漆黒の闇が広がっていた。
洞窟の奥は見えない。闇は、二人を誘いこんでいるようにも見えた。
ちなみに、さっきまでいたもう一人は、すでに引っ込んでしまっている。
「照明の用意を、密」
「はいっ！モサシ様、少し待ってくださいませ」
密は自分の袋の中からランタンと一緒に棒状のものを出し、手にとるとそれをモサシにも握らせた。。
「それでは新郎新婦が、みなさまに幸せの火をおすそ分けします・・・♪」
棒状のものから火が出て、ランタンに明かりを灯す｡
・・・・モサシは吹き消していた｡
「なぜ消されるのですか！」
「そんな小恥ずかしい遊びに付き合えるか！！」
「もう、シャイなんだから」
「火は適当に付けい！行くぞ！」
「ねぇモサシ様・・・怒ってらっしゃるの？」
「・・・・・・・・」
「ねぇ・・・・」
「密、何か聞こえないか」
「え？」
♪月が〜出た出た〜月が〜出た〜♪
あんまり〜えんとつが〜高いので〜♪
さぞか〜し〜 お月さん〜 煙た〜かろ♪ ゲホ！ウゲフ！！
突然、闇の中から砂利を詰めた缶を振るような音で歌う声が洞窟内にこだました｡
「はっ！？この曲は『炭鉱節』！！
その昔、人夫達が鉱山を掘るときに歌ったという、涙なしには聞けない歌ね！！」
エルフローネ密は、ドサクサにまぎれてさも誇らしそうに語った｡
モサシはそんな彼女を黙って眺めていた｡壊れた機械を眺めているような気持ちだった｡
「モサシ様！ツッコミください！ツッコミ！」
「そんなもの要求するな！」
「はっ！何か来ますわ！」
ランタンの照明に照らされ、暗闇の中に何かが浮かび上がった｡それは、一言で片付けてしまえば、三日月型の顔をした毛深いオヤジだった｡ジャージ・腹巻き、ランニングシャツを身にまとい、足に下駄を履いた生き物だった。ところどころ見えている肌は、異常なまでに゜毛深い｡
「また なんだかよくわからない生き物が！！」
「ガハハハハハハハハハハハ！！よくここまで 北島三郎！！」
「は？」
「・・・・・・いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ！！
オヤジギャグですわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ！！」
出会い頭のオヤジギャグで一発をかましたその生き物は、モサシと密にさぞやる気ありそうににじり寄ってきていた｡
「俺は、オヤジクレッセント！ホンダラマンダ様の命により、おまえたちをゴミ箱に捨てにきたぜ！！」
「微妙なセリフだな、おい」
三日月は身がまえた。モサシも刀を抜く｡二者の視線が、うすぐらやみの中で交じり合った｡
「待てい！！！」
「！？」
突然、またもや洞窟の中に別物の声が響き渡り、思わず一同は気を取られた｡
少したって、モサシ達の後ろから 申し訳なさそうに一人の男が走ってきていた｡
「派手に呼びかけておいて、登場は地味だな・・・」
しかも、その男は肩で息をしていた｡
「国王陛下ではございませぬか！！」
モサシはその男が顔を上げた瞬間、図らずも驚いてしまった｡
「ふ、ふはははははははははは！！！・・・・ぜぇ ぜぇ」
ドッコイショ王国国王ヌワンデスは、ムリしてかっこつけようとして胸を張ったが、せきこみながらなので国王の威厳はまるでない｡
「モサシ＝モョモト！！！・・・ぜぇぜぇ」
国王は突然モサシに呼びかけた｡モサシは三日月に注意を払いつつも、国王のほうを向く｡
「おまえは確かに強い！しかし、ホンダラマンダを倒すには、まだ足りないものがある。」
「モサシ様の戦いを見たことがあるのですか、陛下？」
密が横から話に入ってきた｡
「ふふふ・・・こっそり物陰から眺めていたのだ。」
「国王ともあろう方が、ストーカーなさるなんて・・・」
「〜とにかく！
モサシよ、おまえには足りないものがある｡」
「一体、何が足りないというのです、陛下」
