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不可視の風の中で

〜invisible side of SELECTION〜


-3-


 そして、更なる悲劇へとすべてが動き始めた日。

 月岡は、野々口家の庭に立っていた。
 ……本来なら、真由が暮らしていた家。
 身代わり、と彼女が言ったのを思い出す。
彼女はどうして静原に従っているのだろう?
 星は眩しく、月岡の目を灼く。
 背後からこちらへ向かう気配がしたが、月岡は反応を見せなかった。
 全く違うものなのに、何故かその気配が同じものに思えた。
 それはすぐ後ろで止まった。
月岡は右足を引いて、振り返る。
「……お前か」
 そう言ったが、彼女であることははっきりと分かっていた。
「お前……なんで、家の中に入らないんだ?
……さては、居心地が悪いとか……」
 勝美は少し怪訝そうに、それでも多少心配そうに聞いてくる。
 ……居心地がいいとでも思っているのだろうか。
だとしたら、この少女は相当な天然だ。
 などと、すぐに分かるようなことを初めて実感して、
月岡はまじまじと勝美を見つめた。
 実験体だったのに、自分とのこの差は何だろうか。
彼女を動かしているものは何だろうか。
 家族への愛? 自分であることへの誇り?
それとも――
「ノーコメントかよ……お前らしいけど」
 そういえば、会話をしていたのだと思い出した。
ここまでくると、月岡も、人のことを天然だなどと判断するべきタイプではない。
判断されるべき性質である。
 勝美との会話が終わると、月岡は再び星を見上げた。
 何かと理由をつけないといけなかった自分に、少し情けないと思いつつ。
 不審者に見えるから中に入れと言う勝美に体力温存だと答え、
彼女の後ろ姿を見送る。
 あんなとこにいる方が、余計体力消耗すると思うけどなぁ、と勝美は呟いた。
こちらには聞こえていないと思っているのだろう。
何となく、無駄なことを口にしようと思った。
「……聞こえているぞ」
「うっ!」
 勝美がびくりとなる。
「あ、う〜……ええ、と」
 ぎこちなく振り向いてから、勝美は苦笑した。
「何だ、聞こえてたのか……」
 立ち去りがたくなったのか、勝美はもう一度月岡の方へ寄っていった。
「お前って、聞いてないようで聞いてるんだな」
「…………」
 ハウンドあたりが言ったなら、意地悪の2倍返しにあたる台詞。
勝美に言われると、矛盾点などを指摘したくなるだけだ。
 そうか、と思い当たる。
 真由といたときにも、無駄なことばかり話していた。
 自分に無駄を与えるというのが、二人に共通していることかもしれない。
 月岡には、今のところこれくらいしか分からなかった。
しかし、それだけでも満足だ。
満足なんて感じたのは、一体どれだけぶりのことだろうか。
「どうしたんだ?」
 ひょっこりと勝美の顔が覗いた。
内心驚きながら、月岡は勝美を見返す。
「……何がだ」
「いや、妙だから」
「妙?」
「嬉しそうな顔してるから、なにかあったのかなって思ったんだよ」
「…………」
 顔には全く出さなかったのに、嬉しそうと断言されてしまった。
確か、真由もこういうのが得意で、月岡はいつも言葉に詰まっていた。
「…………?」
 勝美が純粋に疑問符を浮かべた。
 月岡は少し顔をそらしてみせる。
「……気のせいだろう」
「あー!」
 急に勝美が大声を出したので、月岡は僅かに退いた。
 嘘ついたとでも言うつもりか?
「流れ星! って、あ、あ……あーあ。消えちゃったか」
 流れ星ぃ?
 月岡はひっくり返りそうになる。
「もっと見たかったのに……」
「図書館にでも行けば資料がある」
 当然のように月岡が言うと、勝美は飛び跳ねて反論した。
「駄ー目っ! 生じゃないと、願い事は叶わないんだよ。
お前、知らないのか?
流れ星に3回願い事を言うと、叶うってヤツ」
「生…………」
 星に生も乾物もない。
 何という表現……。
 月岡はしばらく、二の句が継げなかった。
「私、流れ星なんて見たことなかったのに」
 勝美が残念そうに言う。
月岡は星空をもう一度見上げた。
 ――真由も、生きてさえいれば一緒に見られる。
 そう思えるのが、唯一の救いだった。
 空を見たまま、口を開く。
「……ずっと見ていればいいだろう」
「……そうかもな」

