第五章 〜不安〜

「おっす、獲物は捕れそうか?」

「うーん、今回はちょっと地上に出るのが難しそうやで」

「また今回も見送りかあ、久々に人間が食えると思ったのに…」

「まあ、そう言うなって、もう少しで、地上に出入りしやすくなりそうだから」

「ま、そうやな。もう少し我慢か…」

  辺りは、見なれない荒れ地。草がいろいろ生えているが、茎が太く、とげと

げしい草ばかりで、図鑑ですら見たことはない。いったい、どこだここは? そ

れより、目の前にいるのは、悪魔だ・よ・な。どうして、目の前にいるの? 何

で僕は悪魔と普通に話してるんだ? まるで、友達のように…

  ………

「んーー…はっ。 ハアハア…」

  目が開いて、慌てて周りを見渡してみる。そこは間違いなく僕の部屋だった。

一体なんだったんだ、さっきのは。夢か…? というか夢以外に考え様が無い

よな、見たことも無い景色、植物、そして、目の前に悪魔がいたこと、悪魔と

話していたこと。しかし、妙な夢だまったく。

  とりあえず、のそのそとベッドからはいでる。あてて、体中の関節という関

節が痛い、さらに体がだるく、気分も重い。やはり昨日の出来事のせいだろう

か? でも、背中の傷はあんまり痛いという感じがしないな。まあ、傷は大し

たことはなかったのか…。そういえば、今何時だろう? ふと枕元の時計を見

ると11:05!? えっ、こんな時間? 今日は出席取る語学の授業があるは

ず、うわー単位がー…。

  って、今日は日曜じゃないか、ははは。清美とドライブ行った昨日は土曜じ

ゃないか。語学があるのは明日だった。いやあ、焦って損したな。

  そうだ! 清美はどうしてるだろう? あの後、パトカーで一緒に家まで送っ

てもらったけど、ショックで寝込んだりしてないかな? 僕は受話器をさっと

手に取る。

  ピッピッパ ピポ ププポパ  トゥルルル…トゥルルル  カチャ

「はい、河本ですけど。」

「あ、おはようございます。樟葉ですけど清美さんいます?」

「あ、正信君? おはよう。昨日は大変だったみたいね。清美守ってくれたみ

たいで…ありがとう。」

「あ、いえ…」

「清美ねえ、ちょっと今寝てるのよ。昨日の疲れがどっと出たみたいで、調子

良く無いみたい。まあ、そんな大したことじゃないみたいだけどね。」

「あ、やっぱりそうですか…。それならいいです。ゆっくり休んでと伝えてく

ださい」

「はい、伝えとくわね。ところで、正信君は大丈夫なの? なんとなく、声も

元気無いけど」

「え、そうですか? 僕も疲れのせいか、ちょっとしんどいことはしんどいん

ですけど、まあ、何とか大丈夫ですよ。」

「そう、それはよかった。でも、今日くらいはゆっくりやすみなさいよ。」

「ハハ。そうですね、そうします。それでは…。」

「(えっ、何? 電話出れるの? …) あ、正信君、ちょっと待って。清美が電

話出たいって言うから、ちょっと変わるね。」

「もしもし…正信君、おは、よう。」

「清美!? おはよう。大丈夫なんか?」

「う、うん…、何とか」

「…。とても大丈夫そうじゃないぞ、寝てた方がいいんちゃう?」

「多分、大丈夫。今起きたとこだからよ。それより、正信は体大丈夫なの?」

「うーん、体中筋肉痛みたいだけど、それ以外は大丈夫かな。」

「背中は…?」

「なんかよく分からんけど、特に痛くないよ。ネコに引っかかれたくらいの傷

で済んだんだと思う。」

「…よかった。」

「ありがと」

「昨日は、ありがとう。助かったよ、正信のおかげで。」

「…自分でもよく分からないんだけどね。ともかく、清美が無事でよかっ…た」

「それじゃあ、今日はお互いゆっくり休もっ。また明日の朝だね」

「うん、そうだね。明日の朝、遅れないようにするよ。」

「おくれないでよ。それじゃ、バイバイ」

