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8. 余談:参考にしたもの(あるいは、落ち)

8.1 GUI デザイン全般

 ユーザインターフェース全般については、アラン・クーパーの「About Face: The Essentials of User Interface Design」(邦訳は「ユーザーインターフェイスデザイン―Windows95時代のソフトウェアデザインを考える」ISBN:488135368)を参考にしている。邦訳は読んでいないので分からないけど、原書を読む限り、邦題の「Windows95時代の〜」という文句のために、今となっては損をしている本だと思う(「Windowsユーザーインターフェイス事典」ISBN:4881356534 といった、How-To とはちょっと違う内容。クーパーの「コンピュータは、むずかしすぎて使えない!」ISBN:488135826X より前の作品で、内容的には重なるところも多い)。

 この本は、市販製品の GUI 設計において、GUI 全体の傾向や各部品が持っているデザインの背景や意図を広く解説することで適材適所を指南し、さらにはあるべき設計を提示しようという本。先進性を求める場合には向かないけど、GUI について様々な特徴や本質を言葉できちんと展開できているので、どういう場面で役立つかのヒントになる内容になっている。

 買ったまま全然読んでなかったんだが、今回この文章を書いている途中で読んでみたら、彼がオブジェクト中心になったユーザインタフェースを「selection」で象徴させていたのを読んで、「「文字/綴り」による入力インタフェース」「「アイテム/オブジェクト」による選択インタフェース」という対比もそうずれたものではないことが確認できたし、彼の本で整理できた部分も多かった。

 彼の「selection」は、厳密には、命令が先にありきの「verb-object」型に対して、オブジェクトが先ありきの「object-verb」型の特徴という対比の中でのことなので、私のものとは少しずれる部分もあるけれども、いずれにせよ GUI を特徴づけようという点では参考になることが多かった。

 より広くは、これは旧聞に伏す名前かもしれないけれど、やっぱり「誰のためのデザイン?―認知科学者のデザイン原論」ISBN:478850362X を挙げてお茶を濁したところでお終いにしたい(あまり、その任に私は向かないから)。

8.2 ユーザの支援ということについて

 さて、この文章でまとめたようなことは、もちろん作る前もある程度は考えていた。けれどもネタばらしをすれば、きちんとこんなことを考えたのは作った後になって、 POBox という文章入力支援のアプリケーションに、Palm(私は Visor だけど)上で出会ったからだった。

 POBox は、Palm 互換 OS 上での動作が有名な(UNIX 版もある)、特にペン入力での支援を目的としたアプリケーションなのだけれど、この支援の仕方というのが、検索と予測が上手い具合に融合されていて、PDA での文章入力という繁雑な作業を軽減してくれる。

 例えば、「い」という文字列を入れると、「い」で始まる単語のうち出現頻度の高いものが例えば「い」「以下」「良い」「インターフェース」といった形で表示される。これは、ある程度日本語の文脈(前に入れた文字)と履歴の考慮はあるんだけど、ある意味凄く馬鹿正直な選択候補を出してくる。つまり、高機能自然言語解釈 AI による最適化とかとはちょっと違う作りになっている(辞書をチューニングして、あるユーザモデルに特化すればもっと違う風に見えるだろうけれど)。

 もしかしたら、POBox の単純さにがっくりする人もいるかもしれないけど、私はこのある意味馬鹿正直で選択権はユーザ側に任せたサポートの仕方が、とても気に入っていて、「記憶」「検索」には優れて「判断」があまり得意ではない(というか、あまり簡易で適切なアルゴリズム/実装が進んでいない)コンピュータの世界では、「判断」を実体化(プログラム化)する時間をかけるより、最後の部分は人間にまかせればいいんじゃん、という選択肢は常にあると思うし、そう間違った判断ではないと思う。