「それを今から見せてやるのだ。」
国王ヌワンデスはモサシと密を押しのけて前に出た。
途端、三日月に殴られた｡
「ぐふぅ！」
ドッコイショ王国の国王は、鼻血を吹いてあおむけにその場に倒れた。
「国王だかなんだか知らねぇが、スキだらけだぜアンタ！！
スキが〜出た出た〜♪スキが〜出た〜っと！」
しかし、国王はすぐに立ち上がり、三日月の両目を見据えた｡
「フッ、感謝するぞ」
「何でだぁ？」
「これで、心置きなくやれる・・・・」
国王の鋭い眼光が、針のようにオヤジクレッセントの両目を貫いた｡
すると、オヤジクレッセントの両足は地面に縫い付けられたように動かなくなり、全身から血の気が引いていくのが、自ら感じられた。
そして、三日月は国王の体から青白いオーラが立ち上るのを見ていた｡
オーラを纏った国王が一筋の蒼い矢となり、三日月に向かって突っ込んだ。
そして、強烈無比な右の掌底の一撃が、あごを捕らえた｡
その瞬間、オヤジクレッセントの目には中大兄皇子と中臣鎌足の姿が見えた｡中大兄皇子は突然剣を抜き、オヤジクレッセントの体に突き立てた。続いて、中臣鎌足がオヤジクレッセントの首をはねた。
こうして、オヤジクレッセントは「645年 大化の改新」の犠牲となったのであった・・・・
オヤジクレッセントは、崩れ落ちた。そして二度と動くことはなかった。
「国王、何をなさったのでござるか？拙者には、ただの掌底の一撃にしか見えなかったのでござるが・・・」
モサシが、改まった口調で聞いた。それを密が、「武家言葉のモサシ様もステキ」と思いながら見ていた。
「うむ・・・これぞ王家に伝わる秘拳『雲虎羅独鯉掌(うんこらどっこいしょう)！』」
「うんこら・・・どっこいしょ？」
「強烈な睨みをきかせることで相手の身をすくませ、自由を奪ってから憎しみを込めた掌底の一撃を食らわせる。
その一撃を食らった者は精神が肉体を飛び出し、何らかの悲劇的経験もしくは波乱に満ちた人生を味わってくる、そういう技だ。
場合によっては精神体が肉体を離れたまま戻ってこない場合がある。」
それから少し間を置いて、続けた。
「本来ならば、王家の者にしか見せないのだが、今回は何としてでもそなたに勝ってもらわねばならぬのでな。」
モサシはけげんな表情をして、答えた。
「ということは・・・まさか・・・・今の技を、拙者に？」
「左様！
しかし、余は忙しい身ゆえ、ここでそなたに教えてやる時間なんぞない。
余は忙しいのだ！」
「二回も言わんでよろしいです」
「そこでだ！毎晩そなたの夢に現れて、特訓してやるぞ！」
「・・・は？今、何と？」
モサシは目をしばたいた。
「信じられなくともよい。今夜眠れば、どうせ現実を受け入れることになる！」
「お断り申す」
モサシは本能的に危険を感じていた。
「遠慮せんでもよろしい！どうせ寝ている間は、することがないのだ！」
「し・・・しかし、何故そのようなことができるのですか？」
「なぜなら、余は国王だからだ！
ふははははははははははははははははははははははははは！！！！！！！！」
聞くんじゃなかった、とモサシは後悔した。
国王は笑うのをやめると、足の裏から凄まじいジェットを噴射し、空中に浮かび上がった。
「それでは、さらばだっ！
モサシ！また夢で会おうぞ！」
国王は空中でモサシ達に背中を向けると、無意味に拳を前に突き出し、強烈な勢いで飛んでいき、間もなく闇の中へと消えた。
その後、モサシ達が歩き出さないうちに、大きな激突音が聞こえたが、二人は気にしないようにした。
モサシはただ一言、「この国の行く末が心配だ」というだけにとどめて置いた。
その後はただバラードを歌う石柱や、漫才をするコウモリ、徒競走をするヒゲスライム、リンボーダンスをするマッチョ兄貴とすれ違ったぐらいで、特に格別のこともなく、モサシ達は洞窟の出口に差し掛かった。
