「ぬぉおぉっ! はおるかっ失礼するぞ!」
突然、玄関の方から声がしたと思うと、声の主が茶の間に滑り込んできた。
「起きておるか、っ! しっかりするのだ!」
ガクンガクンと肩を揺らすものだから、返事も容易に出来ないよ。
「な、なに、どうしたの望ちゃん」
彼はお隣に住む太公望ちゃん。高校生にしては少し身長が小さめで、顔に似合わずおじいちゃん言葉を操るわたしの幼馴染。
「その’ちゃん’付けはやめろと言っておるだろう!
いや今はそんな場合ではない、緊急事態なのだ! 落ちついて聞くのだぞ、」
「う、うん…」
急に改まって、望ちゃんは神妙に口を開いた。
「お主―――宿題はやったか?」
「…え、宿題…? うん、一応ね」
私は今カバンに入れようとしていたプリントを手に取って望ちゃん見せた。すると――
「お願いだっ! 何でも言うこと聞くからそのプリント貸してくれ! 瞬速で写す!」
と、望ちゃんは、パン! と目の前で手を合わせた。
「……、…それはいいけど…」
「恩にきるぞ!」
望ちゃんはそれこそ瞬速でカリカリと、うちの茶の間にプリントを広げて写し出した。
「…望ちゃんなら、こんなのやればすぐできるんじゃないの?」
物凄い勢いで鉛筆を動かす望ちゃんに聞いてみる。
「わしは頭が悪いからのぅ…」
手と目を集中させながらも、望ちゃんはそう言った。
「そんなことないよ、望ちゃんはやればできるじゃない。休みの間、釣りに没頭してて忘れてたんじゃないの?」
―ギク…
望ちゃんは顔を引きつらしたけど、手は相変わらず瞬速で写してるのは、流石だなぁ。
「は、春休みに宿題など出す方がおかしいのだ!」
図星だったみたい、でも本当、春休みに宿題って変わってるよね。
「…望ちゃん、今年も同じクラスになれるといいね」
「何を言っておる、小一からずっと同じではないか。ここまで来れば、供でない方がおかしいわ」
当然とばかりに望ちゃんは答える。
「そう、そうだよね…」
「そうだ、お主は毎年そう言っておるではないか」
そう言うと、望ちゃんはピッとプリントを私に向けた。写し終わったみたい。
「助かった、感謝するぞ、―――ちなみに、今何時だ?」
「え、うん、と…」
私は腕時計に目をやる。
「八時…二十分…!」
「ぬぉおぉっやっぱり! ゆくぞ! ぎりぎりで間に合う!」
学校が始まるのは八時三十分、ここから学校まで歩いて十五分――私たちは急いで学校に向った。
…キーンコーンカーンコー…ン
「みんなおはよう! 二―A担任の道徳だ! 早速出欠をとるぞ!」
ジャージ姿で勢いよく教室に入ってきた道徳先生。
一年の頃は体育の先生だったので知っている、陸上部の顧問もしているみたい。
――……
「赤雲さんっ」
「はい!」
「碧雲さんっ」
「はーい」
赤雲ちゃんと碧雲ちゃんもいっしょなんだ♪ 彼女等は双子で、お姉さんが赤雲ちゃん、妹が碧雲ちゃん、高校に入ってからできたお友達。そして…
「太公望君!」
「はぁ、はい」
「元気がないぞ! 太公望君!」
「はいぃ!」
「よし、次、さんっ」
「はいっ」
――今年も望ちゃんと一緒になれた。
「それじゃ、始業式の前に一汗流そうか! スクワット二十回、三セット!」
「せ、先生…?」
「なんならヒンズースクワットでもいいよ! これから毎朝やるからね!」
道徳先生は腕を振り上げやる気満々。
「よーしっスクワット始め! イ――チっ!」
…こうして私たち二―Aは、汗だくになって始業式に参加した。
【 第一章 : 終 】 [ NEXT ]
新学期編でした〜
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