kr_ryo 徒然日誌 <2005年6月5日分>

三國志製作記101〜個性はどこで出る?〜

101匹のわんこならぬ101回のプロポーズならぬ101回の三國志製作記、いやあよく続きました(^-^)って、あんまり誉められたことでもない(~_~;)前回書きはじまったように、気持ちはどうもSWG2に向かいつつあり、また、前回お話したように、何が三國志製作を難しくしているかというと、武将の個性がうまいこと表現できないというところに問題がある、と。

もうさっそく本題ですけど(^^;強すぎる個性のある連中といいつつ、個性が物語で出た連中は、登場人物の量のわりにはそれ程多くないのです。張飛は酒飲んで暴れ、関羽は頼れるナイスガイ、劉備は人徳のある人物…というような紋切り型アプローチでわかったような気になっていますけど、それだって多少のエピソードでそう印象がついただけ、長い物語の中で、普段何をしていたのかということは、実はほとんど出てこない人物ばかりなのです。忙しく忙しくしていたとされる諸葛亮だって、北伐の準備をほとんど一人でしていた、というエピソードが司馬懿向けに語られてわかるだけであって、前半生、劉備と一緒にいた時分に何をやっていたのかというと、よくわからない。その時分の関羽張飛だって、実際に何をやっていたのかはなんだかよくわからない。劉備についていって臥龍崗にいったくらいしかわかりません。

そう、実は具体的に普段何をしていたか、ということはわからないんですよね。どういう人物なのかは特徴的なエピソードがあってはじめてわかる、と。普段は、というと、たいていわからない。だからこそどんなゲームでも成り立つんだろうなあ、というくらいわからない。かといって特徴的なエピソードは、今度はゲームの方では、無理やりイベントでも起こさない限り表れない。イベントを見るためにゲームをやっているわけではないものの、少なくとも単なるコマではなく、個性ある存在として武将を見ていきたいのはもちろんです。

しかし…あるイベントが終わったら他の陣営についてのお話が始まるような物語と違って、ゲームではずっと同じ陣営です。劉備がようやく曹操軍を追い返したと思ったら、呂布がいろいろ画策している、というような話にはいきません。劉備陣営の話、曹操陣営の話、そして呂布陣営の話と物語は進んでいきますが、ゲームではずーっと劉備陣営であったり呂布陣営であるのです。曹操があわてふためく様を見ることはできません。けれども自分が呂布で、曹操に一泡ふかせた!と思う会心の一撃を行うことはできます。奇襲が効くかどうかどきどきしながら、えいや!とかませて、うまくいったときの快感!(^O^)

普段は何をしているかわからない、といいつつ、こういう自作イベント(^^;のためにこつこつ兵を鍛え、部隊を移動し、武将を選んでいるんでしょう。各陣営がどうなっているのかはわからないながら、まさにその人物となって物語を紡ぎだす、それがゲームの醍醐味であって、各陣営の確定したイベントを見ることができる、というのではちっともおもしろくないのです。そんなできレースなら、わざわざゲームでやるまでもない、物語を読み返している方が余程おもしろいというもの(~_~;)

まともなゲームだったら、あの時の戦いが天下の帰趨を分けたな…というような戦も経験することもできるでしょう。その戦いに勝てば実は終わり、というような戦いもあるわけです。そこに至る過程で、むは、負けるかも…!と、どきどきしながら戦力をかき集め、実戦で僅差の逆転勝利、とかなると印象に残るでしょう(^O^)最近のゲームでは無理やり天下分け目に持っていかせるゲームも有るようですが、それはちょっといただけないような…(~_~;)

話を元に戻すと、物語ではエピソードばかりで普段の事柄は語られない、ゲームでは普段のことばかりでエピソードがほとんどなかったりする、というところが、大きく異なります。つまり、ゲームでのほとんどのコマンドは、物語には出てこないような内容なのです。何がどうなっているのかわからないのも当然といえば当然…かといって、物語ばりにエピソードを入れるにしても、じゃあほとんどエピソードのない地方群雄はどうなるんだ、とか、エピソードがない時期はどないするんだ、とか、やっぱりうまくいきません。

