「どわっ!!」
齋藤さんから逃げてしまった橋の下に戻ると、もう誰もいなくて、急いで屯所に戻ろうとしたら、つまづいて転んでしまった。
(齋藤…怒ってるだろうな…いやあきれているかな、途中で逃げ出すなんて…)
梅さんに元気をもらって、私は早く齋藤に自分の気持ちを伝えたくて仕方なかった。
「ごめんなさい…もう逃げ出したりしないから、見捨てないで…」
そう、小声で口に出したら、目頭が熱くなった。
まだ本人に言ってもいないのに泣きそうになってしまうとは、なんて私は弱いのだろう…。
そして声がしたのは、本当に泣き出しそうになったときだった。
「…わかったから、どいてくれ」
「え…!!!???」
声がしたほう、足元の方に顔を向けると、なんとそこには、
「さ…斉藤さん!?!?Σ(◎■◎)」
その人がいた。…どうやら私は寝転んでいた齋藤さんにつまづいたようだった…。
「す、す、す、す…すいません!!!!!!」
私は慌てておきあがり、彼の横に正座した。
「だ…だいじょうぶですか……あっ血が!?」
彼の顔をみると、頬に血がついていた。慌てて手拭いを出して拭こうとすると、ぱっと手で阻止された。
「いい。俺の血ではない」
「……え?」
すると彼はばつが悪そうに視線をそらした。
彼の血ではない、ということは…
私ははっとして周りを見ると、そこには踏み潰された草と血痕が残っていた。
「まさか…」
「ザコだ、問題ない」
「でもっじゃあどうしてこんなとこで寝ていたんです!?どこかやられたんですか!?」
「どうもしていない…落ちつけ」
「で、でも、じゃあなんで」
「…お前を待っていた。たぶん戻ってくると思った、踏まれるとは思っていなかったが」
その言葉を聞いた瞬間、顔が熱くなった。
つまづいたことはもちろん、まさか待っていたなんて言葉を聞くとは思ってもいなかった。
「ごめんなさい!!」
「わかったと言っただろう、もういい」
「そ、そうじゃなくて、その、ついヤケになって逃げだしたこと――」
「、お前は援助を呼びに言って戻ってきた、ただそれだけだ」
「援助なんて、私は本当に――」
「戻ってきたのは、もっと他に言うべきことがあってじゃないのか」
「斉藤さん…」
彼の顔が、なんとなく優しくなった気がした。
「そ、そうです。私はもう…逃げません、何からも。
また背を背けてしまいそうになるかもしれない…けれど、そんな自分と戦いたい。
齋藤さんからも…逃げません、必ず傍にいます」
「………。」
「…す、すいません、めちゃくちゃですよね」
「…いや」
そう否定した齋藤さんの口元が、少し笑ったような気がすると、ふいに視界が暗くなり、何かが頬にふれた。
ペロ。
(…ペロ?)
ほんの少しズキリとした感触を残して、彼の顔がゆっくり離れていくのが見えた。
「…!?」
「顔に傷を残しては余計貰い手がいなくなるぞ」
立ち上がりながら、彼はそう言った。
「…余計って…いうか、今のって…(ほっぺにチュウ!?!?)」
「帰るぞ」
「なっなっ…なにするんですか!!」
「わめくな。逃げないかどうか調べるついでに傷をなめただけだ」
「逃げないかって…あんないきなりで逃げるもなにも…っ」
「…ま、そうだな」
「そ、そうだなって!!」
「はやくこい、これ以上騒ぎを起こすな」
「〜〜〜〜〜!!!!」
暮れゆく町並みへ歩いていく彼を、私は追うしかできなかった。
屯所に帰り、落ちついて思い返してみれば、
梅さんについて話していたときの「目障りだな」は、潜んでいた敵に対して言った言葉だともとれ、
さらにわざわざ待っていてくれたのは、すごくありがたいことだし
頬のアレも彼なりの気遣いだったのかもしないかもしないと思うのだけど…
「しんじられないーーーー!!」
これから齋藤さんにつくことに、別の意味で心配になってしまった…。
もしかして結構手の早い人だったりして…、…。
一方、
「ほんまに、似たもん同士じゃのぉ」
”援護”の人は、そうつぶやいて橋の下から夕暮れに消えていった。
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