翌日・・・
「いってらっしゃい、あなた。今日はおそくなるの?」
「ああ、だが明日は早く帰れるようにするよ。・・・何ぃ!?」
モサシは図らずも、宿屋の女将に対してついノリツッコミをしてしまった。
「モサシ様っ!」
チェックアウトを済まして外に出ると、今日もあの女はいた。
起きた時から視線を感じていたため、さして驚かなかった。しかしいつから自分のことを見ていたのだろう?
まさか・・・昨日の夜から。
「意外と、寝相がいいんですのね。寝ているときさえ微動だにしない」
「いつから拙者を見ていたのだ。まったく・・・
拙者は忙しい身。おぬしの相手は出来ぬ」
「まあ!さすがに漢字が多いんですのね!」
「そのような所で感動するな」
「モサシ様、たとえあなたがいく道が茨の道でも、密は喜んでついていきます!」
「何がおぬしをそうさせるのだ?」
「それは、モサシ様、
あなたへの情熱です!
あなたへの情熱なんです!!」
「二回も言わんでよい」
「嗚呼っ私の心はボルケーノ。
噴火する心の火山が、熱い思いを轟かせる!
受け止めて!私のこの想い!!
・・・あら、モサシ様?いずこへ〜!!」
モサシは朝日に向かってダッシュしていた。
王国首都スットコブルクから東はトロケテマイソーヤ平原と言われる肥沃な平原が広がっている。北にも広がっているが、やがて山脈にぶつかる。
南には海が広がっており、港町が建設される予定である。しかし、計画は一向に進んでいないという。
モサシは密の火照りが冷めるのを待ってから、共に平原を東へと向かっていた。
「王国首都スットコブルクにから東にはトロケテマイソーヤ平原と言われる肥沃な平原が広がっていますの。北に行くと山脈が・・・・」
「それは、さっき解説された」
密は真っ直ぐ前を向いたままのモサシに向かって一方的に喋っていた。
どうやら密は、黙っているのが我慢できないらしい。
「違いますわ、モサシ様!
私の解説には、愛がこもっておりますの。」
「ともかく、この辺りの地理はもうわかっている」
「それだけではありませんわ。
愛がこもっているだけでもなく、私の解説にはまだ続きがありますの。
この平原をずっと北東に行くと、山脈のふもとに洞窟がありますのよ。
こちらがまたいかにもあやしげな洞窟でございますの。」
「そこが怪しいと?」
「これみよがしに怪しいですわ。
いかにも悪の親玉が潜んでいそうな感じですの。
何しろ、あまりに不自然な洞窟ですから」
「不自然?」
「ええ、それはもう。
スーツを着ているのにジャージと革靴を一緒に履いてリボンを頭につけているくらい不自然なのです。」
「・・・・・よくわかった。」
朝もやも薄れてきた頃、右手に海を遠くに見ながらいくつかの木々とすれ違うと、山が近づいてきていた。
深く木々が生い茂った山は光の加減で黒く見え、まるで大きな魔物のように見えた。
その麓には、密の言ったとおり洞窟が開いていた。見た限りは別に自然な洞窟だ。
ただどう見ても自然ではない部分がある。洞窟の入口の横に、赤チョウチンがぶらさがっているのだ。
しかも書いてある文字は「筋肉」。
「不自然だーっ!」
モサシは思わず叫んでいた。
その時、洞窟の奥から怪しげな声が聞こえてきた。
「それは、獣の吼え声とも唸り声とも聞こえました。でも、どちらとも微妙に違っていましたわ・・・」
「何故後日談調に語っておるのだ!」
その声は少しずつ大きくなっていった。それが何を言っているのか聞き取れるようになるまで、そう時間はかからなかった。
♪あ〜か〜い〜 赤い〜♪
赤い仮面のV3〜♪
歌だった。
よどんだ声が不安定な音程で歌を歌っている。
まもなく声の主は闇の中から姿をあらわした。
それは、妙な形のライダースーツを身にまとい、赤い仮面をつけた人物だった。
手に酒が入っていると思しき一升瓶を持っている。
どう見ても酔っていると言う身のこなしで、モサシ達の方に歩いていった。
「赤いからって酔っ払ってるわけじゃねーぞ!!!」
それは洞窟から出てくるや否や怒鳴り散らした。
「君たち!そいつから離れなさい!」
そう言った誰かの声が聞こえるのと、それが暴れ出したのは同時だった。
赤い仮面は先ほどの千鳥足からは信じられないほどの速さでモサシに殴りかかった。
体がとっさに反応し、上体を反らす。きわどい所だった。着地と同時に菊正宗を抜く。
速い。これも含めて、全く不自然な洞窟だ。モサシは思った。
「あなたは?」
密はさっき声をかけた人物に話し掛けた。
「私はアンタガ=タドコサ大学生物学教授アタルモ=ハッケ=アタラヌモ=ハッケ。」
男は名乗った。探検服を着た初老の男だった。
「あれは一体なんですの?アンタガ=タドコサ大学様!」
密はそこまでしか覚えられなかった。
「あれは、酔っぱライダーV3!
常に酔っ払っており、誰彼構わずカラむ、きわめて危険なナマ物だ!」
「俺は酔ってなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!!!」
赤い仮面は、酔って千鳥足にもかかわらず、恐ろしく勢いのある飛び蹴りを放った。
モサシは虚を突かれた。急所ははずしたが、強烈な一撃を食らい吹っ飛ぶ。
「モサシ様ッ!・・・これ以上はやらせません!