ところで、シミュレーションゲームからRPGが派生した、というのは歴史的なお話で、RPGは役割を演じる遊び、だとするとシミュレーションゲームもその作戦や戦争の指揮官の役割を演じる遊び、といってもおかしくはありません。ある戦争や作戦という状況をシミュレートして、指揮官となって同じ状況で指揮を取ってみる、という遊びなのです。劉備が関羽や張飛だけでどこまで勢力を伸ばせられるか、やっぱり落ちぶれて、諸葛亮を得たら、今度はどこまでうまく勢力拡大を図れるか、というようなことを楽しむのがゲームなんでしょう。いくら関羽が神様だからといって、諸葛亮並に内政をすることはやっぱりできなかった、むしろ並の文官以下程度、たいしてできなかったとしないと、そういう状況はシミュレートされえません。関羽だけでなく、劉備が早期からどんどん人を集めて大勢力にでもなっていれば、諸葛亮なんていらないわけで、そういう状況になるならゲームとして何かシミュレートが間違っていると考えられないといけない。劉備軍は戦闘ではとりあえず勝っちゃうこともあるけど、戦争自体には勝てない、という集団でなければなりません。だからこそ流浪し、だからこそ戦略家兼人材紹介業の諸葛亮を得て雄飛できたというものなのです。

と、いうような状況に将来はなりはしつつも、それまではひたすらがんばっていないとあっと言う間につぶされてしまうというのが劉備の普段に課される出来事のはずです。関羽や張飛がいるからと調子にのって攻めてばかりだと袋叩きに会うのが劉備軍なのです。決して単独で戦争してはいけません。逆に孫策はそうしていても勝ち続けていましたね。だからこそ劉備より勢力が早く拡大していたのでしょうね。むしろ劉備は、曹操や袁術や呂布といった1流軍閥と戦わず、弱いものいじめ、弱小軍閥をつぶして勢力を拡大すべきといえばすべきだったのです。ただ、そうすると、曹操と孫策の狭間でつぶされていた可能性は高かったでしょうが…(^^;

そんな、どう攻めればどうなる、どことどこがくっついてここを攻める、というような戦略面、内政に基づく実力面もさることながら、戦略面を考えていくのもゲームの醍醐味です。劉備のように1流軍閥とばかり戦うもよし、孫策のように弱小を倒し戦力を蓄えるもよし…ん?普通の楽しみ方じゃあないですか(^^;;これまでの問題は実力=内政をどうするか、ということであったものの、今回のお題は武将の個性ということでした。しかし武将の個性といいつつ、結局は曹操や孫策、劉備達英雄の行動によって大方決まってしまうのです。英雄の行動に付随して、その指示に全力を尽くす男達、それが見られることこそゲームでの武将の個性でしょう。武将に下知を与え、それぞれの能力個性に応じ行動していく、それによって自らの戦略がうまくいくこともあり失敗することもある。それが武将たち個性です。勝手に行動するから個性的なのではありません。まあ、そういう呂布や孟達みたいな奴もいますが、大部分はいかにきちんとやってくれるか、それが個性となるのです。

戦略……やっぱり戦略を決めるのが英雄の仕事です。いかに軍師がいようとも、どうするのかを最後に決めるのが英雄であり、英雄の素質というものです。その意味では、劉璋は英雄たりえないでしょうな(~_~;)今NHKで大河ドラマの義経をやっていますが、平家の跡継ぎ宗盛が立派に優柔不断君主をやっています。指示ややっていることが裏目裏目になっていますが、英雄の素質がなければ危機に挑んでそうなるでしょう。劉璋がいい例です。こう考えていくと、英雄が行動を起こせばそれは常に意味がある、というのは間違いで、意味のない行動、むしろ裏目に出る行動も多いはずで、いや、多くの英雄たりえない君主の行動は結局失敗ばかりです。それは現在でも、お役人の仕事様にも表れていたりするわけで(--;)行動すれば効果がある、というのは実際はおかしい、と見る方が正確でしょう。SWGの内政のように失敗してお金を失う、というだけではなく、かえって悪くなる、ということも現実には多いはずです。ところがゲームでは、英雄たるユーザー様の行動は常に意味があり効果があります。だからこそ何かし続けなければならないわけで、早さだけが問題になり、だからこそ速く早くできる優秀な人材を求めることになる、と。

