国家機関の女性差別 …奇妙な男たちの大和

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(2015年2月公開)

国の某機関のある装置を開発する仕事において、開発途中で突然、女性を参加させるなという謎の指令が下った話だ.1990年頃のことで、キーワードは"国家機関・海・女性差別"だ.

状況説明
守秘義務があり実名は出せないが、状況が不明だと何が問題なのかわからないので、少し詳しく説明する.

この仕事は、国の某機関が利用する装置をある電気メーカーが製造し、そのソフトウェア部分を私の所属する会社が開発するというものだ.某機関はよく知られた海に関係する組織、電気メーカーは全国各地に工場がある有名メーカーだ.
以下"J機関"(国の機関)・"H電気"(ハードウェア製造)・"S会社"(ソフトウェア開発)という略称を使う.

開発形態は、まず自社で数十人体制で数カ月間の開発をおこなった後、他県にあるH電気の工場へ数カ月間出張してテストと最終開発をする形だ.
H電気にはJ機関で実際に使用される「実機」が設置されている.この装置は銀行のATM端末のようなもので、ある装置を操作する「操作卓」である.複数の種類の操作卓のソフトウェアの製造が我々の仕事だ.操作卓の先には何らかの巨大な装置がつながれ、海に関係する施設で使われるものの様だ.この装置は多分測定器のようなものらしいが、我々は実物は見られず機能も知らされていない.ただ実機棟の奥に巨大な格納庫があるのが見えるだけだ.

ちょっとイメージしにくいので、仮に科学技術関係の測定器とそのコンソール装置とでも思っておいて欲しい.

H電気では開発に工場内の2棟の建物を使う.「開発棟」にあるPCで実行プログラムを作成し、記憶メディア(フロッピー・ディスク)で数十メートル離れた「実機棟」へ運び、実機に読み込ませてテストする形だ.つまり1日に何度も両棟を往復してテスト←→修正を繰り返すことになる.テストは単なる動作確認ではなく、事前に用意したたくさんのチェック項目に記入する厳密なものである.
開発棟は普通のオフィスとあまり違いはなく、PCが何台も設置してあるだけだが、実機棟はパスワード入力式のロックがあり、定期的にパスワードが変更されるという形で厳重に警備されている.

謎の女人禁制
さてそんな状況で地元のS会社での開発を終え、H電気でのテストのため開発陣が大挙して出張し、H電気での開発方法の説明が始まった.
そこでいきなり、「女性の開発者は実機棟へは入れません.開発棟のみで作業してください.これはJ機関の意向です.」と告げられた.詳しく聞いてもそれ以上の説明は一切されない.
片田舎の工場でテストをおこなうだけなので特に男性のみに限定しなければならない危険な環境ではない.もし危険だという理由ならば男性にもその危険の説明をするべきだがそんな説明もない.

開発者の何割かは女性だったし、中にはスキルの高い主力メンバーも含まれていた.そうした開発者が操作卓の実機を見られずに開発を続行せよなどということは、目を閉じたままプログラミングしろと言っているようなものだ.そんな形での開発はとうてい不可能な話で、正気の沙汰ではない.そもそも女性の方が少数だから成り立つだけの話で、もし開発者が全員女性だったら開発を中止せよと言っているのと同じことだ.
それに、理由説明もなくそんな制限を課せられれば、仕事の意欲がそがれ製品の質にも影響する.こんなことでバグが増えた製品を使うことになれば、非常に危険でもあり、結局困るのはJ機関やH電気自身だ.

この程度のことは誰でもわかるはずなのに、H電気の人がJ機関の意向をそのまま了解してしまったのも妙だ.それに、ただでさえ長期出張は労務管理面でも面倒が増すのに、わざわざ出張させておいて現場で業務を制限するというのも不可解だ.
女性の方が多数だったら開発そのものが破綻することも想定できないようでは、危機管理の観点から言っても非常にお粗末な対応で、こんな機関に国の大切な業務を任せておいて良いのかとさえ思う.

