extra.2 もっと音階

 音階は「音階」の項であげたものだけではありません。
 もっと後の時代に、実験的に作られた物や、世界各地の伝統音楽で使われているものがたくさん存在します。
 ここではそれらの一部を紹介します。
 たぶん「音階」の項よりおもしろいです(笑)。



 「ジプシー音階」として私が読んだ楽典に載っていた音階。
 半音や増2度(半音3コ)の音程が多いですね。
 譜例みて「ドレミ♭ファ#・・・」と弾いていてもジプシーぽくないですが、適当にメロディを弾くと、「あぁ、たしかにジプシーかな?」という気はします。


 隣り合う音の音程が、全て全音(半音2コ)という、その名も「全音音階(whole tone scale)」
 音程が皆一緒なので、主音とか属音とかの機能はほとんどありません。
 さらにその構造上「ドレミファ#ソ#ラ#ド」と「ド#レ#ファソラシド#」の2種類しかあり得ません。
 なんとなく落ち着かなくて、こんな音階使えるのか?と思うかもしれませんが、フランスの作曲家ドビュッシーはこの音階を多用していた(らしい)。

 この音階は6音で構成されているので(譜例の一番右の音は第1音ですよ)「6音音階(hexatonic scale)」と呼ばれます。
 6音音階って今のところこれ以外に見たことないです。
 なお、「音階」の項で挙げたような音階は7音で構成されているので「7音音階(heptatonic scale)」と呼ばれます。

 ところでこの音階は「全音音階」ですが、「全音階(diatonic scale)」ということばがありまして、これは長音階と短音階をまとめて呼ぶ呼び方で、全音音階とは関係ないので混同しないよう気をつけましょう。


 「律旋法(りつせんぽう)」「呂旋法(りょせんぽう)」ともに、中国の伝統的な音階です。日本の雅楽でも使われます(日本では特に律旋法の方が好まれたようです)。
 この音階で適当に弾くとかなり中国っぽいです。
 ちなみにピアノの黒鍵だけを使って弾くとこれらの音階になります。

 ところで、中国・日本にも独自の階名と音名があります。

 階名は、中国・日本共通で、第1音から順に、宮(きゅう)・商(しょう)・角(かく)・徴(ち)・羽(う)となっています。
 階名なので、呂旋法の宮と律旋法の宮が同じ高さの音でも、呂旋法の角と律旋法の角は違う高さの音です。
 上の例だと、宮は両方ともドですが、角は、呂旋法だとミ、律旋法だとファになります。


 音名は日本と中国で異なります。表にしてみましたのでどうぞ。

近似音 レ#・ミ♭ ファ ファ#・ソ♭
日本の音名 一越※1
(いちこつ)
断金
(たんぎん)
平調
(ひょうじょう)
勝絶
(しょうぜつ)
下無
(しもむ)
双調
(そうじょう)
中国の音名 黄鐘※2
(こうしょう)
大呂
(たいりょ)
太簇
(たいそう)
夾鐘
(きょうしょう)
姑洗
(こせん)
仲呂
(ちゅうりょ)
近似音 ソ#・ラ♭ ラ#・シ♭ ド#・レ♭
日本の音名 鳧鐘
(ふしょう)
黄鐘
(おうしき)
鸞鏡
(らんけい)
盤渉
(ばんしき)
神仙
(しんぜん)
上無
(かみむ)
中国の音名 スイ賓※3
(すいひん)
林鐘
(りんしょう)
夷則
(いそく)
南呂
(なんりょ)
無射
(ぶえき)
応鐘
(おうしょう)
※1:一越は壱越とも書きます。
※2:中国の音名は本来中国語で読むべきですが、ここでは日本語で読んでいます。
※3:スイは漢字が出ませんでした。くさかんむりの下に、「豕」を左側に、「生」を右側に書いた字です。

 なんかかっこいいぃ~(笑)。特に日本音名、声に出すと、響きがっ、響きが良すぎ~!!

 はい。正気に戻ります(笑)。
日本では一越(いちこつ)、中国では黄鐘(こうしょう)が基準の音で、西洋音律のレに近い音です。
   ですが、現在の日本では西洋音律の基準音であるラ(約440Hz)に近い、黄鐘(おうしき、約430Hz)を基準に調律するようです。(現代中国ではどうしているのか不明)

 ところで日本にも中国にも「黄鐘」がありますが、読み方が異なり、音も違うので注意してください。
 日本の黄鐘(おうしき)は「ラ」の音ですが、中国の黄鐘(こうしょう)は(日本の一越と同じ)「レ」を表します。

 ほんとに余談ですが、中国の音名は、月の別称(日本でいう睦月や如月)にもなっていて、黄鐘が陰暦11月、大呂が陰暦12月、太簇が陰暦1月・・・となっています。


 まだ調の話はしていませんが、ついでなので日本での調の話を。
 普通に考えれば西洋音楽と同じように、12音×呂・律の2旋法=24の調が出来るはずですが、実際には5つないし6つの調しか使われません。

 律旋法を使うものは、平調を宮とする「平調(ひょうじょう)」、黄鐘を宮とする「黄鐘調(おうしきちょう)」、盤渉を宮とする「盤渉調(ばんしきちょう)」の3つ。
 呂旋法を使うものは、一越を宮とする「一越調(いちこつちょう)」、双調を宮とする「双調(そうじょう)」、そして平調を宮とする「太食調(たいしきちょう)」の3つです。
 「太食調」だけ宮の音と無関係な名前なので注意。