しかし、そんなに正しいことばかりできるのでしょうか?劉備が行った行動は軍閥としては勢力拡大につながらず失敗ばかりでしたが、野心家とはみなされなかったため、劉表劉璋の信頼を得られたわけです。呂布は野心家とみなされたがゆえにどこにも容れられず、けれどもそれで自立ができたわけです。何が成功で何が失敗かというのは、戦略で決められることでしょう。しかし、その戦略自体が間違っていたら?つまり、君主は開墾だとか訓練だとか、必ず成功するような細かいことを命じる必要はないのです。こういうことは武将たちは放っておいてもしなければなりませんが、さぼってしない連中に対して君主はどうするか、ということは戦略上問題になります。ただ、こういう問題をゲーム上はどうやって知るか、ということも問題でしょうし、知ったとして、で、どうするか、ということも問題ですね。レギュラーなことはコマンドで命じない、イレギュラーなことだけ命じる、というゲームになりましょうか。そもそもさぼるような奴を命じることが間違っていたのであり、もしくは文官に訓練させるように畑違いということもありましょう。張飛に内政させたら、少しだけでも上がるじゃあないか、ということではなく、かえって無茶苦茶になって大問題になる、というのが正しい感じでしょう(^^;;それをどうもゲームでは、何かさせることは常に成功してしまうから、個性は数値の大小でしかない、ということになるんですね。

以前失敗する内政、ということでお話したのと似てきましたが、やっぱり戦争だとか諜報だとかだけでたまに失敗する、大失敗する、というのではなく、常に小失敗もある、だからこその任される者の個性、というような気がしてきました(^-^)ということは、コマンドは、常に成功するというような内容ではなく、失敗するような内容であり、また、常に成功するはずなのにうまくいかないときにどうするか、というような重要なことになるべきなんでしょうね。

それがどんな内容になるべきかは…次回まわしにしたくなるような長さになってきましたが(^^ゞここは延長、もう少し考えてみましょう(@_@)いちいち訓練だとか治安だとかを毎月毎ターン命じるのはやはりおかしい気がします。毎月やることが異なるわけではなく、何かをさせるなら、やめさせたり他に変えるまでは同じことをずっとし続ける、というのが普通の仕事の任せ方でしょう。外交使者など終わりのある仕事なら別です。しかしそれだって、もともと外務外交を命じていれば、お使いが終わっても、元の仕事の延長として相手とやり取りはそれなりに続くでしょう。訓練だって、軍団形成を命じられていて、兵を集め、訓練し、武具兵糧を集め、という一連の流れの中でやっていることでしょう。内政だって、治安や訴訟裁判や戸籍登録など様々なことをしている、ということです。1回限りという仕事は、ある役割の者について、その役割の者が通常するタイプのものであって、かつ、終わりのある、という仕事のはずです。それ以外は役割に応じて勝手にいろいろしていなきゃあなりません。君主がいちいちあれこれ指図しなきゃならないなら、武将なんていりません(^^ゞ武将自体が単独で何かするわけでもなく、中間官吏軍吏がいるはずなのです。そやつらに邪魔臭いながら君主が直接命じるようなもんです。あ、諸葛亮がまさにそんな感じだったんでしょう(^^;;

そうやっていくうちに、働きが悪い奴をどうするかとか、もっと今までと違う、失敗もありえる戦略的行動など……やっぱりそこをよく考えなくちゃあなりません。む、むむむ、難しくなってきました。やっぱり次回まわしですねえ〜(@_@)

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