「バイバイ」

  電話を切ると同時に、僕はベッドの中にまた潜り込んだ。大丈夫とは言った

ものの、体中が痛いしだるいのは確かだ。とりあえず、今日はゆっくり寝るこ

とにしよう…。そうして、再び眠りに落ちた。



  「ふ、ぬーー。 ハアハア」

  朝か…。それにしても今日もいやな夢見たなあ。あんまりいい目覚めじゃな

いぞほんと。

  ほとんど何も無い、白っぽい平地。たたずむたくさんの人影、いや、人じゃ

なかったかな。たくさんの悪魔と、たくさんの翼のはえた人(天使か?)が目

の前で殺しあっていた。でも、それ以上はよく分からない。ただ、雄叫び、爆

音、悲鳴が入り乱れた戦場がそこに広がっていた。そして、その光景は鮮明で

はないにもかかわらず殺し合いは妙に生々しかった。

  何なんだよ、二日も続けて変な夢見て。……きっとつかれてるんだろな、一

昨日あんな事あったばかりだから。って、それより今何時だ!? とけい、時

計! 慌てて枕元の時計をつかもうとしたが、慌てたせいで、弾き飛ばしてし

まった。くそっ、僕はベッドから這い出すと、時計をやっとのことで拾い上げ

た。

7:50 ま、まだ間に合う。ちょっと安心すると、すぐに着替え、いつもの

朝ご飯を食べると家を飛び出した。家を出るとき、新聞を見ていた母が驚いた

顔で何か言おうとしていたが、聞こえなかった。とにかく駅まで急ごう、たま

には清美との待ち合わせに遅れないようにしないと…。そう思いながら、いつ

もの駅へ急ぐ。何か、カメラ等の機材らしきものを持った見慣れない人間が多

数いたようだが、気にしてる余裕はなかった。

  ようやく駅に着いて、改札に駆け込もうとするとき、後ろから声がかかった。

「おはよ、正信。今日は早いね。」

「おう、清美。昨日言ったろ、遅れないって。」

「そうだね、珍しい珍しい」

「なんだよそれ、いつも僕が遅れてるみたいじゃ…」

「おくれてるやん」

「……」

「それより、元気になったみたいだね、清美」

「うん、そういう正信もね」

「おう。元気だよ、僕も」

  二日ぶりに見る清美の笑顔。単に昨日あえなかっただけだけど、何か妙に懐

かしい感じがするな。まあ、元気になって何よりだ。とりあえず、これで普通

に戻れるかな? 悪魔騒ぎしないで済む普通の生活に…。そう思いながら2人

で電車に乗り込む。

  電車の中は、いつもくらいの込み具合で、いつも通りの顔ぶれといった感じ

だった。しかし、僕らを取り巻く周りの雰囲気だけはいつもと違っていた。い

つになくザワザワしていて、周りの人がこっちをちらちらと見ている。新聞や

雑誌で顔を隠しながらひそひそ話をしてるものもいる。さらに、決して空いて

いるとはいえないのに僕らの周りだけ妙に広い空間がある。僕の思い過ごしだ

と思いたいが、これだけはっきりしてると、思い過ごしでもないらしい。

「なんなのよー、まったくぅ」

「分からない、でもあからさまに避けられてるような気がするな」

「……あーっ、いったい何が… あっ」

「き、清美?」

  清美の表情が急変して、驚きの表情になった。何かをじっと見ている。僕も

すぐにその方向を見る。視点の先には、大きく広げられた新聞があった。必死

の形相をした僕と清美の写真があった。その写真には、一昨日のあの悪魔も一

緒に写っていた。『青年が悪魔を殺った!?』 写真の横には、大きくそう書か

れてあった。

  間違いない。一昨日のあの時の写真だ。あれは、僕の頭が半ばぶっ飛んでい

るとき、つまり僕が悪魔とやりあっているときの写真に間違いなかった。巨大

な拳を受け止めているところ、倒れた悪魔に突きを入れるところ、はっきり写

っていた。

「な、何がどうなってるの?」

「そ、そんなことこっちが聞きたいよ」

  なぜかはよく分からないが、あの時誰かに見られた上に写真まで撮られたら

