LUCKY STRIKE (仮
[市街にて]
「おっちゃん、お土産買っていってよ。美味いよ、ぴよこ」
雑居ビルがひしめき合う地下市街に戻った俺は、暫くぶらついた後、屋台で食事を取っていた。一応夜中ではあるが、人の往来は結構なものだ。地下だから、昼夜の区別がはっきりしていないというのもあるのだろうが。
ただ、子供が起きていい時間ではないとは思う。特にやかましい土産売りの子供は。
「ねえ、買ってってよ」
「うるさいぞ、僕。今何時だと思っているのかな?夜12時だぞ」
時計を見せながら、俺なりに優しく諭す。こういう子供に限って、えらくしつこく食い下がる。そして、コレを相手にしていると決まって飯が不味くなっているのだ。
「それは大丈夫だよ。ほら、安いでしょ?買うしかないじゃん」
なにが大丈夫なんだか判らないが。しかし冗談じゃあない。確かに美味い事は知っている。だがこの子供が提示している値段は、一般の店で買うときのおよそ3倍といったところだ。
「これさ、ちょっと高くないかな?お兄さんあんまりお金持ってないんだよね」
「嘘だあ。街の入り口に止めてある青いモノレーサー、おっちゃんのだろ?あれ持ってる人がお金無いなんてさ」
「何で知ってんだよ!?」
「見てたから、おっちゃんが降りてくるとこ」
「!」
これだ。これがあるから嫌いなんだ。始めに下調べしておいて、こちらの状況をある程度予測してきている。だからあの値段だ。恐らく昼間は相場の1割増ってところで売っているのだろう。
「ねえ、おっちゃんってば。買ってよ」
おっちゃんか、、、。俺はまだ28だ。おっちゃん呼ばわりされる筋合いではない、と自分では思っているが。子供は悪気無く平気で人を傷つける。罪悪感など微塵も無い。いや、わかっているか。その上で子供だから許されるという事を学習している。
まあ、おっちゃんが教えてあげるのも悪くは無い。社会にはそんなものが通用しない人間が多くといることを。
俺は、子供の襟首を掴み、こちらの眼前に引き寄せた。
「いいか小僧。てめえが相場以上の値段で売りつけてるのは判ってる。おっと、ぐだぐだ言うんじゃねえぞ。いいか、世の中はガキだからって容赦しねえ人間がごまんといるんだ。それを心に刻んどけよ」
「わかってるよ。おっちゃんに言われなくてもさ、、、、」
「一つ言い忘れていた。俺はおっちゃんじゃねえ」
「、、、、、、」
子供相手に優越感。自分でも最低だとは思うが、うるさい奴を黙らせた事に俺は満足していた。とりあえず沈黙した土産売りを離すと、残っていたビーフンに手をつけた。まだ少し暖かかったが、なにか釈然としないもやもやがビーフンの味を下げていた。
とりあえず食べ終え、烏龍茶で喉を潤していると、土産売りが涙目でなにか言おうとしていた。まずいな、大方さっきのことを騒ぎ立てるに決まってる。こういう時はとっとと去るに限る。
「オヤジ、ご馳走さん」
屋台のオヤジに金を払い早々に去ろうとした瞬間、土産売りが俺の足にしがみついてきた。
「こら、離せ小僧!買わねえって言ってるだろうが」
「お願いだよ。買ってくれないとオイラ、、、オイラ、、、」
「ああん?」
なるほど、その商人根性は大した物だ。今度は泣き落としで売りつけようというわけか。だがそれをやるタイミングは甘かった。こちらが満腹になっている今、土産のお菓子など魅力のかけらも無い。たとえ泣き落としともいえども、こちら側に食欲がない状態では買う気は起きない。まあ、どの程度の話術があるか聞いてみるのもいいか。
俺は、屋台の椅子に座りなおし、土産売りの身の上話を聞き始めた。
話を十数分ほど聞いた後、土産売りは帰っていった。帰っていくときに始めて「ありがとう、おにいさん」といった事は大変よろしい。ただ、見えなくなる直前に「おっちゃん馬鹿って言われるだろ」と叫んだ事は許せないが。
そして今現在、俺の前にはぴよこの箱がある。何故だ?それは俺が馬鹿な上におっちゃんだからだろうか。いや、幻という説も考えられる。そう考え、箱に触れてみたが、やはりそこには存在していた。
定価の3倍の価値の。
そして、悲しい少年の物語がつまった。
ぴよこが。
無性に、ぴよこを足蹴にして踏み潰したい衝動に駆られたが、それをすると自分が本当に馬鹿だと感じるだろう。いや、こんなことを考えてる自体馬鹿というものか。
「やれやれ、、、。さて、行くか」
作/頓服
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