コサックスで十分な国力がある国同士では、どの段階で優位に立ったのかがわかりづらいことがあります。勝てると思って侵攻して返り討ちに遭い、攻めないでいてある時奇襲をかけてみれば意外ともろかったということがよくあります。今回のリプレイでは、同盟国ボヘミアがいつの間にか弱体化して敗北し、敵国オーストリアは何度攻勢をかけてもびくともしないという状況でした。ところが振り返ってみると、この戦いが天下分け目だったなあ、という戦闘があります。今回お話するボヘミアバルトの戦いは、規模といい効果といいまさしく今回のリプレイの天下分け目の戦いでした。ただの何もない山脈なのに、両軍がはっきりと争奪の意思を見せ、大きな犠牲を払ってでも奪おうとした、こんな戦いも珍しいです。本当の意味での戦略上の急所だったのかもしれません。
それでは、つづきを始めます……
神聖ローマ帝国の首都ウィーン。皇帝フェルディナント2世のもとに、皇帝軍総司令官ワレンシュタインからの使者と国土を失ったバイエルン公の二人が訪れていた。ワレンシュタインの使者はファルツ軍の精強さを報告し、さらなる増援を求めていた。バイエルン公は、一刻も早く皇帝軍によるバイエルン領の完全解放を求めていた。
「ワレンシュタインはいまだファルツに勝てる自信はないとのことだ。しばらく待たれよ、バイエルン公。」フェルディナント2世はこれで何度目かなと思いつつ、これまでと同じ発言を繰り返した。
「恐れながら陛下、皇帝軍は精強にしてワレンシュタインは古今の名将に劣らぬ優れた将。ボヘミアを追い詰めた実力を持っております。しかも増援に継ぐ増援で未曽有の大軍を有しており、これでファルツに勝てないとはいかにも解せませぬ。我がバイエルン領に居すわるファルツの賊軍は遠征軍で補給線が伸びきっており、攻撃も撤退もできない状況。これではワレンシュタインが決戦を避けているとしか思えませぬ。」バイエルン公は今日こそはと決意を秘めた眼差しで訴える。
「ワレンシュタインは負ける戦はせぬ。何か考えがあるのだろう。」皇帝はうんざりしながら答えた。
「大軍をもっておどかし、遠征軍の疲れを誘うならばともかく、ファルツ軍はバイエルンに居すわり、そのまま我がバイエルンを併合してしまうかもしれません。いや、大軍を有したワレンシュタインはファルツと勝手に講和し、その大軍をもってこのウィーンを脅かす考えかもしれませぬぞ。」
「口を慎まれよ、バイエルン公。いかに自国が大事とはいえ、帝国の将軍の名誉を貶めるものではない。」強い口調でそう言ったフェルディナントではあるが、かつては一介の傭兵隊長であったワレンシュタインに大軍をあずける危険を主張する大臣も多かった。特に、ボヘミア相手に積極的に侵攻にでたワレンシュタインが、ファルツ軍と対峙したまま動かないことに強い懸念をまことしやかに訴えるものもいた。曰く、戦勝を続けても恩賞が少ない。ファルツと連携してオーストリアへの脅威を演出し、いざというときには大軍をもって皇帝を強迫する。讒言の類ではあるが、そういう者が宮廷内にかなりの数ににのぼった。バイエルン公もどこかでその噂を聞いたのだろう。
「まさしくワレンシュタインは名将。しかし大軍を対峙させているだけならば凡将でも可能なこと。ワレンシュタインがいないボヘミアは再び盛り返しているというではありませんか。ここはバイエルン解放軍を私が指揮し、ワレンシュタインには再びボヘミア侵攻を指揮させるというのはいかがでしょうか。」皇帝の一喝にも臆した素振りもなく、バイエルン公はかえって乗り出して言った。
かつてはこのバイエルン公の治めていたバイエルンの攻略も考えていたフェルディナントは、ファルツに敗れた彼を庇護していた。バイエルン公にしても、一時はこのオーストリアに触手を延ばそうとしていたと思えなくもないふしがあった。お互いさまではあるが、建前上は同盟国であり臣下であるバイエルン公が自国に侵攻する「解放」軍を指揮してもおかしくはない。しかし、バイエルン公が言うところの「大軍をもってオーストリアを脅かす」人物が、彼であってもおかしくはないのだ。
「ありがたい申し出だが。」フェルディナントはしばらく考えてから言った。「わざわざ勇猛な公に単に敵に備えて対峙する軍をおまかせするには及ばない。」