しい。とは言ってもあの時全然人気はなかったが…。しかし、これじゃあ、

僕がまるで化け物扱いじゃないか、どうなってんだよ。

  だからって、確かにあれは事実だし、ここで何か叫んでみたところで、人に

は危ない奴としか思われないだろう。結局どうすることもできず、2人とも無

言のまま神代の駅まで来てしまった。駅を出たところで、

「ま、今日もお互い元気にやっていこう!」

「おう、元気にやろうな」

  そう言って清美はバス停へ、僕は坂道へといつものように向かっていった。

清美は元気に振る舞おうとしてはいたが、やはりいつもの笑顔ではなく、声も

不安そうな感じで少し震え気味だった。きっと清美の方から見たら、僕も同じ

ようなもんだっただろうな。あんな記事見た後じゃあ、仕方ないか…。

  ま、とりあえずいつもの坂を登っていく。

ババババババリバリバリ… プップー

「おっす、樟葉!」

「おう、陽治。ほとんど毎日会うな、この辺で。」

「ハハハ、そうだな。そんだけ生活リズムが似てるって事かな?」

「…」

「なあ、それより樟葉大丈夫なのか? 一昨日悪魔にあったらしいが。怪我と

かしてないか?」

「うーん、まあなんとか。背中引っかかれたけど大した傷ではなかったみたい

やし、大丈夫みたい。」

「おお、それはよかった。しかし、新聞では騒がれてるみたいだな、一昨日の

こと。あのごっつい悪魔をおまえが倒したとか倒さないとか。」

「う、うん」

「まじで倒したのか?」

「うーん、そうみたい。また前の時みたいに、自分ではよく分かってないんだ

けど、半ば無意識のうちに体が動いて、相手が倒れてしまったんだよな、今回

も。」

「ふーん、大したもんだ。ところで、清美さんは無事だったん?」

「うん、何とか無傷。昨日はショックで寝てたみたいだけど、今日はちゃんと

大学も来てるし」

「そうかそうか、それならいいじゃないか。おまえが気にしてるその不思議な

力、役に立ってるやん、彼女も無事に守れたんだし。樟葉前から気にしてた見

たいやけど、そんなん悩むことや無いって。」

「うん、そうなんやけど…」

「何?」

「今朝電車乗ってたとき、周りの人間変な目でこっち見るし、明らかに僕を避

けてるし、まるで化け物がいるみたいに扱われたんや。新聞にあんだけ載るく

らいやから、どこ行ってもそんなんかなーって思うと…」

「……」

「……」

「ま、樟葉、元気出せって。オレがついてるって。後、清美さんも親もついて

るんやろ!」

「うん、ありがと、陽治」

「昔なじみの友達やないか、そんなん気にすんなって」

「ふ、そう・や・な。ま、今日もがんばっていこうか、陽治。というわけでバ

イクの後ろ乗っけて」

「…まったく、立ち直りが早いこと。いいよ、後ろのれよ」

「センキュー」

そうして、いつも通り陽治の後ろに乗っけてもらいいつもの農学部へと向かっ

た。

  教室に入るといつも通りの連中がたむろしていた。教官がいないところを見

ると、今日は無事に間に合ったようだ。

「おっす、中田」

「お、おはよう、樟葉君」

「…なんでいきなり君付けなん? どうかした?」

「い、いや、どうもしないよ、え…」

  中田はそそくさと立ち去った、僕を避けるようにして…。いつもの友達に声

をかけただけんなんだけど、話し方はよそよそしいし、どっか怯えたような声

だった。他の友達も反応はほぼ同じだった。教室のすみでは、時々こっちをち

らちらと見ながらこそこそと話をしてる連中もいる。

  教官が入ってきて語学の授業が始まった。広くない部屋なのに、僕の周り4

メーターほどには、陽治以外誰も座っていない。それより外は結構席が埋まっ

ているという状況だ。僕が避けられていることは疑いようが無かった。昼食の

