第二章〜蠢動〜
「つまんねー授業だったな、さっきのは。」

「ああ、まったく。あの教授どうにかしてくれんかなあ、まったく。普通クビ

やろ、あんな授業じゃ」

「まあ、普通はな。ここ大学やからなあ、あの大沼みたいにいいおっさんでも、

講師扱いで、小林みたいなんが教授ってのが通用するしね」

「まったく困ったもんだ。」

「同感」

  今は昼休み。僕と陽治は一緒に学食で食事中だ。大してうまくはない学食だ

けど、他に食べるところもないから、まあ妥協して食べているってわけなんだ

けどね。ほんとは、清美と一緒がいいんだけど、何しろ山ん中にある大学だか

ら移動がままならなくて、教育学部まで行くに行けないのだ。

  男2人でもそもそと飯を食っている。窓の外を見ると、山ん中だけあってさ

すがに景色がきれいだ。でも、小さく見える街が、ここが山だってことを改め

て実感させてくれて、ちょっとさみしくもなったりするのだが…。

  キャアアアッ!

  突然学食の奥の方から悲鳴が聞こえた。振り向くと、カウンターの近くの人

がまるで熊でも出たかのような形相でクモの子を散らすように逃げる光景が目

に入った。みんなの視線が、そこに集中し、すぐさまキャア、うわああああと

いう悲鳴とともにパニックが連鎖していく。山ん中だから本当に熊でも出たの

か? と思ってそのカウンターのあたりを見たが、別にそんな様子はない。何

だ? 良く見ると、誰かいる。子供か? とも思ったがそうではなかった。緑が

かった肌、長くてつやのあるカギ爪、鋭い目、そして牙。悪魔!? 次の瞬間

そう悟った。いや、悟ったというより、それ以外考えられなかった。そして、

逃げようとしているのだが、体が硬直して動かなくなっていた。

  「あぶなーい」 どこかから声がする。はっとわれにかえる、体の硬直と同

時に意識が一瞬飛んでしまってたようだ。目の前には、逃げ遅れた僕め目掛けて

飛び掛かってくる悪魔がいた。目の前で僕の頭の上くらいまで飛び上がり、長

い爪を振り下ろしてくる。無我夢中でそれを振り払おうと手を挙げる。そして、

その悪魔の爪を交わし、手をつかんで床に叩き付けた。グッギャアア…、ガン

ッ、ドガッ。そして手元にあった折りたたみ椅子で力の限り悪魔の頭をたたく。

  ようやく落ち着いて自分の足元を見ると足元は血の海で、その真ん中にその

悪魔が倒れていた、どうやら、まだ未熟なインプのようだ。よく分からないが、

どうやら僕が倒してしまったらしい。右手に持っていた椅子には、べっとりと

血がついていた。

「正信! 大丈夫か? これは? あの、その 無事か?」

  陽治が後ろから声をかけてくれたが、陽治自身かなり混乱しているようだっ

た。僕も陽治も初めて見る悪魔というものと、それが自分に飛び掛かってきた

という驚きで困惑していた。

  その日の午後の授業は臨時休講になり、警察と報道でごった返していた。そ

して、僕らは保健センターで診察され、気分を落ち着けるため、そこのベッド

でで休んでいた。しかし、気分を落ち着けようとすると、余計にいろんなこと

が頭をよぎっていく。

  さっきは混乱してたからなんとも思わなかったけど、なんであの悪魔を僕が

倒せたんだろう…? いくら無我夢中だったとはいえ、運動神経の鈍さは天下

一品の僕が、あの振り下ろされた爪をかわせたのだろう? いや、かわせただ

けならともかくつかんで叩きつけれたのはなぜなんだろう? そして、何でそ

いつがインプだと分かったんだろう? 見たことなどないはずなのに…。いや、

昔どっかで見たような気もする。いったい僕はどうしてしまったんだろう?

  そんなことばかりが頭の中をめぐっていた。いくら考えても疑問は解けそう

になかった。悪魔を倒せたこと、そして、悪魔が初めてでないような気がした

こと。きっと僕は頭が混乱して、記憶や感覚まで混乱してるんだろう、自分で

そう言い聞かせていた。

「…のぶ、正信!」

「あっ、清美ぃ。どうしたん?」

「どうしたもこうしたも、正信がなんか変なのに襲われたって聞いて飛んでき

たんやないの。心配したんだからあ。 大丈夫なの、怪我とかしてない?」

「う、うん、怪我はないみたい。自分でも不思議だけど」

「……よかった。」

「清美…、心配してくれてありがとう」

  僕の目の前には清美の笑顔があった。僕の手のうえに冷たい雫が落ちたが、

それが清美のものなのか、僕のものなのかは分からない。それ以上言葉はなか

ったが、ここには言葉以上に伝わるものがあった。

  そして、どれくらい時間が経っただろうか? 僕も清美もようやく落ち着き、

周りを見ると、もう保健センターには僕らとセンターの人しか残っていなかっ

た。

「かえろっか、清美」

「うん」

「家まで送るよ」

「…うん、ありがと」

  普段は恥ずかしくて、人前で手もつながないのに、今日は清美が僕の腕にし

がみつくようにして歩いている。本当に僕のこと心配してくれてたんだ、そう

思うとまた涙が出てきそうになった。

「あれっ、また泣いてるの? 泣き虫ま・さ・の・ぶくん。」

「違うよ、泣いてなんて……」

クスッ

  ろくに弁解もできなかったが、目の前の清美の幸せそうな笑顔を見ると、そ

んなことはどうでもよかった。ただなんというかうれしかった、清美と今一緒

にいられることが…。

  こうして、清美を家まで送り、僕も家に戻った。家に着くと親が「大丈夫だ

ったの?」「悪魔だって? 20年ぶりにまた出るのかしら?」とかちょっと慌

ててはいたが、それ以外はいたって平穏な夜が過ぎていった。

  そして、それから2、3日はまったく何事もなく、大学での悪魔騒ぎも落ち

着いていつもの日々が戻ってきたようだった。

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