第七章 〜決断〜
第一部『告白』

「…ぶ、正信…」

  僕は清美の声でようやく目を覚ました。重い瞼をゆっくりとあげると、僕の

顔を心配そうに覗き込む清美の顔が目に入った。

「正信! 大丈夫なの? 無事なんだよね!…」

  僕の頬に冷たい滴が一粒落ちてきた。そしてその直後、僕の体の上に清美が

おいかぶさってくきた。

「いくら呼んでも反応しなかったんだからぁ…、もうこのまま目を開けないん

じゃないかって、すごく不安だったんだから…」

  僕の上で泣きじゃくる清美の背に腕を回し、そっと抱きしめた。あったかい

…、今はいつになく清美の体温があったかく感じる。そのあったかさが、僕を

すごく落ち着いた気持ちにさせてくれる…。

  ふと目線を上に向けると、白地にパステルカラーで模様の入った天井が目に

入った。僕の家の天井でないのは間違いない、でもこの天井は見覚えがある。

確かこの天井は…、そう、清美の部屋だ。なぜ清美の部屋に? しかも、僕は

今ベッドの上で横になっている…。何とか記憶をたどってみる…。

  たしか、教育学部の上の公園であの悪魔ティーリッシュに会って、殴って追

い払おうとしたら逆に奴に捕まって、そしてそのまま意識を失って…。あれか

らどうなったんだろう? ティーリッシュはどうしたんだろう? 清美には何も

しなかったんだろうか? あっ!

「清美! 清美は大丈夫なのか? あの時、ティーリッシュ、いや、あの悪魔に

なんかされなかったか!?」

「えっ、私?」

  清美は驚いたように顔を上げた。まだ目は潤んでいて、頬のあたりが少しぬ

れていた。

「私は、大丈夫だったよ。なんでかは分からないけど、正信が倒れた後、すぐ

私たちに背を向けてどっかへいってしまったんよ。だから私は大丈夫。」

「そうやったんや、ほんと無事でよかった…」

(ティーリッシュ…、僕に気を遣ってそっとしておいてくれたんやね、ありが

とう。)