撤回要求
あまりにも理不尽な要求で仕事の完遂が見込めなくなったので、当然見直しを求めることにした.しかし最初の内は「少し制限を緩めるが、1回に入室できる女性は1名だけとする」など、相変わらず意味不明な制限を課そうとする.

そこでやむをえず奥の手を使うことにした.この仕事では納期までに全作業が完遂できなければ延長した分だけS会社が罰金を負うという契約だった.それを逆手にとって、契約時には女性だけ実機テストができないという作業条件はなかったこと、あらかじめわかっていれば男性だけでチームを編成することも考えられたが、現時点でメンバーを変更することは不可能なこと、などを訴えて、女性の入室もフリーにするよう求めた.

結局、普段の日々は実機棟への女性の出入りも許すということに変更された.ただし、J機関の人の視察がある間だけは女性は入れないこと、普段女性が実機棟へ出入りしていることは内密にすることなどの条件が課せられた.
何が何でもJ機関の変人どもには男だけで作っているとみせかけたいようだ.あまりにもおぞましい異様な状況だと感じたので、それで妥協せざるをえなかった.

謎を解け
当時、開発メンバーとも話し合ったが、なぜこのような要求がされたのか、いろいろ想像が飛びかった.
著しい危険があるのか、極端に強じんな体力が必要になるか、深夜作業が続くのか、男女の生理機能の違いによる支障があるのかなど考えてみたが、どれも該当しない.もしそのような理由ならきちんと説明すればよいことだ.説明できないのは、よほど非常識な理由だからなのだろう.

そこでこんな意見が出た.
古来、船に女性を乗せると海の神が怒って遭難するなどという言い伝えがあるらしい.まあ、それは危険回避などの理由が伝説化したとも言われているが.
J機関が海に関係する組織だということから、その言い伝えを、海に面してすらいない陸上の工場にまで拡大解釈して女性を排除しているんじゃないだろうか、という推測だ.

結局真相は不明だが、真実がどうであるにせよ、理由を明らかにしないことからも多分この類のふざけた理由なのだろう.
たとえ実際の使用環境では女性が勤務できない施設だとしても、それの開発現場からも女性を排除することに何の意味があるのだろう.公務員であるはずのJ機関の担当者の偏執的なこだわりとしか思えない.

男女平等の理念から、最も性差別を排除しなければならないはずの国家機関が、20世紀も終盤になって性別によって特定の作業への参加を禁じるなどということはとても信じがたく、今でも疑問に思っている.
こんな差別は民間会社向けの開発では経験したことがないし、そもそも違法なのではないだろうか.
しかし、21世紀の現在ですら平気で女性蔑視的な発言を繰り返す国会議員などが後を絶たないのを見ると、国家権力を背景にこういった乱暴な行為がまかり通るような事例はけっこうあるのかもしれない.現在もこのような制限は続いているのだろうか?

戦い済んで...
この仕事はそれほどスケジュールがきついわけでもなく土日はほぼ完全に休めるし、支払いも十分になされて会社から功労賞をもらったくらいだった.
しかし、このような理解不能な体制や秘密主義に嫌気がさしてかストレスに耐えきれなくなってか、男女問わず退職者・他部署への転属希望者が続出した.
これ以降もこの系列(J機関→H電気→S会社)での仕事が続いたが、チームに女性が配属されることはなく、S会社自体も女性の採用を減らさざるを得なくなった.原因が国家公務員の奇妙な信条のためだとしたら、男女雇用機会均等の理念を国家自身が踏みにじっていることになる.

普段の商業活動以外の社会の別の側面での開発に携わり視野が広がったこと、公共的な業務の一端を担うことができたこと、会社へ大きな利益をもたらしチーム全体の社内評価も上がったことなど.本来なら誇りに思って良い仕事だった.
それだけに、ごく一部の国家公務員の変則的な指示、"全体の奉仕者"としての自覚を欠いた不快な要求を押し通そうとする行為が残念でならない.


◆ この事例だけはどこかに記録を残しておきたいとずっと思っていたが、やっと公開できた.