ドッコイショ王国王城、モッサカ城謁見の間−
一人の旅人が国王に謁見していた。
「よくぞ参られた、勇敢なる金目当ての命知らず!」
国王ヌワンデスの最初の発言だった。
「は?!」
「あなた、そんな身もフタもない言い方は・・・」
「・・・それもそうだな、では、
遠方よりよくぞ参った、余に利用されんがために!」
「もっとタチが悪いですわ。・・・あら、どちらへ行かれるの?」
モサシはすでに背を向けていた。
「どこへ行く!」
国王はモサシの背中に向かって一喝した。
「・・・トイレはあっちじゃぞ」
首だけ国王の方を向けたモサシは、0.5秒でその首を戻していた。
「お待ちください、王は疲れておりますので・・・」
王妃が懇願したが、その声はどこか楽しんでいるようでもあった。
「賞金首を取ればよいだけでござろう、なぜ謁見の必要があるのです?」
宿屋で見た賞金首の張り紙には、「希望者は国王に謁見すること」と書かれているため、仕方なく来たのだった。
理由は、それだけだった。
「そうしなければ雰囲気が出ぬであろう。
物語の始まりは、いつもインパクトのある出会いからぢゃ!」
「要らぬ」
「まぁ、そういわずに、聞いてやってくださいませ。」
以下、国王のいささか意味のあるとは思えない長い話が続いた。
話は約三時間三十分続いたが、重要な単語は「モッツァレラーニャリ」「ホンダラマンダ」「取り返して来い」のみだった。
一時は間違えて「モッツァレラーニャリからホンダラマンダを取り返して来い」とまで言ったり、
それならまだいいが「ホンダラマンダから取り返してこいをモッツァレラーニャリ大盛り」などとわけのわからないことをのたまう始末だった。
モサシがようやく国王の話から解放された時には、軽く日が傾いていた。
「ありがとうございました!
またのご来城を、お待ちしております」
どこか場違いな門番の挨拶を尻目に、モサシは宿屋へと向かった。
王城から出てしばらくしたところで、モサシはふと足をとめた。
王城を囲う門を出たときからだった。誰かが、気を放っている。
それは殺気ではなかった。しかし、強い物だった。
気の主はすぐ断定できた。
通りのど真ん中に、一人の娘が立っている。彼女は一歩も動かずにモサシに熱い視線を送っているのだった。
モサシが横にそれると、娘の視線も右に曲がり、左にそれると、また視線がモサシを追った。
モサシは無意識に目を合わせないようにしていた。何故なのかはよくわからない。娘は醜くはなかったし、むしろ美しい部類に入った。身なりも良かった。ただ、視線が熱すぎたのかもしれない。
「ポッ・・・このときめきは、何?」
娘は一人で喋り始めた。
モサシは女の扱いに慣れている方ではなかった。何も言えず、追い越しもせず、どうしてよいかいいまま、とりあえず立ち尽くしていた。
「・・・何だ、おぬし?」
こう言うのが精一杯だった。
「はじめまして・・・私はエルフローネ密(ひそか)。
あなた様のお名前は?」
「モサシ。モサシ=モョモト」
「モサシ=モョモト!!
ああ、なんて素敵なお名前なんでしょう!!」
エルフローネ密と名乗った娘は、突然興奮しだした。
「モサシ・・・ああっ、モサシ!!
あなたを愛の炎で焼き尽くしたい!!
あなたを愛の嵐で吹き飛ばしたい!!
あなたを愛のジョッキで飲み干したい!!
あなたを愛のぞうきんでふき取りたい!!
嗚呼っ私の心はエルニーニョ。
崩壊した心のダムから、熱い想いが溢れ出す!!
受け止めてッ私のこの想い!!!!!!」
「そこまでだ!!!キュピーン★」
密が両手を広げ、モサシが思わず後ずさったその時だった。
上空から声がひいた。
モサシと密が声のした方を見上げると、民家の中で最も高い家の屋根の上に、マントをなびかせて夕日をバックに浮かび上がる一人の男の姿を認めた。
二人はまぶしさに目を覆った。そのまぶしさは、夕日のものだけではない。その男が目から発している光のせいだ。
「キュピーンマン、参上!
今日は君たちに素敵なプレゼントを用意してきたぜ!
