翌日、小池が命を絶った。横では五歳の息子が寝ている。不思議な画(え)だった。
 戦争もこの国も長くはない、と圭一が感じ始めたのはここからであった。消滅に向けて、全てがひたひたと歩いている。

 日の沈みかけた頃だった。山ぎわからの陽の光が、風景を刺す。
 四十がらみの小男が歩いていた。圭一と目が合った。
「死にたいか。」
「生きてても…何もありませんから。」
「…よし。一緒に来るか。」
 行動で返事をした。男についていくと、割ときれいで、大きな倉庫のような建物があった。蒼い闇が奇妙に映えた。
 中に入ると、生臭い匂いがした。傍(そば)には、肉の塊。
「さあ、今日はもう遅(おせ)え。少し臭(くせ)えが、早く寝なよ。」
 ぼろぼろの布団が用意された。それでも、もうなくなった自分の家で寝るよりはずっと良かった。圭一が布団に入ろうとすると、
「いや、ちょっと待て…。やめだ。お前、本当は死にたくねえだろ。…おまえの目は未来を見てる、不安だが、輝きのある目だ。俺は好きだ、そういう目が。生きなきゃだめだよ。いや、俺が死なせねえ。」
 小男は言った。続けた。
「実はな……。ここの肉は、人間の肉だ。俺が今みたいに、連れてきた人間を寝かして、な。どれも覇気のない人間ばかりだよ。
 こいつをヤミで売るんだ。なかなか悪くない商売だよ。だが、お前は生きるんだ。…どうだ、俺を手伝う気はあるか。」

 不思議な衝動だった。人を殺す、という意識のないまま、引き取り手のない小池の息子を、「倉庫」に連れてきていた。
「ガキか。まあいいや。折角だ。一度くらいは見とけ。」
 と、おもむろに刃物で子供の頭を切り落とした。頭の転がるグラリという音が、大音響で響き、その刹那、圭一の心に殺人の意識が戻った。自分の存在が信じられなくなった。

 その間にも、男は子供の小さな体を切り刻んでいた。鼓動を続ける心臓、首から、体から流れ出る血液、小刻みに動く手、体…。肉を取り除いた後に残ったのは、およそ人間と思えない、無残な骨と皮だった。
「少し刺激が強すぎたか。でもな、覚えとけよ。…戦場ではな、帝国軍の兵隊が殺され、敵国の兵隊も、人も、殺されてる。一人や二人じゃねえ。何万だ。…俺だって、やりたくはねえんだよ。生きる為だ…。」
 小男は、死体と肉を片付けてから言った。
「嫌なら、帰んなよ。」

 圭一も徴兵された。たまらなく嫌だった。六月の雨が耳障りだった。

 戦場で、鉄の弾が人殺しをしようと飛び交う中、圭一はただの一度も銃を使うことはなかった。異国に来ても記憶は変わらない。あの日の子供の姿、小男の言葉。引き金が重くなった。
 遠い、名前も知らない異国の地、若者は曇り空の下に消えた。

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