 もちろん、研究の場合は別だし、そこまでいわずとも、全面的にこの単純戦略が有効かといえばそういうことでもない。目的(フレーム)が明確に絞れれば、定型とその穴埋め的なもので文章を作るテグレットの 「直子の代筆」 的なものがある。あるいはこれはあるのかどうか知らないけど、POBox 的に文章を逐次的に生成していく上での支援をもう少し範囲を広げて、より複数の品詞単位を扱うというのは、有効な方法だと思う。特に、携帯電話/PDA などのように制限された環境や、障害者や老人への支援という意味などで。
 まぁ、状況での制限が強いプログラム言語の世界では、フレームワークだとかスケルトンがあったり、VB や Developer Studio なんかのエディタで文脈に応じた入力候補がリスト化される、といったものが既に実現しているけど。

 また、その POBox の作りとして、検索や、リストの動的な絞り込みや、それらの総合としてアプリケーションが人間を支援する部分の単純さが、Mutter Launcher を作るにあたって考えたことと、とても繋がりがあると思った(あくまで、アイディアとしての繋がり。Mutter Launcher が実装として繋がっているということじゃないですよ、さすがに)。

 実際に増井さんの Web サイトで「予測/例示インタフェース」に関する文献を読んでみると、増井さんが単純な仕組みでユーザの支援効果を出すという点に重きを置いてその分野にアプローチをしていて、実際に実装もいくつか行なっている(POBox もその一つ)のを読んで、やはり POBox から感じたことは間違いじゃなかったことが確認できた。さらに、「ユーザへの適応」(簡単にいえば、ユーザをより個別化してアプリケーションの側で最適化していくような仕組み)という流れの試行錯誤を、より深い背景を含めて知ることが出来た。

 その「確認できた」という論文については、 彼のサイトで公開されている論文「適応/予測型テキスト編集システム」や「予測/例示インタフェースシステムの研究」を参照。
 また、こういったインタフェースに関する詳しい考察を知りたい人は、 増井さんの Web サイトで、「予測/例示インタフェース」に関する文章を参照のこと。

 Mutter Launcher も、思った以上に自分を支援してくれてとても重宝している。支援の仕方としては単純だし、とても小さい範囲でのことなんだけど、それだけでも日々の動作は変わるもんだ、というのを改めて実感した。その小さな実感を言語化する上でも、増井さんの単純さに重きを置いたアプローチの論文がとても参考になった。

 で、彼には 「富豪的プログラミング」という、こう、心意気を感じさせる、読むと元気が出る文章(?)があって、この文章からも増井さんのある種の単純さへの傾向を読みとれると共に、そうか POBox は確かに単純さとともに、富豪的な仕上がりでもあるんだな、ということも分かる。

 さらにいえば、確かにコンピュータが人を支援するという面でも、ある意味、こういうドーンと構えた富豪的な姿勢で行きたいものだと、思ったりする。これはある種の誤読かもしれないれども、あんまりこまごまとコンピュータに支援させる姿勢というのは、アプリケーションをあまりに繊細にしてしまうきらいがあるし、ある種の貧乏症でもあると思う。

 「富豪的」については、ともかく、彼の文章を参照して下さい。

 でも、そういうことを言いつつも、最後の「選択」で間違って、患者に間違った薬を投与してしまうとか、着陸先として別な空港を指定しちゃうとか、そういう可能性はあって、Undo の効かない実世界が絡むとなかなか難しいものがある、というインターフェースやユーザへの支援についての試行錯誤は続くんだけど(「単純さ」といったって、どんな単純さかによって良くも悪くもなるんだし)。

 また、こうしていろいろと考えてみると、複雑さとその回避方法のいたちごっこという気もしてきて、そもそも母集団(検索対象)の整理をした方がいろんな意味で効果的なんじゃないかという段階も出てくる。ということを考えると、PC なんかやめて PDA に移った方が・・・、いや、そもそもそういった電子ガジェットの前を離れた方がいいんじゃないか・・・

 そして、本当の富豪は、コンピューターなんてものの複雑さに悩まないんじゃないか、とか思い至る今日この頃…

 そして、その点だけでは、怠け者と富豪は似ないこともないとかなんとか…

 というところで、終りにしたい。


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