所かわってバイエルンとオーストリア国境沿いのファルツ軍陣地。ファルツ軍総司令官マンスフェルトは、本国からの増援部隊を別編成にしていた。従来からの本隊からも一部部隊を割き、この別働隊に所属させていた。マンスフェルトには秘策があった。大軍をもってオーストリアと直接対決することをさけ、バイエルンを完全征服することである。そのために必要なのは、防御の拠点である。最初のバイエルン征服時には拠点構築が甘かったため簡単に奪回されてしまった。今回は大軍を率いてバイエルンを再征服したものの、オーストリアに大軍を準備されてしまったため、完全征服にはほど遠い均衡状態に陥っている。たとえバイエルン領を復興させ補給拠点を築いたとしても、いつオーストリアに攻め込まれるかわからない。これを避けるには、バイエルンに攻め込まれないための防御の拠点が必要なのである。場所は、もう決めていた。ボヘミアバルト山脈の南端。現在の陣地から北東に位置する。
後はその拠点を奪う司令官を見つけることだけである。そのための別働隊は現在編成中である。
「胸甲騎兵隊を再編成いたしました。」若い騎兵指揮官が報告に来た。以前本国ファルツから増援部隊を率いていた少佐である。意外な早さであった。
「ご苦労。」マンスフェルトはその指揮官がもたらした書簡が今回の拠点確立作戦をもたらしたのであったな、と思い出しながら尋ねた。確か、オットー少佐というはずだ。
「少佐、拠点を確保することと、2倍の敵に突撃することと、どちらが困難だと思う。」
「拠点を確保することです。司令官殿。我が騎兵隊は2倍の敵も恐れません。」
マンスフェルトはオットー少佐を別働胸甲騎兵隊の指揮官に任じた。主力となる擲弾兵部隊と別働隊全軍の指揮官は、傭兵隊時代からの副官であるクラウスに任せることにした。
いよいよ別働隊がボヘミアバルトに進出しようとする日、オーストリア軍にも動きがあった。その動きは予想外に早かった。ほぼ全軍が、ボヘミアバルトに向かう動きをを見せていた。
「クラウス、急げ、予定通りボヘミアバルト上で留まってその地を確保せよ!」マンスフェルトは慌てて命令した。ワレンシュタインはこちらの意図を読んだようだ。ボヘミアバルトを征するものがバイエルンを征する。今までどんな挑発をしても動かなかったオーストリア軍が、別働隊の進軍に直ちに呼応して、それ以上の速度で進軍している。
クラウスの擲弾兵隊が進軍する。その脇を全速力で駆けていくのはオットー率いる胸甲騎兵隊である。 この前日、マンスフェルトははじめてオットーに今回の作戦の説明をした。
「ボヘミアバルトを抑えることは、バイエルンに対する東からの脅威を事前に抑えるとともに、そこを拠点にオーストリアや、オーストリア軍のボヘミア侵攻隊を脅かすこともできる。大砲と擲弾兵隊を配置すれば、要塞化してほとんどの攻撃を撃退することができる。そこで貴官はボヘミアバルトに進出し、もし攻め上る敵軍が現れたら東進して撃退せよ。しかしそのまま東に攻め下ってはならぬ。ボヘミアバルトを確保するだけでよい。追撃するよりもボヘミアバルトを死守することが大事と心得よ。」
胸甲騎兵隊はその突進力で敵を蹴散らすため、一度前進すると退却することを知らない。敵が全滅するか、味方が全滅するかのいずれかである。この部隊を統率するにはかなりの手腕を必要とする。統率できなければ、手負いの猪同様ひたすら前へ前へ突貫するしかない。これまでの別働隊の指揮振りにより、オットーの指揮官としての才能はあるとマンスフェルトは確信している。しかし…
「オーストリア軍は全軍がボヘミアバルトの別働隊に向かっています!」伝令が報告に来た。さすがはワレンシュタイン。やはり攻守の要の地を見切っていたか…
「胸甲騎兵隊、擲弾兵隊、ボヘミアバルトに進軍!」マンスフェルトは本隊の擲弾兵隊の全部と、胸甲騎兵隊の半数に出撃命令を発した。
後刻。オットー率いる胸甲騎兵隊とオーストリア軍の重騎兵隊がボヘミアバルト上で激突した。オットー隊は連隊(90人)、オーストリア軍は部隊(40人)規模であったが、傾斜のある東側斜面から攻め上るオーストリア軍に対して、緩い斜面の西側から攻め上るオットー隊の方が早く全軍が到着した。しかしここまでの距離が長かったはずのオーストリア軍がほぼ同時刻に到着するとはオットーにとっても予想外であった。敵部隊の半分以上がまだ斜面を登っているのを確認したオットーは、疲れを見せず突撃を命じた。
激突する騎兵隊。数では有利なファルツ軍ではあるが、狭い山頂や山道での戦いで必ずしも敵に対して集中攻撃を仕掛けることができず、量の優位を活かせぬまま切り結ぶ。そのうち山腹に到着していた敵の擲弾兵から銃撃を受け始めた。それどころか、オーストリア軍は大砲を撃ってきた。敵味方かまわずふっとぶが、到着していた数の多いファルツ軍の損害が大きい。
「かかれ!かかれぇ!」オットーは声を枯らして督戦する。このままでは押し戻される!