二人が外の光になれて最初に見たのは、木造の建物−言ってしまえば旅館だった。決して新しくない木々のくすんだ色が、落ち着いた雰囲気をかもし出している、老舗といった感じの旅館だった。
入り口前に立てられた看板には、「月影の尻毛亭」と書かれていた。・・・二人はこの際、名前は気にしないことにした。
旅館の周りは岩山に囲まれている。上を見上げると、日が傾きかけていた。それが沈もうとしている方向に、逆行でよく見えないが、人工的なオブジェが見えている。
「密、もしかすると当たりかも知れんぞ」
「ええ・・・
この旅館、なかなかいい雰囲気ですわね。
少しこじんまりしてるけど」
「そうではない。
あの、向こう側に見える建物のようなもの・・・
ホンダラマンダの居城なのではないか？」
「ええ・・・
きっと温泉もございますわね。
ゆっくりできそうですわ」
「・・・・・・密。」
「何ですか、モサシ様？」
「・・・・・・・・・・・・何でもない。」モサシは、言っても無駄だと思った。
「モサシ様・・・・・・・・・」密は密で、愛情表現だと勝手に思い込んだ。
「うわあぁぁぁぁぁっ！！」
その夜、密は大音声で目を覚ました。
密は、モサシの部屋の向かいに泊まっていたのだったが、モサシの部屋から響いた叫び声は、眠りについていた密やほかの客を目覚めさせるのに十分だった。
密は思わず部屋を飛び出していた。そして、何の躊躇もなくモサシの部屋のドアを蹴り飛ばす。
「モサシ様！・・・どうなさったのですか！？」
モサシはベッドの上でうなっていた。布団は投げ出され、体をのた打ち回らせている。
密は近寄ろうとした。その肩を、誰かの手が引き止めた。
振り向くと、フードつきのローブを着込んだ老人が、闇に溶け込むようにして立っていた。
「どひゃひゃひゃひゃ！手出しは無用じゃよ娘しゃん」
老人はしわがれた声で、しかし意外と明るい口調で言った。
「あなた・・・どなた？
モサシ様に何をなさったの?」
「うひゃひゃひゃひゃ・・・ワシは仙人スーダ・ラ・ラッタ。・・・じゃったかのう？」
「・・・・・・・・。」
「うむ、そうじゃったはず。
怪しい者ではないよ。
その男は今、夢の中で試練を受けておる。心配はいらぬよ」
「思いっきり、怪しいですわ！
モサシ様に近づかないで！」
密は情熱を燃やそうとした。
「ぶひゃひゃひゃひゃひゃひゃ！！日本海に飛び込んで、ジャパ〜ン」
冷たい風が、吹き抜けた。
密の体に突如、寒気が走り、力が抜けてその場にへたり込んだ。
（力が入らない・・・！
なぜなの、日本海もジャパ〜ンも何のことだかわからないのに・・・何なのこの寒さは！）
「ふふぉふぉふぉふぉふぉふぉ・・・ワシの寒いギャグは天下一品じゃ。
エルフローネ麗よ、心して聞くがよい・・・」
「麗は私の姉さんですわ！
微妙に間違ってますわ！」
「おや、そうじゃったか・・・ワシもボケたかのう。
ともかく、モサシは今夢の中で国王ヌワンデスによって『雲虎羅独鯉掌』の手ほどきを受けておる。」
密は老人が言うのを聞いて、国王ヌワンデスが別れ際に言った言葉を思いだした。
「しかし余は忙しいゆえお前のそばにいるわけにはいかぬ。
そこでだ！毎晩夢の中でお前に会いに行くぞ！」
（・・・違う！）
密は心の中で図らずも、一人ボケ突っ込みをしてしまった。
「・・・そ、それにしてもなぜ国王陛下は他人の夢の中に現れることができるのです？」
「ぐっふぉっふぉっふぉ・・・国王をなめてはいかんぞ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
密はあえて、何も言わなかった。
「とにかくモサシは大丈夫じゃから、お前しゃんも休みなさい。
この宿のモンには、ワシから説明しておくから」
「・・・スーダ・ラ・ラッタ様」
「何じゃね？」
「私も、ここでモサシ様をみまもっていてはいけないでしょうか？」
