いやあ、涼しかった夏もようやく暑くなるころ、早くも夏休みが終わりですねえ〜夏休みって学生さん達がいなくて電車がすいてるので実はよかったんですけどね(^^;
さて今週は前フリはこの辺にして(^^;実は三國志製作上の困ったことを解決するこのページ(^^;今週も困ったさんの刺史についてと、さらに君主と太守の関係までもみます(T-T)いや〜なんとなく製作企画中、どうもやっぱしおかしなルールかも?だと、今のうちどうしてこうするのか、もしくはこうした方がよいって説明できないと、後々作っていてもなんじゃこりゃ〜?!ってことになりますんで(^^;
先週以来もめている刺史と、さらに今週は太守までもめます。何がもめるって、君主との関係です。しかしよくよく考えれば、これぞ三國志の時代を表してるのかも(^^;
というのが、本来刺史にせよ、太守にせよ、後漢朝の制度上、皇帝の直臣です。後漢は皇帝が直接太守や刺史を通じて統治している、中央集権的政府でした。ところが皇帝と朝廷の権威権力が十常侍&董卓の乱以後激減してしまいます。皇帝の手足であった太守や刺史は、突然董卓経由のわけのわからん命令を押しつけられたり、そもそも命令がこなくなったりなど、混乱していきます。
皇帝の直臣たる太守達は、本来横のつながりも縦の刺史とのつながりも薄かったんですが、混乱のさなか地方に散った実力者達のもとに集ったり、集わされたり、実力者にたたきつぶされたり、いつの間にか皇帝の直臣ではなく、実力者の臣に近い扱われ方をします。群雄割拠ですね〜あくまでも皇帝の臣として、孫策なんぞに降ろうとしなければ、王朗や華歆のようにつぶされます。本来太守の監察的役割の刺史である陶謙や劉表や劉璋を押し立てて、州内の混乱を避けることもします。
実力者たちも、まずは一太守としてでなく、刺史として、州内の治安回復を名目に自分に従わない太守を血祭りにあげるなり、従わせるなりしてきました。袁紹や曹操、劉表劉焉、それに劉備がそうですね。刺史でない場合は、〜将軍という風な肩書をもらうなり名乗るなりして、従わない相手を賊徒に仕立て上げてやっぱり血祭りにあげましたね。こちらは袁術や公孫瓚、孫策などです。朝廷の権威権限が地に落ち、もしくは曹操「なんぞ」の命に従う位なら、わしが天下に号令し…と思う、すでにこの発想がある以上、乱世ですな〜(^^;
ところで問題は、当初刺史なり君主から出発した実力者達は、かつては太守として郡内の地道な内政を行っていたんでしょうが、勢力が広がるにつれ、ある郡=本拠地の内政を自ら執り行ったわけではないはずということです。そういう細かい話は配下に任せていたことでしょう。人間偉くなるにつれ、細かいことは部下にやらせる…だから諸葛亮は仕事中毒…いや、魏と蜀の国力差を埋めるためにはとにかくなんでも自分でやらないといけなかったんでしょう(^^;
さて、これをゲームで表現するとなると、まず1や2郡を有するにすぎない小勢力の段階では、実力者自ら太守として郡内の内政を行い、数州にまたがる大勢力になると、各軍団をどこに攻め込ませるか、どこを拠点にするか、誰を刺史太守として赴任させるかということに力を注ぐべきであって、本拠地などの内政を行う「余裕」はないはずです(^^;
ところが、コンピュータに委任して自国領土を開発するなんて、まどろっこしいというか、思い通りいかない、無駄が多いと思う人はいるものです。ほかならぬ私ですが(^^;そういうプレイヤーは、委任命令があっても直轄のままにして、ひたすら各郡ごとにコマンドを入力したおします。もちろんゲームだからこそ全直轄なんてできるのであって、通信設備も発達していない当時では、何かあっても何日もかけて命令をもらいにいき、何日もかけて命令をもってくる…おおよそ無理ですねえ(^^;後漢の朝廷も、何もなければ太守に任せたままであり、そうして任せたままだと何をしているのかわからないからこそ、監察役の刺史を送り込んでるんですから…
もちろん、お膝元の地は直接思い通りにしたいと思うこともあるでしょう。お膝元でなくとも、色々したいこともあるでしょう。しかし、それを自ら太守として行うのと、君主として太守に命じるのは異なるはずです。
