白。見渡す限りの白い世界が目の前に広がっていた。
どこまでも続く白い空と、その空に境界線なく繋がる白い大地。
歩いてみると、石の床を踏んだような、コツコツという足音が響いた。
――ここはどこ?
今まで自分が持っていた記憶と照らし合わせ、どうやら夢の類かと、フェザは一人結論を出した。少なくとも、自分の知っている場所ではない。
しばらくたっても周囲の風景は変化しない。他にすることもなく、フェザは進んでみることにした。夢なのだから、そのうち目が覚めるはずだ。
無限に広がっているかのような白の世界は、一向に景色を変える様子はない。自分の足音がしなければ、歩いているかどうかさえ分からないかもしれない。
意味がないような気がして、フェザは足を動かすのをやめた。
それにしても不思議な世界だった。何もないのに白い。白という色が見えているからには、どこかに光源があるはずなのだが、どこを見ても同じ明るさである。足元を見れば、自分の影すらできていなかった。夢の世界には現実の法則は成り立たないのだろうか?
そういえば、夢とは自分の記憶とか欲求が映像になったものだと聞いたことがある。では、この夢が表しているものとは何なのだろう?
――世界がこんな風に白一色だったら、今よりよほど美しいのに。
そんなことを考えていると、ふと、白一色の世界に違和感を感じた。
非常にかすかな変化である。目に見えたわけでもない。しかし、この世界に慣れてきていたフェザは、すぐに変化に気づいた。
――この目を、私は見たことがある。
そこで目が覚めた。
顔を起こすと、辺りはもう真っ暗だった。フェザが机の上の電気スタンドを点けると、そこにはいろいろな書き込みがされた地図が広げられていた。今回の“仕事”の計画を練っているうちに、いつの間にか寝入ってしまったらしい。傍らに置かれた時計を見ると、午後8時をすでに回っていた。
(もう仕事の時間か。)
“仕事”の直前に寝入ってしまった自分に少し嘆息してから、フェザは手早く身支度を整え、外界へ繋がる扉の方へ歩いていった。
その扉―――はるか昔、“船”と呼ばれていたであろう建造物から外へ出たフェザは、冷たい夜気を胸いっぱい吸い込み、遠く広がる高層ビル群を見据えた。
西側には巨大なビルに押し込まれた住居区。
東側には崩れかけた廃墟とその間を縫うように耕された貧弱な田畑。
そこがかつて何処であったのかを示すのは、いまだに使われている日本語と単位のみ。
今人々が住んでいるのは半径約10kmの盆地である。東京都の6分の1ほどの土地は、周囲を険しい山と深い樹海に閉ざされており、外部とは完全に隔離されている。
政府ではなく、“大教会”<カセドラル>が統治する街。
『アーゼン』。 その町はそう、呼ばれている。