そこへようやくクラウス率いる擲弾兵隊が突撃してきた。クラウスは遠距離から射撃を命じず、そのまま山頂まで進軍させ、オットー隊の間を縫ってオーストリア軍に銃剣による白兵戦突撃を命じた。
「若造、待たせたな。」日に焼けた精悍な顔をしたマンスフェルトの副官クラウスはオットーに向かってにやりと笑うと、山頂上の敵を瞬く間に押し戻した。
「擲弾兵隊、狙撃準備!」クラウスは山頂上にすばやく擲弾兵を配置すると、駆け上る敵兵を狙撃し始めた。オーストリア軍も応射するが、山頂からの射撃の方が効果が高い。見る間にオーストリア軍兵が倒れていく。
「はやるな、若造。狙撃の邪魔だから後は俺たちに任せて胸甲騎兵を再編成しとけ。」クラウスはオットーに命じた。オットーの部隊は、数騎が残るのみであったが、なおも敵を求めて突撃しようとしていた。オットーは集合ラッパを吹かせたが、やはり1割しか生き残っていなかった。
地上のマンスフェルトは、当初オーストリア軍がこちらに向かうかもしれないと待機していた。しかしワレンシュタインはほとんどの軍をボヘミアバルトに向けた。結果としてファルツはほぼ全軍、オーストリアも3分の2以上がボヘミアバルトに向かっていた。夕刻、ようやくワレンシュタインは退却を命じたようで、大砲隊と護衛隊がオーストリア方面に向けて退却していった。追撃を行うかどうかはボヘミアバルトの状況によるが…
「我が軍はボヘミアバルトを確保しました!」伝令が待ちに待った報告を携えてきた。ファルツ軍は胸甲騎兵2個連隊(180人)と擲弾兵旅団(120人)を投入し、胸甲騎兵1個連隊のほぼ全滅、もう1個連隊の3分の1が失われ、擲弾兵の半数が戦死した。オットー隊は最後まで戦い続けて最も損害が多かった。オーストリア軍は規模不明ながら、重騎兵と胸甲騎兵の1個連隊づつを全滅させ、擲弾兵連隊(72人)と槍歩兵2個部隊(72人)をほぼ全滅させたという。敵に倍の損害を与えているが、ファルツも擲弾兵の死傷が多く、ボヘミアバルトの守備に廻す分や、国境守備に割く分を残った胸甲騎兵2個連隊も加えてまかなわねばならず、結局マンスフェルトは追撃はできないと判断した。
退却していくワレンシュタイン軍にはいまだ胸甲騎兵1個連隊、歩兵2個部隊、そして何よりも、各5門以上のカノン砲と榴弾砲があった。こちらはようやくカノン砲2門、榴弾砲1門、複銃身カノン砲1門が手元にあるしかない。下手に打ちかかると返り討ちに遭いそうだ。これからは敵の大砲をなんとかせねばならないなと思いつつも、ようやく確保できたボヘミアバルトに視察に向かうことにした。
後世、この戦争の転機となったと言われるボヘミアバルトの戦いはこうして終了した。両軍の兵士の遺体から流れる血で、山腹が赤く染まり、死の山の戦いとも、赤山の戦いとも言われることになったこの戦いで、ファルツはバイエルンを完全確保することができ、オーストリア進撃に向けての橋頭堡を築くことができたのだった。
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