そこでふと疑問に思うのが、太守としてのコマンドと、実力者=君主としてのコマンド、どこまで違いがあり、どこまで実行されるのかということです。太守といえども直接内政コマンドを実行するわけでないとすると、その成否は、郡の下級官僚次第です。郡の下級官僚は太守なりが任命したり、今までどおり使っている者だとすると、その良否は太守の掌握能力ややる気に左右されそうです。しかしながら、命令の出所は別段太守であっても君主であっても変わりありません。結果が太守の能力次第ということになります。こう考えると、別段君主としてのコマンドを別に用意する必要はなさそうです。
これに対し、細かい内政系命令などは、実状をよく見知った太守しか行えないとすると、君主は自らの所在地程度にしか細かい命令は出せず、遠隔地の太守には内政重視とか、治安重視といった君主としての太守への指示コマンドしか出せないということになります。しかしそうすると、自分の支配地なのに思い通り動かせないというジレンマが起こりそうですね。無能な太守なら交代させればいいんでしょうが、コンピュータの思考ルーチンによっては誰であっても全然ダメ、ということになるかもしれません。しかも大規模な内政や防衛力の向上など、1郡の経済力で行えないものについて、せっかく大勢力で資金がふんだんにあるのになかなか行えないということになります。
ううむ、やはり君主も太守として行える程度のコマンドについては、直接命じられるようにすべきでしょうね。それも、直接命じるのではなく、太守を経由してですね。さらに太守の存在意義としては、下級役人がちゃんと仕事をするかどうかというところでしょう。太守としておりさえすれば、いい太守なら勝手に国力が上がり、悪い太守なら勝手に国力が下がる(^^;こういう点は太守としてのプレイヤーですら左右できないプレイヤーが選んだ人物そのものの性質によるものであって、コマンドによるものではないですね。これに対し、内政系コマンドは、市場建設や治水工事など、郡としての内政力向上のための大規模な内容のものにしましょう。もちろん毎月実行させるためだけのコマンドとしての内政向上、みたいなものは作りません(--;
大規模内政コマンドについても、本来各郡から君主のもとに集まる収入から差し引いて、たまれば各郡で実行、という風にすればいいんですけども、太守がいい加減な内政を行っているのか、勝手にピンハネしているのか、治水工事のために積み立てているのか、プレイヤーたる君主はわかりずらい点があります。君主の行えることを増やすために、収入はいったんすべて君主のもとに集め、大規模内政などは君主が内政で行うか、太守から陳情させるかしましょうか(^^;なんだか我が邦の地方と政府の関係みたいですね(^^;A
しかしそれはそれで、君主がいちいち内政を行っていることに近いようになりますね。邪魔臭いから勝手にやってくれい、という人もいそうです(^^;さてどうしましょうか…?
想定されるそもそもの後漢財政については、太守が収税を行い、基本的に全額朝廷のもとに送ります。朝廷からは、給料や必要経費について改めて送られてくるのでしょう。この間不正が多かったというか、当然不正があったといわれている以上、全額朝廷に送らなかったんでしょう。少なめに送ると責任を問われるでしょうから、多めに取り立て、毎年定額朝廷に送る。差額はないない、される(--;)必要経費については、もしかすると当初から差し引いていたか、人民を使役していたのかもしれません。
この財政システムがそのままスライドされるでしょうから、やはり大規模内政については、建議の形で地方から中央に送られ、実行ということになれば費用を差し引いて良いとか、君主の資金から送られたりするのがいいでしょう。太守から建議を待つのも良いし、自ら命じて行うもよし…内政なぞにかまけておらず、とにかく統一優先で軍事力に金をつぎ込み、攻め込むもよし…
という感じで、君主は太守としてのコマンドを全部できるものの、太守に任せておけばそれなりに行動してくれるし、何か言ってくる、それもまだるっこしくて何かしたければ直接命じれる、というのでどうでしょう(^^;
こういう風に、内政についてはこれまで色々考えていたんですけども、当初はほとんど内政コマンドはつくらなくてもよいのではないか?と考えていました。ところがやっぱりプログラムを書いていて、はて、いったい何をすればいいんだろう?って思うんですよね(^^;スタート直後からあれもこれも!ってしないといけないのも邪魔臭いですが、あんまし何もないのもそれはそれで心配になります(^^;配下から何か言ってくる形とか、言わせるというのがいい感じなんですけどねえ〜どうなんでしょ?またちょっとできるかどうか作ってみます(^^;
|index|
このページへのリンクはフリーです。