 このうち「平調」「黄鐘調」「盤渉調」「一越調」「双調」がよく使われるもので「五調子(ごちょうし)」、「太食調」を加えたものを「六調子(ろくちょうし)」と呼びます。
 ちなみに五調子には陰陽思想の五行と結びつけられていて、平調が金、黄鐘調が火、盤渉調が水、一越調が土、双調が木、となっています。
 五行はそれぞれ色や方向とも結びついているので、五調子もそれらと結びついてることになります。こういうの、いいなぁ~(笑)。


 ・・・随分脱線しましたね。音階の話に戻ります。
 これらの音階は5音で構成されているので「5音音階(pentatonic scale)」と呼ばれます。
 世界各地の伝統的な音階は5音音階であることがほとんどです。

 で、5音音階の話しといてなんですが、これらの音階は後に2つの音を加えて7音音階となります。
 律旋法では(上の例で)ミ♭とシ♭が、増えています。
 階名は、ミ♭が嬰商(えいしょう)または揚商(ようしょう)、シ♭が嬰羽(えいう)または揚羽(ようう)です。
 それぞれ、商の半音上、羽の半音上の意味。日本語音名で#を嬰と呼ぶのはここから来てるのねー。
(こういう理由で、ミ♭ではなくレ#を、シ♭ではなくラ#を使うべきかも知れませんが、見やすさ・わかりやすさを優先しました)

 呂旋法では(上の例で)ファ#とシが、増えています。
 階名は、ファ#が変徴(へんち)または反徴(へんち)、シが変宮(へんきゅう)または反宮(へんきゅう)です。
 やはりこれも、徴の半音下、宮の半音下の意味。♭を変と呼ぶのも納得。
(こちらも、ファ#ではなくソ♭を、シではなくド♭を使うべきかも知れませんが、やはり見やすさ・わかりやすさを優先しました)


 「陰旋法(いんせんぽう)」「陽旋法(ようせんぽう)」ともに日本の伝統的な音階ですが、呂・律旋法が雅楽(神聖な場での音楽)に使われていたのに対し、陰・陽旋法は俗楽(庶民の音楽)に使われました。
 また、陰旋法は「都節(みやこぶし)」、陽旋法は「田舎節(いなかぶし)」とも呼ばれます。
陰・陽旋法でも、階名には宮・商・角・徴・羽を使います。
 陰旋法は聞いた感じすごく日本っぽいですね。琴の音色が合いそう~。


 「琉球音階」、すなわち沖縄の音階です。
 うれしくなるほど沖縄風ですね。ぜひとも三線(さんしん)で弾きたい。


 インドネシアの伝統音楽「ガムラン(gamelan)」で使用される音階。
 「ペログ(pelog)音階」はおもにバリ島で、「スレンドロ(slendro)音階」はおもにジャワ島で使われます。
 これもガムラン風味あふるる音階ですが、実は本物のペログ・スレンドロ音階とはだいぶ異なります。
 なぜなら、本物のペログ・スレンドロ音階は、12平均律からかなりはずれた音を使用しているので、(西洋の)楽譜に表すと随分音がずれてしまうからです。
 さらに、ガムランのセット(だいたい村に1セットあるらしい)によってかなりチューニングが異なるので、一つに決められないと言うこともあります。

 皆川厚一さんのガムラン入門書「ガムランの楽しみ方」にはいくつかのガムランセットのチューニングがかかれていたので、その中から「音工房HANEDA」所蔵セットのチューニングを、シミュレーションしてみました。
ペログ音階(チューニング後)

スレンドロ音階(チューニング後)
 主音が違うのでわかりにくいかもしれませんが、微妙に音程がずらしてあります。
 せっかくなのでガムランぽく鉄琴の音でも鳴らしてみましょう。
ペログ音階(チューニング後)鉄琴

スレンドロ音階(チューニング後)鉄琴
 ところで、インドネシアにも独自の階名があります。
 第1音から順に、ding(ディン)dong(ドン)deng(デン)dung(ドゥン)dang(ダン)です。
(ペログ・スレンドロ音階ともにこの階名が使われます。)
 もちろん現地ではアルファベットを使っているわけではありませんが、カタカナよりは現地の発音に近いでしょう。

 ところでガムランには文字譜があり、それぞれの階名に対応した文字(記号?)があります。

 みみずののたくったような字ですが、私が悪いんじゃありません。もとからこんなんです。たぶん。
 ただし、現在では数字を使った譜面も使われるそうですし、そもそもガムランは即興演奏が多いのであんまり楽譜は使われないかも。


 探せばまだまだいろんな音階があるでしょうが、この辺でとどめておきます。
 ちょっと、呂・律旋法のところで余談を書きすぎましたね(笑)。すんまへん。

 で、ここまでみてきたら「音階って自分で作れるんじゃ・・・」と思った人もいるでしょう。
 そう。しっくりくる音階がなければ(あっても)自分で作ってしまえばいいんです。
 事実、全音音階はドビュッシーが作った(異説あり)ものだし、同じフランスの作曲家メシアンも独自の音階を作っています。
 とはいえ、いままでにない音階を使ってで、まともな曲を書くのは結構難しそうですが・・・。