兵器開発とプログラマー …参加を拒否できるのか

トップ > 怪発奇話 > 兵器開発とプログラマー                    ≪前の記事     


(2016年9月公開)

最近、日本の"防衛"に関して、憲法改正や国防軍の検討など大きく時代が動きつつある.そこで兵器開発に関わるプログラマーについて、世間にあまり知られていないが大きな問題点を指摘しておきたい.
それは、兵器関連のプログラム開発に関わりたくないプログラマーがかなり存在するということだ.兵器関連だと知らずに開発メンバーに加えられて、途中で脱落する例を良く聞く.私の経験では、ランダムに要員を集めると数人に一人はそういった事故になる.これは見過ごせない割合だと思う.
兵器開発の是非は別として、こんな実情があることを知って欲しい.
(以下、あくまでも私が経験した範囲でのことだ.)

こんな事件が起きた
まずは私が経験したり同僚や他社の知人から聞いたりした事例をあげよう.(別コラムにも関連事例を書いておいた.)

【プログラマーの脱落】
機械制御系のソフトウェア開発では電機メーカーや機械メーカーなどからの発注も多く、仕事の受注時にエンドユーザー(利用者)が不明な場合も多々ある.そのため、開発の途中で兵器関連の装置だとわかり、「この仕事は兵器開発だ.こんな仕事に関わりたくない」と悩んで、ある日突然出社しなくなったことがあった.
当然他のメンバーも会社も大慌てとなるのだが、このような考えを事前に察知するすべは無い.何日か後に連絡がとれてやっと理由がわかるという次第だ.失踪する前になぜ相談しないのかは疑問だが、相談しにくい何かがあるのだろう.

防衛関係のプロジェクトを1つ終え、その中の優秀なメンバーを次の同様なプロジェクトのリーダーに据えた.しばらくは順調にいっていたが、ある日夜中に呼吸器の発作を起こして倒れた.とても健康そうで事前にはそんな徴候はほとんどなかった.
聞いてみると、前のプロジェクトの時点から防衛関係はやりたくなくて、リーダーになったことにずっと悩んでいたという.結局別のリーダーを立てて続行するしか無くなった.リーダーに指名された時点で拒否の意志を明示しないのが不思議だ.

とりあえずプロジェクトの完了までの仕事は終えたが、今後もこういった仕事が続くことを知り、退職してコンピューター関連とは全く別の業種に転職してしまった人もいた.技術的にも優秀で中心的なメンバーだったこともあり、本人だけでなく会社としても残念な話だ.

【他の問題点】
こういう仕事は内容自体が極秘で、さらにリーダー格のメンバーにだけ知らされ仲間のメンバーには知らせてはいけない情報もある.同じ会社の別プロジェクトのチームとも、家族や友人とも仕事の話はほとんどできない.普段は温厚な人がこういった情報の秘匿に耐えられなくなり、攻撃的になったり自虐的になったりすることは珍しくない.

こういった仕事に関わる際は、発注側(エンドユーザーである防衛庁[当時]など)によって身元調査が行われたり経歴書の提出を要請されることがある.外国人が参加することを避けるためなのだろうか、あるいは何らかの思想団体の一員かどうかを調べるためだろうか.
その際、事前に「外国籍の人は参加できません」と言われるわけではなく、参加要員全員の経歴書を提出せよと言われ、一方的に「この人はメンバーから外してください」と通告される.
人権的にも本人の労働意欲のためにもとても問題だ.外されなかったメンバーにしても、見ず知らずの社外の人間に職歴や学歴まで知られるのは容認できるものでは無い.

このように人事的にも精神的にもトラブルが多いわけだが、会社が無理解だと、「君のチームだけ仕事の放棄や退職者が多い」などと管理者が一方的に責められ、二重に追い詰められる場合もある.結局退職以外の逃げ道がなくなってしまう.

兵器開発は特殊な仕事なのか
上記のような事件が起きたときの開発メンバーの話などから、私の知る範囲で兵器開発に対する心構えを分類してみた.

 A. たとえ災害派遣関連の開発であろうとも、防衛省の仕事は一切拒否する
 B. ちょっとでも兵器に近い仕事はすべて拒否する
 C. 単なる監視装置や防衛専用兵器ならなんとか受け入れるが、人を殺傷する兵器などには関わりたくない
 D. 開発中のプログラムが何に使われるのか考えていない
 E. 仕事である以上どんな装置の開発でも気にならない
 F. 収益性が高いのでやりがいがある
 G. 兵器大好き、兵器開発はぜひ参加したい(笑)
 H. 国を守る仕事なのだから誇りに思う
というような様々な人がいるのが想像できるし、それぞれ一定の割合で存在すると思う.どの考え方が正しいということはなく、多様な考え方を認められる社会が正常だろう.

普通の開発業務でも脱落者がないわけではないが、(私の経験では)兵器開発では通常開発より格段に脱落者が多い.殺傷に関わる装置もあるのは確かで、ある程度の割合の人が拒否することは避けられない.あなたは、銃器やミサイルの制御ソフトのプロジェクトに参加したときに、平常心で仕事を進められるだろうか.
最低限、直接人を殺傷する兵器の開発は、一般業務とは異なる特殊な仕事であるとして、当人の意志を事前に問うことは必要だと思う.