  ふとそう思って嬉しかったのと、清美が無事で嬉しかったのとで泣きたい気

持ちになってきた。僕は無意識のうちに清美を抱きしめる腕に力を入れていた。



「あ、清美。そういえば、どうやって僕をここまで運んだん? 確か倒れたん

は教育学部の上の公園だったはずやけど。」

「あ、あの後、正信が倒れちゃったんで慌てて救急車呼んで、病院行ったんよ。

でも、お医者さんには『特に異常はありません。軽い貧血か脳震盪ですよ。』

って言われたから、とりあえずお母さんに車で迎えにきてもらって、私の部屋に

運んだの。本当は、正信の家まで送ろうと思ったんだけど、留守だったからこ

こに運んだんよ。」

「そうやったんや、ありがとう清美」

「ううん、当然のことじゃない。」

  そういえば今何時ごろだろう…? 壁に掛けてある時計にふと目をやると7

時47分。もうこんな時間か、夕飯時だから迷惑にならないようそろそろ帰ら

ないと…、僕の過去のことは、明日にでも話せばいいか…。

  僕は片腕をついてゆっくりと体を起こしてみる。幸い、怪我はしてないらし

く体はいつも通りに動いてくれた。

「清美、今日はほんとにありがとう。まだ目が覚めたところだけど、時間も時

間だしそろそろ帰るわ。」

「えっ、帰るの?」

「うん、だってもうこんな時間やん。清美も晩ご飯まだなんやろ。」

「ねえ 正信、うちでご飯食べていかない? 今日は正信の家誰もいないんでし

ょ?」

「ああ、いないけど…。でもいいのか?」

「うちも今お母さんと私しかいないんよ。うるさいお父さんもいないから、た

まにはゆっくりしていきなよ。」

「んー、じゃそうさせてもらおうかな…」

  こうして、僕は夕飯によばれて、3人で食事をとった。適度に会話も弾み、

穏やかな時間だった。清美のお母さんは、僕のことを別に化け物扱いしたり、

避けたりするような感じはしなかった。それどころか、一連の騒ぎに巻き込ま

れた僕のことを気遣ってくれたり、これからも清美のことをよろしくねと言っ

てくれたりもした。



  夕飯の後、僕はまだ清美の部屋でベッドに腰掛け、たあいもない話をしてい

る。帰ろうとしたのだが、「たまには、ゆっくりしていきなよ。まだ、話した

いこともあるし」と清美に引き止められたのだ。

  ふと話が途切れて、沈黙が辺りを包んだ。僕と清美は肩を寄せ合いお互いに

もたれあう。少しの間二人の間を穏やかな静寂が包んだ。その静寂をそっと破

ったのは清美だった。

「ねえ、正信。私に何かできることない?」

「えっ?」

「正信、最近見ててすっごい疲れてる感じがするんよ。私の前では結構元気そ

うにしてるけど、顔色もあんまりよくないし、いつもの活気がどこか欠けてる。

物騒な悪魔には逢ったり、周りの人に避けられたり、なじられたりして、この

ままじゃ正信壊れちゃいそうだもん」

「清美…、僕は大丈夫だよ。清美が、今でも僕を好きでいてくれて、応援して

くれて、気遣ってくれて、僕のためにめいっぱいしてくれるから、壊れたりし

ない…。ありがとう、ほんとに」

「でも、このまま騒ぎが続いたら、ほんとに正信壊れそうな気がして…。私、

大した事はできないかもしれないけど、精いっぱい正信を守るからね。」

  うわずった声でそう言うと、清美の手が僕の背中に回り、強く抱きしめてき

た。僕も清美の背に手を回してそっとだきしめる。ずっとこうしていたい、帰

りたくない。ふとそんな衝動に駆られた。

  さっき、清美には大丈夫とは言ったものの、確かに清美の言う通りだ。ここ

2、3日というもの、一歩外へ出れば、避けられ、影でなじられる。清美や陽

次がいないところでは、僕一人分の居場所すらない。清美や陽次がいなけりゃ

絶対に壊れてしまう。こんな状態は、これからも続くだろう。いや、悪魔騒ぎ

が続けば、もっとひどくなるかもしれない…。そういえば、清美は大丈夫なん

だろうか…?