時も、僕の番の時はレジの人の声が震えていたし、廊下でも僕を見るとみんな

進路を変えたり、壁にぴったりついて道をあけた。テスト情報が無いかと掲示

板を見ると、テストの情報に混じって、

『化け物樟葉! 失せろ!』、『みんなのためだ、どっか行ってくれ』

 と殴り書きされたビラが貼ってあった。陽治はそのビラを見ると、何も言わ

ずにちぎり捨てた。

「さ、テスト情報も分かったし帰るか…」

「…そうだな、帰ろっか」

  そして、僕は陽治のバイクで神代駅まで送ってもらうことにした。本当は、

今日はサークルの活動日だったのだがとても行く気にはなれなかった、という

か行くことができなかった。授業の時と同じで避けられそうで、そして、清美

も陽治もいないから、孤立してしまいそうで怖かったから。

  そう言えば、あの写真には清美も写っていた。清美の友達も、僕と清美が付

き合ってるのを知ってる人は多いはず。清美は、なんか言われたり、避けられ

たりしてないんだろうか…。僕のせいで…

  ああ、どうしてこんな事になってしまったんだ? 何が原因なんだ? 僕の周

りでなんでこんなに悪魔騒ぎが起きるんだ? 僕が何をしたっていうんだ? 悪

魔に狙われるようなことなんてしてないぞ、それに、みんなから恐れられ、避

けられるようなことなんか何もしてないぞ! 誰かを脅したり、怪我させたわ

けじゃない。ただ不条理に、悪魔に襲われたから無我夢中で抵抗したら悪魔が

倒れた、それだけじゃないか。

「なあ、陽治。何で僕が不思議な力持ってるってだけで、みんな僕を避けるの

かなあ」

「ん、うーん。なんて例えればいいかなあ…。例えば友達の中田がマシンガン

肩に担いで大学来たとしたら、どう思う?」

「そりゃ、物騒だな。撃たれないと分かってても、あんまり近づきたくない気

がするな。たとえ、銃をこっちに向けなくても、弾丸が入ってなかったとして

もね」

「樟葉、君の場合もそれと同じようなもんさ。」

「えっ?」

「マシンガンを、樟葉の持つ不思議な力に置き換えたらどうなる?」

「中田がマシンガンじゃなくて悪魔すら殺せるような力を持ってたとしたら…。

やっぱり同じように近づきたくはないかな…。そんな力があったら、銃で撃つ

くらい簡単に人を殺せるはずだし。」

「周りから見たら、爆弾やマシンガン抱えて歩いてる物騒な人間も僕も同じっ

て事か…」

「もちろん、それは樟葉のせいじゃないけどな。そんな程度のもんだ、人間っ

て。自分が大切だから、自分に危険が迫らないように必死なんだよ、周りの人

は。」

「……」

「周りの連中だって好きでやってるわけじゃないだろうからな。樟葉がいくら

叫んでみても、俺が弁護してみても、たとえ樟葉が人を傷付けるような奴じゃ

ないと、周りが分かってくれても、ひょっとしたら暴発するかもしれないとい

う不安は消えないだろうしね。別に誰が悪いってわけでもないだろうなこれ

は。」

「……グッ」

「泣きたかったら泣きな。何なら少しオレの下宿寄ってくか?」

「あ、…ああ。」

  陽治のバイクは神代駅を通り過ぎ、隣の神代表参道駅の方へ向かっていた。

その駅の南に少し行ったところに陽治の下宿がある。今日は、そこでしばらく

休むことにした。昼間っから酒をのみ、思いっきり泣いた。何の話をしていた

か、自分でも何を言っているか分からない。ただ、しばらく泣きわめいていた。

本当は清美に会いたかったが、一昨日の件といい、今朝のことといい、迷惑や

心配かけっぱなしの彼女をこれ以上不安にさせるようなことはできない。今会

ったら、より一層泣きわめいてしまって、清美を不安にさせてしまうことは疑

いなかった。

  どのくらい時間が経っただろうか? 窓の外はややオレンジがかった暖かな

赤色に染まっている。もう夕暮れか…、そろそろ帰らねば。

「樟葉、帰るのか?」