キュピーン★」
男は目を激しく光らせながら、叫んだ。
「ヘイ!カマンッ!」
男は後ろを向いてオーバーに手招きした。すると街の入口から、無数の黒い影が入り込んできた。
「うわーッ!アホ・バカ・マヌケだ!略してABMだ!」
「アホ・ボケ・カス、略してABKもいるぞ!あんなにたくさんっ!」
「えっアホ・ボケ・カスってABCじゃなかったの?!・・・だまされた!」
周りで次々と悲鳴が上がった。それらは、大小二種類の、この地方に生息する「なんだかよくわからない生き物」略して「ナマ物」の一種で、いずれも体が黄色く、体の真ん中に穴があいている。小さい方はアホ・バカ・マヌケ、顔の右側が赤く、左側が青い。大きい方はアホ・ボケ・カスといい、顔のフチが紫色で中身は青い。どちらもアホ面で中空を漂う。
「ッハハハハハハハ、ホンダラマンダ様の要求を飲まないならば、毎日プレゼントを持ってきてやるぜ。うれしいかッ!キュピーン★」
キュピーンマンの笑い声が、首都モッサカブルクの上空に響き渡った。
アホ・バカ・マヌケ、アホ・ボケ・カスは進行方向にある障害物を「よける」という考えをもたない。それ故、よく木にぶつかって倒れているという。
進行方向に立ってしまった場合、よけない限りは戦いになる。それらは、モサシ達の方にも迫った。
モサシは腰に差した木刀を抜いた。真剣もあるが、使わなかった。
視界に映るのは四体、モサシは正眼に構えると、十分に引き付けてから、踏み込んだ。
最初の一体の頭を打ちふせ、体を低くかがめて次の一体に向かった。すれ違いざまに胴を払う。
どさり、という音が背後で聞こえた。アホ・ボケ・カスの頭突きが迫ってくる。
横凪ぎに受け止め、つばぜり合い(?)から右に回りこみ、後ろに引きつつ「引き面」を食らわす。
殺気、頭上に感じた。後ろに飛び退く。上から降ってきたアホ・バカ・マヌケの動きにあわせ、突く。
改めて体制を直し、正眼に構える。
自分に向けられる殺気は消えうせていた。
「おぬしらなど斬っても、刃が汚れるだけ。これで十分よ・・・」
モサシはそう言ってから、密の方を向いた。
「ここは危険だ、早く逃げろ・・・む?」
しかし、そこにはすでに密の姿はなかった。
「む・・・誰だ!キュピーン★」
屋根の上で街の混乱を眺めていたキュピーンマンの背後に、夕映えに生える人影が現れた。
「一つ、人の恋路の邪魔をする」
女性の声がした。
「二つ、ふざけたことするやから」
影はキュピーンマンに近づいていく。
「三つ、みんなまとめて焼き尽くす!
あなたは許さないッ!・・・私とモサシ様の中を邪魔するのなら、
私の手によって消えてもらうわ!!」
女性の顔が明らかになった。わずかに緑がかかった髪が風になびき、ルビーのような真紅の瞳が輝いた。彼女こそ、モサシに熱い想いを告白していた、エルフローネ密その人であった。
「消す・・・だとッ?ホンダラマンダ様より力を賜ったこの私が・・・」
「熱く煮えたぎる私の想いは、全てを焼き尽くす炎ッ!
情熱ファイヤーーーーー!!!」
エルフローネ密の体全体から灼熱の炎が巻き起こる。彼女の心の力が起こした炎は、決して彼女自身を焼くことは無い。
焼き尽くすのは、自分の恋路の邪魔をする者−
エルフローネ密の瞳が赤く光った。
炎の嵐がキュピーンマンを包み込む。キュピーンマンは一歩後ろに飛び退くと、炎を振り払った。
衣服や皮膚のところどころがこげて煙を発しているが、致命傷には至っていない。
「油断した!キュピーン★」
「まだまだ!行けぇッ、情熱ファイヤーー!!!」
再び情熱の炎が燃え上がり、キュピーンマンに襲い掛かる。
キュピーンマンは表情一つ変えず、マントで炎を払う。炎は拡散され、キュピーンマンを焼くことはなかった。
「そんなもん効かないゼ!キュピーン★」
「だけど反撃の隙は与えない!」
密は続けざまに炎を放った。今度は更に接近し、両手から炎を噴き出す。
「何度やっても同じだ!キュピーン★」
「私はあきらめないわ!