「なあ、清美。清美は大丈夫なのか…? 僕と付き合ってるって事で、巻き添

えくって周りからいろいろ言われたり、避けられたりしてるんじゃないか?」

「おせっかいな事言ってきたり、陰口言ってるのとかはいるみたいだけど、大

した事はないよ、ほんと。分かってくれる友達もいるし、全然平気。」

「そうか…。それならよかった、でもごめんな、僕のせいで」

「何言ってるんよ。正信のせいじゃないじゃない…」

「……」

  確かに、僕のせいじゃないといえば、僕のせいじゃない気もするけど…。こ

の悪魔だったころの力がなけりゃ、今ごろ二人とも死んでただろう。でも、こ

の力のせいで悪魔が寄って来たのかもしれない。もしそうだとしたら…。僕は

ここにいないほうがいいのかもしれない。

  ともかく清美には、事情を説明しておかないとな。僕がこれからどうするに

しても、どうなるにしても。たとえ、僕が悪魔だったことを知って、清美が僕

から離れてしまうことになっても…。



「清美、ちょっと話しておかないといけない事があるんだけど」

「えっ、なに?」

「さっき、あの悪魔に会った後、すごく大事なことを思い出したんや。僕のこ

の化け物じみた力の理由も、何であのティーリッシュとかいう悪魔が僕らの前

に現れたのかってことも分かった…。信じてもらえるかわからんけど、僕、昔

…」

「昔…?」

「昔…、人間『樟葉 正信』として生まれる前は、悪魔やったんや」

「……」

  あたりを一瞬の沈黙が包んだ。清美は、いきなりのことに唖然とした顔で僕

の顔を見つめている。

「あ、悪魔…?」

「う、うん……。」

  僕は、清美に一通りのことをかいつまんで、何度も詰まりながら話した。2

0年前、悪魔だった自分が、瀕死の状態でこの世界に紛れ込んできて、まだ胎

児だった『樟葉 正信』という人間と融合したこと。そして、昔の記憶を無く

して人間『樟葉 正信』として今まで生きてきたこと。僕の化け物じみた力は、

悪魔だったときの力のなごりだということ。さっき会った悪魔は昔の仲間で、

僕を探しに来たらしいということ。で、それらすべての記憶がついさっき戻っ

たこと…。

  果たしてちゃんと説明できたかどうか、清美がどういう反応をしたか、いっ
  
たいどんな風にしゃべったか自分でもよく覚えていない。ただ、「清美には言

っておかなければ」と思って、必死にしゃべっていた。

  一通り言おうと思っていたことを全て、いや、緊張でいくつか言えてなかっ

たような気もするが、一通りしゃべり終わって、一息ついてあらためて清美の

顔を見た。ちょっと困惑したような、不安そうな表情で相変わらず僕をじっと

見つめていた。

「ねえ、正信。まだ何がどうなってるのか、はっきりとは分からないけど、正

信が昔は悪魔だったって、そしてその時の記憶が今戻った、ってことだよね。」

「うん。そういうこと」

「ねえ、その昔の記憶が戻ったせいで、正信変わっちゃうの…?」

「え…? ううん、多分あんまり変わらないと思う。」

「本当?」

「うん、多分…。」

「…よかった。正信が昔悪魔だったかどうかなんて、どっちでもいい。ただ、

そのせいで正信がどっか遠くへ行ってしまったり、変わってしまったりしない

んなら…。」

  清美の顔から困惑が消え、いつもの笑顔が戻った。同時に僕の中で、一気に

不安と緊張を押しのけて何かが込み上げてきで、全身を駆け巡っていった。

「大丈夫だよ。記憶が戻っても、僕は僕に変わりないから…。好きだよ、清美。」

「私も好きよ、正信。ちょっと安心した。」

  体の中込み上げてきて駆け巡る感情に、突き動かされるまま清美を強く抱き

しめる。それでも、この感情は抑え切れず目から口から次々と溢れ出していく

…。

「清美…清美…」

  より一層清美を強く抱きしめた。清美もそれに応えて、僕を包み込むように

抱きしめてくれる…。



  しばらく、いやかなりの時間がたっただろうか…。不安だったり、嬉しかっ

たり、いろんな方向に暴走していた僕の感情も収まってきた。そういえば、今

何時だろう…? 壁の時計に目をやると…もう既に10時52分になっていた。

僕は、いったいいつまで泣いてたんだ? もうこんな時間じゃないか。清美を

抱きしめていた腕の力を少し抜いて清美の顔を横から覗き込んだ。頬はまだ濡

れているが、瞼が閉じかかっていて、寝ているような感じもする。かわいい寝

顔だ…。

「清美、起きてる?」

「え、うん。」

  清美が、そっと顔を上げる。起きてはいるみたいだが、瞼が少々下がってい
  
る感じがする。眠さゆえか、泣き疲れたせいかは分からない。

「もう11時前だし、さすがにそろそろ帰らないと」

「えっ? もうそんな時間!? さすがに、もう遅いね」

「それじゃあ、僕帰るね。おやすみ、清美。」

「おやすみ、正信。また明日」

  僕は清美にそっとキスをして立ち上がる。清美に軽く手を振って部屋を出て、

今は誰もいない自分の家へと向かった。

第二部『混迷』

  清美の家からまっすぐ自分の家に向かう。さすがに夜も遅く、道にも道沿い

の住宅地にも人影はない。静まり返ったマンションやアパートの狭間の道を、

月明かりを頼りに歩いている。顔を上げると、雲一つないような澄んだ夜空に、