情熱ファイヤー!!」
突き出した密の拳が炎を噴き出す。燃え盛る炎が、赤い仮面に襲い掛かった。
赤い仮面は焼かれるよりも早く炎に向き直り、大地を強く踏みしめた。
「酒が足りねぇぞぉぉぉっ!タイフーン!!!」
赤い仮面が腰に巻いているベルトから旋風が起こった。
炎が風に分散され、赤い仮面を焼くことなく近くに生えている木々に燃え移る。
赤い仮面はモサシに向き直り、モサシにも旋風を浴びせた。
「くっ・・・酒くさい!うわぁ!」
それは酒くさい嵐だった。風圧と酒くささの両方に参って、転倒してしまう。
「とどめらぁぁぁ!!」
赤い仮面が迫ってくる。
モサシは左ひざをついた状態で、迫り来る敵を見据えた。
―我が心は 氷―
モサシは両膝を突き、菊正宗を鞘に戻した。
―我が身は 刃―
右足を踏み出し、一気に抜き放つ。
光が舞い、赤い雨が降った。
我流で身に付けた居合だった。
「俺は酔ってなぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!!!!」
「何!?」
突然、背後で声がした。
振り向くと、腰から左肩まで斬られているにもかかわらず立って絶叫している赤い仮面酔っぱライダーV3の姿があった。傷口から激しく流血しているが、動いている。
「当たりが浅かったか?!」
モサシは菊正宗を構え直しながら、自分の甘さを責めた。
ふと、脱力感を感じる。
「血まで、酒くさいとは・・・」
斬ったときに体にかかった返り血だった。血が、酒くさい。
モサシは、体が火照るのを感じた。
「モサシ様!大丈夫でございますか?」
いつのまにか、密がモサシの隣にきていた。
「密!今は近寄るな・・・酒くさい血に引火する・・・」
「モサシ様、人は誰でも、熱い想いに燃え上がることがありますわ!」
「・・・・そうではない、奴の血はアルコール度数が濃いのだ」
「モサシ様、それってつまり・・・」
モサシは密の言葉に、黙ってうなづいた。
「オーケイ、ボス」
密は赤い仮面を見据えると、歩み寄っていった。
「・・・誰なんだお前は。」
「燃え上がらせてあげるわ・・・・」
密は赤い仮面の前に立ちはだかった。そのまま両者は、黙ってにらみ合う。
「ウォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!」
赤い仮面が叫び声を上げた。両者は、ほぼ同時に走った。
熱い風が、吹き抜けた。両者がすれ違う。
なぜか両方が同時に燃え上がった。二人は崩れ落ちるようにして倒れる。
「密!」
モサシが駆け寄った。
「私は大丈夫・・・ですわ」
密はモサシに抱き起こされると、微笑んで見せた。やけどのほかにも額から出血しているが、大したことはないようだ。
「あの方は、ふところにまだお酒を隠し持っていらっしゃったの。
私が炎を使うことを知っていながら、私に酒瓶の一撃を食らわせましたのよ。」
「すると、奴は、自滅覚悟で・・・」
モサシは、赤い仮面・酔っぱライダーV3の方を振り返った。
燃え盛る木が倒れてきた。
「・・・・!」
モサシは息を呑んだ。山が、思い切り燃えている。
「まあ、今の私とおんなじ」
密はモサシの腕に顔をすりよせて、燃え盛る山を眺めた。
「そんな事言ってる場合か!」
初老の男だった。
「山火事だ!ここにもやがて燃え移ってくる。急いで逃げるんだ!」
「む・・・あなたは?」
モサシは初めて男を見た。声は確かに聞いたのだが、完全に気にしていなかった。突然赤い仮面に襲われたのだから無理も無い。
「・・・ああ、『あんたが大将』様ですわ」
「違う、アンタガ=タドコサ大学生物学教授アタルモ=ハッケ=アタラヌモ=ハッケだ。
忘れていたな、私のことを!」
「登場したと思ったらあんまり活躍しないから、エキストラと思って流していましたわ」
「くっ・・・!そう言われると、否定は出来ん・・・・
何しろほとんどエキストラ扱いだからな私は・・・・!」
初老の男、アタルモ=ハッケは舌打ちした。
「それより、ここを離れた方がよいのではござらぬか?」
「うむ、そうだ。私がキャンプをしている開けた場所があるから、とりあえずそこへ」
「急ぎましょう、モサシ様!」
「・・・ああ・・・」
モサシは、燃える倒木に隠れて見えなくなった酔っぱライダーV3の方を見ていた。
「君、急いだほうがいい」
「・・・・・わかった・・・・」
キャンプ地まで来ると、教授の連れが出迎えてくれた。
モサシは未だ燃え盛る山を眺めながら、体についた酒くさい血を拭いていた。
「それにしても、どうして山火事が起こったのでしょうね?」
密が人事のように聞いた。
「お前の情熱ファイヤーが奴の酒臭いタイフーンで山の木々に引火したせいだ」
「・・・やけに詳しく覚えていますのね」
感覚を研ぎ澄ませる、戦いのさなかの記憶は鮮明だった。
「とにかく、このままではあの洞窟も調べられない。
火事が収まるまで、待ったほうがいいな・・・・」
結局モサシ達は、教授達のキャンプ地に泊めてもらうことになった。
「・・・密。」
「はい、モサシ様。」
「なぜそこにいる?」
「え?これから寝るんですれど・・・」
「・・・・自分のテントがあるだろう。」
「まあ、モサシ様ったら奥ゆかしい。
大丈夫ですわ、寝顔を眺めるだけですから。今の所は。」
「・・・帰れ!」
かくして、夜は更けていった。
そして翌日・・・
「オ〜 マイ ゴーーーーッド!!!」
朝っぱらから、謎の大声がした。
To be continued......