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■デジクリトーク

●女子高生の制服。

白石昇

●女子高生の制服。


 白石昇です。我々が持っている文化的基礎知識と、著作者および泰国民が持っている文化的基礎知識はまったくもって違うのです。だから、知ってて当たり前、の事はそのまま書いてあるのです原文には。

 そんなもの、素の日本人が素で読んでそれが何か理解できるはずがありません。このまま訳出してしまえば、米川正雄訳のドストエフスキー読んで、サモワール、って何? と言うような状況が一頁に一回続いてゆくようなものです。ヤカンならヤカン、って書けよ翻訳者。

 いや冷静に見て、サモワール、とか言うそんなレヴェルではありません。芸能人等の固有名詞は軽く十人以上出てきますし、料理名を含んだ食べ物なんかそんなもんじゃききません。その他に歯磨き粉の商品名や、薬品名など、訳した人間にもネイティヴチェックするまでわからないこと多々アリだったのです。

 故に訳註が必要なのです。それもとてもわかりやすい訳註が。

 そういうことなので、今回、翻訳者が一人でやるんだもん、という主旨に基づいてなされることになった作業形態を十分に利用することとなりました。

 そうです、訳註に画像を採用するのです。その画像素材調達からレイアウトまで自分でやるのです。だからお気楽にそんな方式を採用できるのです。おそらく同じ様な作業を外注に発注すれば、軽く見積もって翻訳者が半年以上生活できるくらいのお金をDTP担当者様に支払わねばならないでしょう。

 それに、訳註には原文にのっとった泰文字を記してありますので、外注に頼むのであればマルチドキュメントを日本語システム上で作る為のスキルを他人に教えなくてはなりません。いや別に秘密にしてるわけじゃないんですが、教えるの面倒なんですちょっと手順が複雑で。

 一人でやれば上記の問題は解決します。そもそも、頭が冷えてから訳文をまた書き直す予定でありますので、そんな二度手間三度手間な仕事を人に投げられるわけがありません。

 まあ第一、投げられるような経済的余裕なんてないんですけどね。

 そういった過程を経てドツボにはまることになったのですアートワーク担当者となった翻訳者は。訳註その数一六五、写真および画像一〇〇枚以上。それらのすべてをあとあとレイアウト上でズレる事を前提に製作せねばならないのです。

 アートワーク担当者としては、当然、訳文と訳註の決定稿を提供しない翻訳者に対してぶち切れるべきなのですが、どうも翻訳者は頭が弱いらしく、きっちりかっちり今すぐにはまとめられないバカなので、ムカつくけど致し方ないのです。

 おまけに翻訳疲れで真っ白な灰になりかけてます。

 ジョー、すまなんだジョー、って感じです。

 しかも訳註に必要な画像は基本的に自分で集めなければなりません。著作者事務所は七月に迫った著作者自身による大規模な個展およびワールドカップ観戦などで、微妙に忙しくなりはじめたのです。

 ええそうなのです。サッカーを愛する多くのタイ人にとって、ワールドカップはとても重要なイベントなのです。というか著作者はサッカー大好きなのです。日本が勝つ度によかったなあおめでとう、と声を掛けて下さいます。

 そのたびに、ありがとうございますでもあんまり興味がありません、と正直に答えるのは、国民的表現者およびふんどしを貸してくれる著作者に対する不遜な態度とかそんなこと以前に、ワールドカップ開催国国民としてあるまじき行為だと翻訳者およびアートワーク担当者は自分でも思ったりもしますが、本当に興味無いんだからしょうがないじゃん。

 週に二回以上、バスに乗って著作者事務所に通いながら街角ででデジカメを取り出して訳註に添えるための写真を撮りまくります。訳註に出てくるものは、本当にありとあらゆるタイにはあって日本にはないものなのです。

 だから、女子高生の制服なども撮影しなければなりません。いや致し方ないのです。女子高生の制服に対して我々がどう思っていようがそんな個人的嗜好などは関係なく仕事なのですからええ、仕事なのです。女子高生に声を掛けて写真撮らないといけないのです訳註に出てくるのですから。仕事なんだってばだから。

 しかし結局そのような努力を経ても、我々が集められた画像は半分の五十枚くらいでした。所詮外国人です、モノをさがす能力はネイチヴの半分ほどだということなのでしょう。

つづく。

初出・【日刊デジタルクリエイターズ】      No.1130  2002/07/22.Mon.発行


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