必ず私きっとあなたを虜にする!!」
「はァ!?・・・キュピーン★」
激しい攻防はしばらく続いた。余裕で攻撃を裁いていたキュピーンマンだったが、突然、その表情が凍りついた。
炎を裁くマントが燃え出していたのだった。ホンダラマンダが精魂込めて編んだという、けして燃えないと思われていたマントが・・・燃えたのだった。
密は攻撃の手を休めず、すぐさま炎を放った。キュピーンマンは反射的に、炎上しつつあるマントで炎を払おうとする。
炎が、マントを包み込んだ。
「オーマイゴッド!!ホンダラマンダ様より賜ったマントがぁぁぁーーーーーーッッ!!キュピーン★」
ホンダラマンダが編んだキュピーンマンのマントは、灰となって儚く散った。
その様子は、さながら桜が風に散るかのようだった。
密はとどめを刺そうとした。
しかし、炎を起こそうとするとひざをついて崩れ落ちてしまう。
すでに力を使い果たしていた。情熱の炎は、使用者の心をも焦がす。やがては耐え切れなくなるのだ。
「・・・愛するって・・・苦しいよね・・・
少し愛することに疲れてしまったの・・・こうして目を閉じてもう一度空けたら、あなたを忘れてしまうかもしれない・・・
それが一番いいのかもしれない。だけど、怖いの!あなたを忘れることが・・・・」
「・・・はァ?キュピーン★」
密はうわごとを言った。
「この世に悪が栄えたためしはないッ!
観念しろぉ、女ァ!!キュピーン★」
キュピーンマンは仕切りなおした。ヒーローらしくもあり、悪役らしくもあるセリフで凄む。
目から出る光が段々強くなりつつあった。
「くらえ、必殺!
キュピーン★ブラスターーーーッ!!」
目から出る光が収束し、光線となる。
光線は一直線に密を捉えた。密は祈る気持と観念した気持が混ざった心境で、目を閉じた。
光線は密の心臓を射抜く・・・はずだった。
すんでの所で密を突き飛ばしたその男がいなかったら、そうなっていただろう。
だが、そうはならなかったのだ。
目をあけると、半分沈んだ夕日に照らされた、男の姿がそこにあった。
「モサシ様っ!」
密はその瞬間、何が起こったのかわからなかった。わからなかったが、彼女の目の前にはその男がいた。
それで十分だった。
「モサシ様、血が・・・・」
モサシは木刀を右手にぶら下げるようにして持っていた。破れた左の袖から、夕日の逆光で色がわからなくなった液体が滴り落ちている。
「たかがかすり傷だ」
なんでもないその言葉で、密は天にも昇る気持ちになった。
ああ、この方は本気で私を愛している。そう確信し、しばし恍惚状態に入って転がりまわり、あやうく屋根から落っこちそうになっていた。
・・・おそらくは情熱ファイヤーの出しすぎでオーバーヒートしていたのだろう。
「真打登場!と、いうわけか。キュピーン★」
「ここまで来るのに苦労したぞ。・・・一体いくつの家の屋根の上を飛び回ったか」
モサシは苦笑いした。
「え?この家は普通に中から屋根に登れるんですのよ」
寝転がった状態から密が上目遣いで言った。
「・・・・・・・・・・・・・・そ、そうか・・・・・・・」
モサシは顔をしかめた。
密はその横顔を眺めながら、「しかめっ面のモサシ」を心行くまで堪能していた。
「では、行くぞっ!キュピーン★」
とりあえず話が終わったようなので、キュピーンマンは自分から仕掛けた。
「キュピーーーーンンブラスタァーーーーー★!!」
予想していたよりも速かった。反応して体をかわしたが、狙われたのは武器の方だった。木刀は真っ二つにされていた。
構わずに踏み込む。光線が撃たれるまでに僅かな隙が生じることを見越してのことだった。腰を低くし、愛刀の柄に手をかける。
白い光が走った。
わずかに遅れて空に吸い込まれた光があった。
さらに遅れて、血しぶきが舞った。
そして、倒れる音がひびいた。
「愛刀『菊正宗』を抜かせた奴は、久しぶりだ」
モサシは刀に付いた血を払うと、鞘に収めた。背中を伸ばし、キュピーンマンの遺骸を振り向く。
その目からは光が完全に消えていた。
「・・・・・今夜も俺は〜♪ 菊正〜宗〜」
モサシは小声で歌いながら、その場を去った。
「モサシ様ッ!!」
「はっ?!」
突然、モサシの視界に密がフェードインしてきた。それも、真紅に燃えている。
「いつの間に元気になったのだ!!」
「あなたを見たら、もう一度恋の炎が燃え上がりましたの!
やっぱり私、あなたをまだまだ忘れられそうにないっ!!」
「はァ?!」
「とにかくモサシ様!これで邪魔者はいなくなりましたわ!!
さあ、ゆっくりと、それでいて熱く愛を語り明かしましょっ!!!
夜はこれからですわ、モサシ様!嗚呼っモサシ様、いずこへ!!??」
モサシは沈み行く夕日に向かってダッシュしていた。
To be continued.....