 二人は少しの間、夜空を眺めていた。

          ◆

 勝美が去ってからしばらくしても、月岡は星空を見ていた。
 その目が、瞬間的に鋭いものへと変わる。
何かの気配に気付いた月岡は、辺りをうかがった。
敵意はなかったが、警戒しておくに越したことはない。
 何しろこんな日なのだから。
 気配の主を瞬時に理解すると、月岡は再び頭上を見た。

 夜の紺色が優しい。
 夜の空気が冷たい。
 ――ほんの少しだけ。
 希望のように、甘く。

 そんなことを考えることに、苦笑したくなる。
 気配はこちらに近付いてきた。
「絆を見なかったか?
 ……全く、こう部屋が多いんじゃ、探すのも一苦労だぜ」
 雰囲気などお構いなしに、アーサーが足下に寄ってきた。
成り行き上、視線を彼へと落とす。
自然、彼を見下ろす形となった。
「……なんだよ、文句でもあるのか?」
 アーサーはすねたように言った。
月岡に見下ろされたならば、そう勘違いしてもおかしくないだろう。
「……文句はない」
「で、絆は?」
「知らん。……と言いたいところだが、さっき……」
「…………まさか、どっか行ったとか言わないよな」
「……まさしく、どこかへ出かけていった」
「…………」
「…………」
 アーサーの顔に、みるみる不快の表情が浮かんだ。
「何やってんだよ! 止めなかったのか!?」
「……止めなかったから、どこかに行った」
「〜〜〜、そういうこと言ってんじゃない!」
 自分ではとてもまっとうなことを言ったのに、と月岡は不思議に思う。
 裏門から勝美と絆が連れ立って、
どこかに行くのを見たのはつい30分ほど前のことだ。
 やがて、アーサーははぁと息をついた。
「……もういい。
アンタが止めてくれるだろうと、期待したオレが馬鹿だった」
「…………」
 何か買いに、コンビニにでも行ったのだろうとしか月岡は思わなかった。
……尤も、絆がコンビニで何かを買っているのは想像がつかないが……。
「……で? 天体観測でも趣味なのかよ」
 まあタダだからな、とアーサーは言った。
その言葉には、意外だという響きも多分に含まれている。
「……他に見るものがないだけだ」
「…………」
 今度はアーサーが黙った。
「……あー、アンタとは話が合わない。
…………そりゃ、分かってたけどさ」
 明らかに、アーサーにしては珍しく沈黙が多い。
口から生まれてきたのではないかと思えるほど、
いつも文句ばかり言っているのに。
「…………」
「…………」
「…………たまには、黙ってるのもいいな」
「……そう思うのなら、黙っておけ」
 しばらく静寂が辺りを支配した後、アーサーは唐突に吹き出した。

          ◆

 翌日、東地区へ行くために月岡は地下鉄の駅にいた。
隣には絆が、前にはアーサーがいる。
 可愛らしさで辺りの視線を独り占めしているアーサーを見て、
月岡は彼がつまみ出されやしないかと少し不安に思った。
 こんな緊迫した状況でそんなことを考えているなんて、
誰かの脳天気が伝染したのだろうか……。
 ふと横を見る。
 絆はまっすぐに前を見たまま、表情に深い決意を宿していた。
その横顔は厳しく、勝美とは違った強さを思わせる。
 果たして、彼女達のような強さが、自分にはあるのだろうか。
 答えはノーだ。
 確かな自分の意志が、彼女達にはあるからだろうか。
 月岡はしばし俯き、やがて顔を上げた。
 勝美はまだ、来ない。

          ◆

 Mayuのところへと去っていった勝美を追うときになって、
やっと月岡にも実感がわいてきた。
 ……真由が関係しなければ、実感がもてないのか?
彼女の目的は分からないが、どうにかして……
 それで、自分はどうするのだろうか。
 …………。
 ただ満足するだけでもいい。
 速度を上げて、真由の――真由でもMayuでもいい――
もとへ、彼らは走っていった。
 そしてきっと、勝美のいるところへ。

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