街は灰色が覆っていた。重苦しく広がる殺風景。遠くに霞む砂利の道。あたりに無気力が漂い、どろっとした雲間から、弱々しい陽の光が差し込む。梅雨が近い。

 圭一は目抜き通りを----かつての目抜き通りを----いまの世間が象徴するように、あてもなく歩いていた。通りには、焼け野原や、その中で孤独に焼け残った建物がある。それだけだ。晴れていれば、耳障りな飛行機が静寂を乱すが、こう曇っていると、それも滅多にない。頽廃(くさ)っていた。
 砂利を踏む音が、虚空に散っていく。灰色の向こうから、人影が近付く。
「圭ちゃん。」
 この聞き覚えのある声は小池だった。圭一の父親の友人で、小さなころから圭一とは親しい。片手には袋を下げ、呼びかけるのと同時に挙がるはずのもう一方は----ない。戦地で負傷兵となり、送り返されたのだった。以前は饒舌な男だったが、帰って来てからはすっかり喋らなくなった。圭一は、どうも、と軽く会釈をしてすれ違った。

 家に戻ることにした。家に戻っても何かあるわけではないが、この街を歩いていても仕方がなかった。
 圭一の家族は全員死んでいる。父親は白木の箱になり、母親は妹を産むときに、妹は栄養失調。まともな死に方をしていない、と思った。自分もまともな死に方はしないだろう。もう十六である。すぐに徴兵される。
 小池には、五歳になる子供がいた。名前は知らないが、父親が帰って来て、いまは二人暮らしである。母親は空襲で焼かれていた。

 長い夜だった。このまま永久に夜が続いていくような錯覚を覚えた。生への諦めが生み出した死への恐れ。降り続いていた雨は止んでいるようだ。心なしか明るい。月の光が、夜の緊張を一層強固にし----来た。空襲。
 死の舞踏の拍子を刻む空襲警報が街に響き、人は防空壕に雪崩(なだれ)た。圭一にとって、敵国機の破壊の音は交響楽であった。悲しさ、虚しさ、儚さ、全てがにじんだ。おさまったのを見計らって、顔を出して外を見た。一面の闇。ありがたかった。しかし無情な空気が、周囲の破滅を圭一に知らしめた。
 壕の中は、悲痛な声で埋まっていた。とりわけ圭一の耳によく聞こえたのは、一人の女性の声であった。
「ごめんよ…ごめんよ…。」
 こればかりかと思うと、子供のものらしい名前を呼んでは、また、ごめんよと泣いた。彼女の側に、子供の姿はひとつもなかった。若い母親だった。「死ぬ」ということを、果たして知っている子供がいただろうか。

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