「ん、ああ。もう夜だしな。さすがに帰らないと」

「そっか、まあそれじゃ気ぃつけてな。」

「うん、今日はありがと。ちょっとだけ落ち着いたよ。」

「それは、よかった。…それじゃ。」

「それじゃ、また明日。」

  僕は、陽治の下宿を出ると神代表参道駅から電車に乗り家に向かった。朝と

同様、やはり僕の周りには妙に広い空間が広がっていた。

  ほどなく家に着いたが、親には、今日のことは何も言わなかった、いや、言

えなかった。家の中は、親はいつも通りなんだから、いつも通りにしていれば、

いつもの穏やかな家の中なのだ。余計な事言って、両親に迷惑かけたくなかっ

たし、せっかくの落ち着ける場をかき乱したくはなかった。実際夕食の時も、

それ以降もいつものように穏やかだった。混乱してた気持ちも、徐々に落ち着

いてきた。でも、きっと明日になったら頭が痛くなるんだろうなあ…。とりあ

えず、部屋に戻って寝ることにした。

  トゥルルルル、トゥルルルル ピッ

「はい、樟葉です。」

「あ、樟葉君? 木下ですけど」

「涼子先輩!?」

「樟葉君、一昨日は大変だったみたいね。今日サークル来てなかったから大丈

夫かなあって思って電話したんだけど、その声の感じだとあんまり調子良く無

いんじゃない?」

「いえ、そんなことないですよ…。一昨日大した怪我はしなかったし、もう体

はぴんぴんしてるし。」

「でも、気分的に、あんまりよくないんじゃないの?」

「……う、うん。ちょっと…」

  僕は、涼子先輩に、一昨日のこと、そして今日あったことをすべた話した。

悪魔に会ったこと、また倒してしまったこと、今日みんなから恐れられ、懐疑

の目で見られ、避けられたこと。化け物騒ぎに清美まで巻き込まれたらしいこ

と…。

「ねえ、樟葉君。それは樟葉君のせいじゃないよ、だから自分を責めちゃだめ。

樟葉君は、無意識ながらちゃんと清美ちゃんを、守ったじゃない。そして、精

一杯のことをやったんじゃない。樟葉君が巻き込んだわけじゃない、マスコミ

がかってに騒ぎ立てたんだから。それと、そのうちみんな分かってくれるよ。

今はみんな悪魔に怯えてて、他人と違った力を持つ樟葉君まで恐れてるだけ。

悪魔騒ぎも収まって平和になれば、みんな気にしなくなるよ。焦らずに待とう

よ、今は。」

「う、うん。ありがとう、涼子先輩。そうだね、少し待ってみる。」

「そして、もちろんだけど、私は樟葉君の味方だからね。人と違う力があった

って無かったって樟葉君は樟葉君なんだからね…。 それじゃ、バイバイ、元

気でね」

「(グッ)…あ、ありがとう…、涼子先輩」

  カチャッ ツー、ツー

  グッ…グスッ ハアハア  ウワァー

  電話を切ったとたん、堰を切ったように涙が出てきた。電話中は、必死でこ

らえていたが、今はもう止まらなかった。運命の皮肉さを、自分の無力さを嘆

いて、そして、涼子先輩の優しさがうれしくて、どうにも止まらなくなってい

た。こんな僕でも、まったく変わらず好きでいてくれる清美、周りの友達に避

けられるかもしれないというのに、今まで通り僕に接してくれる陽治、そして、

どんな時もいつも通りにあたたかく接してくれる両親。

  僕を恐れて離れていっても、まったく不思議じゃないのに僕を今まで通り支

えてくれ、応援してくれる。ありがたいよ、ほんと。僕は、人からちょっと避

けられたり、恐れられたりしただけで、こんなに落ち込んで乱れてるのに、み

んなはそんないつ暴発するかも分からない危険なはずの僕を信用してくれて、

支えてくれてるんだ。危険なだけじゃなくて、僕に関わることで、自分自身も

人から避けられるかもしれないというのに…。…ありがとう。

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