「おはようございます、モサシ様」
翌朝、汗だくになったモサシが最初に見たものは、ラジオ体操第二を今まさに始めようとしている密だった。
「・・・・・密？ここは・・・・そうか、あれは全部夢だったのか・・・・・
俺は何日寝ていた？」
｛７時間ですわ、私の知る限りは｝
モサシは驚いた顔をした。
「そうか、かなり長い夢を見ていたと思っていたが」
「よければ、どんな夢だったのか教えてくださりませんか？」
モサシはベッドに腰掛けたまま下を向いて少しの間黙ったが、すぐに口を開いた。
「地獄のようだった・・・
ぬるいコーラを百杯飲み干すことから始まり・・・
１５０時間に及ぶ保健体育の勉強・・・
そのあとクマに『森のクマさん』を歌えるように調教し・・・
あげくの果てには素手で岩をくりぬいて『ミロのビーナス』を作る・・・」
「・・・すごい・・・」
密は、ただただ簡単の声をあげるばかりだった。
「ヴィーナスの、顔の部分が特に難しいんだ・・・・」
「モサシ様・・・・・・・・・・・・・
意味は？」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・解らぬ」
モサシはしばらく黙り込んだあと、そう答えた。
「しかし、夢の中では意味不明なことも平気でやってしまう・・・」
「わかりますわ。
それで、習得はできたのですか？」
「まだだ。
あの国王が言うには、まだ１７．３％の出来だそうだ。」
「ハンパな数値ですわね・・・」
「うむ。しばらくは、ここを発つことは出来ないようだな・・・・」
結局、モサシ達はそれから一週間『月影の尻毛亭』に泊まることになったのだった。
「・・・はぁ」
「おはようございます、モサシ様。
まだ５時ですわよ。今日は一段と早いですね」
「終わったんだ、修行が・・・」
モサシは疲れきった、しかし安心した顔で語った。
「まぁ・・・・・！
おめでとうございます、モサシ様！」
「密・・・その・・・・」
「何です？」
「心配をかけて、すまなかったな」
「愛している、密」
無論、後の方のセリフは密の妄想だった。
「・・・・・・・・・！」
密は表情を輝かせると、何も言わずにモサシの胸に飛び込もうとした。モサシはすかさず横転してよけていた。密は無人のベッドに飛び込んだが、すぐ身を起こしてモサシの顔を見つめた。
「どひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ！
ぶひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ！！
元気じゃのうおぬしら」
スーダ・ラ・ラッタだった。バカ笑いをしながら部屋に入ってくる。
「スーダ・ラ・ラッタ様！」
「うむ。どうやら、無事終わったようじゃな」
「はい」
モサシは力強い返事をした。
「この旅館の裏口から出れば、そこはいよいよホンダラマンダの居城じゃ。
雲虎羅独鯉掌を見事身につけたおぬしならば、ホンダラマンダを見事打ち倒せると信じておる」
「はい。
ご老人、色々と世話になって、かたじけのうござる」
「のう・ぷろぶれ〜む じゃ。
では、そろそろ行くか？」
「・・・・・・・・？は、では行ってまいります。
密、長いこと待たせてすまなかったな」
「その気持ち、行動で表してはくれないのですか？」
「・・・・・・・・・・・・・・
支度は出来ているのだな」
「もう〜、いけずねぇ。
支度なら、整っていますわ。」
「それではご老人、お達者で！」
「最後に一言だけ言わせてくれ。
・・・ルークよ、フォースを信じるのじゃ・・・・」
「は？！」
「このおじい様、ちょっとボケてますのよ。何と勘違いされてるんだか」
かくしてモサシと密は、ついに最後の戦場へと赴いた。
その行く手に待つものは、生か、死か・・・・・はたまた笑いか。
To be continued…