Antithese phase I

邂逅編

phase 1 黒い天使(1)

 冷たい夜風が、音を立てて吹いている。
 “シティ”Bブロック第9区。雑居ビルの間の狭い路地を、一人の男が歩いていた。
 急ぐ様子はなく、ただぶらぶらと歩いている。時折、道端の石に蹴つまずいてよろけている。少し、酒が入っているらしい。
 午前2時を回り、すでに人通りが絶えている。現にこの路地で動いているのは男一人のようだった。

 ふと、男が足を止める。街灯に照らされた先に人影があったのだ。
 全身、闇に溶け込むような黒い服を着ている。白い顔だけが宙に浮かんでいるようであった。髪型こそ短く切りそろえてあったが、すぐに女であることがわかった。その女の立っているところだけ、明らかに空気が違う。内面から漂ってくるような不思議な色気を、その女は持っていた。
 女の視線はずっと男に注がれていた。ずいぶん前からそうしていたようである。
(只者じゃねぇ・・・)
 本能でそう察すると、男はさりげない風を装って、ちょうど右に開いていた路地に曲がった。女が追いかけてくる様子はない。男は走り出したが、すぐにそれは徒労に終わった。  再び見えてきた別の街灯の下に、さっきの女が佇んでいたのである。服装も、顔も変わっていない。まるで自分が先程の街灯の下へ戻ってきたようであった。
 どうして俺の先にいる? どうやって追いついた? 何者だ?・・・
次々に沸いてくる疑問に動揺し、冷や汗が一滴背中を伝うの感じると、男は振り返って逃げ出した。しかし今回は女のほうが速かった。
 その華奢な体型からは想像もできない跳躍を見せ、男の頭上を越えて着地した。男が思わず尻餅をつく。女が口を開いた。
「ジミー=ウォルトン。ネフィス社から盗んだ機密データのCD−ROM2枚を返しなさい。」
 渡せ、ではなく返せ、と言ったところから、女の素性が窺えた。
「わ、わかった。返すよ。」
 あっさりと男は言って、ジャケットの内ポケットを探った。そのとき、男の口元が微かに笑っているのを、女は見逃していなかった。

 武器か。そう思うより先に、体が動いていた。条件反射で横に跳ぶ。その先には人一人が入れるぎりぎりの幅の建物の隙間があった。
 が、このときは男のほうが速かった。ジャケットの布地越しに発砲したのである。男の狙いは殊のほか鋭く、思ったより響かなかった銃声とともに、女の心臓へ弾丸が吸い込まれていった。
 女は、何とか受身を取って着地した。

 しばらく、どちらも動かなかった。辺りが再び静まり返り、明滅する該当が路地を照らし出す。

 女が起き上がって、男の方へ歩き出した。
 立ち上がった拍子に、服に引っかかっていた銃弾が軽い音を立てて転がった。中に防弾チョッキを着ていたらしい。
「少し油断したかな…」
そう独り言ちて、その女――フェザは改めて男を見下ろした。
 男は気絶していた。眉間にダーツの矢が一本、刺さっている。麻酔針であった。
 フェザは男のボディチェックを始めた。ジャケットやズボンのすべてのポケットを調べていく。

 無かった。求めるCD−ROMを男は持っていなかった。
 仕方なく、下着の中まで検めているうちに、街灯によってできた影がもう一人分、増えていた。それに気づいたときには鈍い衝撃とともにフェザは気を失っていた。




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