脱落の原因は?
結論から言うと、兵器開発を特殊な仕事ととらえず、通常のソフトウェア開発と同列に扱うため、必要な対策をとらないからだと思う.

1. 相互理解の不足
上記D〜Hのように兵器開発が特別のものだと考えない人からすると、A〜Cのような兵器開発を避けたい人の考えが全く理解できない.そもそもそんな人がいることも想定していない.
そのため失踪などの事故が発生すると、なんとか説得したり脅したりしてプロジェクトに復帰させようとする.しかしこういう考え方は人の人生そのものに根ざしているので、説得して容易に考えが変わるようなものではない.査定に響くなどと脅したりすれば退職を選ぶだけだ.

日本では兵器や軍備についてあまりオープンに語り合う慣習がなく、他人がどう考えているのかを知る機会が少ないのも相互理解を妨げているだろう.

2. 相談しない、できない
兵器開発から脱落する人は、
 戦争は悪 → 兵器開発は悪 → 兵器開発を忌避するのは当然 → 職務を放棄することが善
というような思考過程のようだ.特別な思想団体に属しているというような背景があるわけでは無く、ごく普通の会社員というように見える.ただし「兵器開発を続行している同僚たちは間違っている」という態度も少し見受けられた.

普通の仕事なら、「この仕事には関わりたくない」などと上司に言えるわけもない.当人にすれば兵器開発は「誤った仕事」だと考えているのに、他のメンバーは平気で仕事をしている.そんな環境で上司に相談してもどうせ理解されないと思い、相談もせずにいきなり脱落する…というように思える.

3. 開発環境の特殊性
兵器開発を忌避しているものと、仕事の困難さから逃げているだけのものとの区別が付かないのも厄介だ.
開発すべきソフトウェア自体が全体のごく一部分で、何のためのものかわかりにくかったり、開発工程や体制が未経験で技術的に難易度が高かったり、資料類の管理に厳重さを求められたりと、通常の開発とは異なる配慮を求められる.その上家族や友人にも何も話せない.そういったことに嫌気がさすのと、兵器開発ということ自体への忌避が重なり、「本当は何が嫌なのか」が本人でも良くわかっていないのかも知れない.

どうしたらよいのか
【社会の対応】
昨今の社会情勢や、兵器におけるソフトウェアの比率の増加を考えれば、今後国内での兵器関連の開発業務が増加する可能性は高い.防衛用兵器のみだった時代でも上記のように脱落者が続出したのに、今後は攻撃用兵器やサイバー兵器の開発も行うことになるとすれば、忌避者が増えるのは避けられない.
ただでさえ不足しているプログラマーがこういった"事件"でさらに減ることになることは避けるべきだ.政府も企業も、個人の思想を尊重した上で、兵器開発を忌避するプログラマーの存在をどう扱うか、対応を真剣に考慮すべきだと思う.

こういった仕事に関わる企業では、採用時や人員配置時に兵器開発への意思確認をすべきだ.また、プロジェクトの途中でも継続的にメンタルケアにも気を配るべきなのは当然だ.
兵器開発はしたくないということを誰にも相談しないままでプロジェクトに参加し、途中で脱落されては、まわりのメンバーや管理者の立場からはたまったものではない.兵器開発についての意志を開示しにくいという環境を変え、きちんと意志開示をできるような環境にしておくのは会社としての義務だと思う.

外国の徴兵制度には良心的兵役拒否という制度があるそうだが、プログラマー(に限らずどんな業種でも)にも兵器開発の良心的拒否制度が必要かも知れない.個人的には、殺傷兵器の開発を拒否する権利は、基本的人権の一つとして認めても良いくらいだと思うがどうだろうか.

特定の業種の仕事だけの拒否を認めることは社員のわがままを認めることになり、受け入れられない会社も多いだろう.しかしそれによって結果的に会社が大慌てするはめになるのなら、最初からトラブルを除いておいたほうがよいのではないか.人を殺傷する装置の開発というのはそれだけ特殊な仕事だと思う.

【個人の対応】
これからプログラマーを志す人は、いつどんな会社でこのたぐいの開発業務に携わることになるかわからない.上記のA〜Hのどれに当てはまるか、自分の方針をきちんと確立しておいたほうが良い.
メーカー系、独立系を問わず、会社の規模に関係なくそういったプロジェクトに加わる可能性は常にある.企業への就職の際は兵器開発の有無は確認したほうが良いだろう.

こんな状況になってしまったときにもし会社がとりあってくれなければ、労働基準局やNPO法人などに相談してみるといい…かも知れない (これについては私は責任を持てない).

付記
兵器開発に関わりたくないという人の事例は、検索してもなかなか見つからない.他の業種、特に機械メーカーなども兵器開発の一部を受注する可能性は常にあるのだが、忌避者の問題はないのか、どう対応しているのかが気になるところだ.