であるにもかかわらず、多少視覚能力が他人より勝ったというだけで、あとはなんの違いも無いのにそれには気がつかなかったほどの馬鹿ではなかったと思うが。
 他人にはわからないという悲壮感と、その影に隠れた僅かばかりの優越感。それが、孤立を生みだし始めていると気がついた時には遅かった。周囲からは取り残され、救いの無いアンダーグラウンドで一人流れるしかない自分。手を差し伸べるのは、俺を鉄砲玉として利用しようとする連中ばかり。それでも、いや、そういう状況だからこそ、この義眼だけが俺のちっぽけなプライドを誇示させてくれた。
 
 元の持ち主もこうだったのだろうか。

 風が吹いて、煙草の灰が舞った。ふと視線を煙草に向けると、すでにフィルター手前で燃え尽きていた。もったいないが仕方ない。俺はやるせない動作で吸殻を放ると、新しい煙草に火をつけた。

 天井を見上げると天井に張り巡らされた天球図が瞬き始めていた。人工的に作られた星とはいえ、地に足がついた状態で見る星々の広さに、先ほどまで渦巻いていた感情が消え去っていくのを実感できた。

 「自己欺瞞だな」

 当たり前だ。他人と自分が一緒だなんて驕りも甚だしい。自分が孤独になった原因を義眼の所為、ひいてはもとの持ち主の所為にするための、体のいい屁理屈だ。 

 ふと、発電所の方からの視線を感じ、顔を上げた。視線を感じる方を向くと、何十分と発電所をうろついている怪しい男に警戒する警備員が、こちらを睨み付けている。当たり前か。反対の立場なら、俺だって同じような事をしてるだろう。
 しかし、まったく面識のない人間の視線は、この義眼には向いていないのが嬉しい。ただ、怪しまれていること自体は不愉快極まりないが。ま、いえる立場ではないが。
 この義眼を見られていると、あの夢に引きずり込まれるような感覚に陥ってしまう。それが怖い。あの思いをするのは寝てるときだけで十分だ。
 
 警備員がどこかと連絡を取り始めたので、そろそろ町の方へ戻ることにした。顔は覚えられてしまったようだが、まあ構わないか。

作/頓服
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