わずかに欠けた丸い月と無数の星が僕を見つめている。

  昼間の、冷たい視線、恐れながら傍らを通り抜けていく人、よそよそしい空

気、視界の片隅で陰口をささやく姿…。それらすべてがここにはない。すべて

から開放されるひととき、わずかな休息。このまま夜が明けなければいいのに

…、そんな思いも頭の中をよぎった。まあ、とりあえず、風呂に入ってゆっく

り休もう。そう思い、歩くペースを少し上げた。

  まもなく誰もいない我が家に着いた。親がいないことを除けば、いつもと変

わらない家が目の前にある。でも、今日は誰もいないせいか、物寂しい空気が

漂っている。門をそっと開けて、家の敷地に入る。そして、玄関の扉を開けよ

うとして僕は凍りついた。

「失せろ、化け物! 悪魔どもを連れてどこかへ消えろ!」

「全て、お前のせいだ! お前が悪いんだ、悪魔もこの騒ぎも…恨んでやる! 」

  と大きく殴り書きされた紙が、扉に張ってあり、門灯に照らされていたのだ。

僕は動くことも出来なくなり、少しの間張り紙を見つめていた。

  ついに家まで…。やがて、我に返って体が動くようになると、おもむろに張

り紙を引き剥がし、バラバラに引き千切った。しかし、張り紙を引き剥がした

下には、血のように真っ赤なペンキで「死ね、化け物!」とはっきりと書いてあ

った。

  その一言が、僕の心を谷底に叩き落とした。魂が体から抜けていくような脱

力感が全身にみなぎり、めまいがした。足に力が入らず、倒れそうになって思

わず扉に手をついた。

  ハァハァ…  僕が何をしたって言うんだ、なぜ…

  僕は、魂の無い抜け殻のように、扉にもたれかかっていた。何も考える気に

なれない、体は自分の体じゃないと思えるほど重い。いくばくかの時が過ぎた。

「いつまでもここにいても仕方ない」

  そう思って、壁に手をつきながら、重い体を引きずって家に入っていった。

入り口の鍵をかけることも忘れ、夢遊病者のごとくふらふらと階段を上り自分

の部屋へ向かった。

  部屋の扉を開けると、2、3歩ふらふらっと足をもつら背ながら歩きベッド

に倒れ込んだ。

「とにかく、眠ろう…。もういやだ、こんな日々。明日なんて、こない方がい

いのかも…」

  ベッドに倒れ込むと、わずかに安心感が戻ってきた。やっと開放された…、
  
  そう思うと一気に眠くなってきた。眠気はどんどん増していき、眠りに落ち

そうになった時、昔の記憶が頭の中をめぐり始めた。



  頭の中に、懐かしい草原のイメージが広がってゆく。草原に転がる岩の上に

座る僕、傍らで狩りの話をしてくるティーリッシュ、そして僕の顔をなでるよ

うに吹き抜けていく風。狩りと狩りの間の平穏なひととき。

  弱肉強食の世界ではあるが、捕食する側の僕らにしてみれば、快適な世界だ

った。獲物が取れなければ飢え死にするし、獲物を取り合って争ったりするこ

とはあるが、いじめも嫌がらせなどは全く無い。みな生きることに純粋で、獲

物を追ったり、逆に追われたりしながら必死で生きている。

  本来、悪魔は単独で生きるものなのだが、出来損ないの僕は独りでは生きら

れず、同じように出来損ないの悪魔ティーリッシュ達と群れていた。共同で狩

りに出かけたり、取れた獲物を分け合ったり、時には宴会もした。他の悪魔と

争った時もあったが、ティーリッシュとの連携プレーで何とかその場をしのい

だりした。

  そんな記憶が、鮮明な音と映像になって頭の中を流れていく。



  懐かしいな…帰れるものなら帰りたい。そうだ、ティーリッシュがこっちへ

来てるってことは、僕が向こうへ帰ることも出来るはず!。…でも、向こうの

世界に清美は連れて行けないか。でも、ここの世界で生きていく自信ももう無

い。

  やっぱり向こうに帰った方がいいんだろうか? 僕がいなくなれば、清美も

僕に対するいやがらせに巻き込まれることもきっとなくなる。清美に余計な心

配もかけなくて済む。今しばらくは辛いかもしれないけど、最終的にはその方

がいいのかな。このまま、こっちの世界でぼろぼろになるくらいなら…。

  ああぁ…、頭が痛い。とにかく今は寝よう、寝るんだ…。そして、僕はすぐ

に眠りに落ちていった。



  何事も無かったのように朝を迎える。窓から入ってくる陽の光は眩しく、天
  
気がいいことを僕に告げている。いつもなら、寝ぼけながらも楽しい(?)1

日が始まるという実感がある。でも、今日はいやな感じしかしない。外に出れ

ば、避けられ、睨まれ、影でののしられる。外で僕の居場所はない。天気がよ

ければよいほど、外をうろつく人の数が増える。より一層出歩けなくなる。

  幸い、今日は土曜日、大学は休みだ。親もまだ帰って来ないし、なんか気分

もよくないから家でゆっくり休むとするか…。

  とりあえず、ベッドから体を起こし、もそもそと着替える。ベッドから出た

のに、瞼が重く目にのしかかり、視界がいつもより狭い。多分、昨晩の疲れが

残ってるのだろうな。

  あの殴り書き親が帰ってきて見たらどう思うかな…。このまま騒ぎが広がれ

ば、両親も、陽治も、そして清美も今以上に巻き込んでしまいそうだ。僕のせ

いなのかな…、僕が化け物じみてるから!? それだけでみんなが僕を避け、

忌み嫌うの? 何も悪い事してないのに…。そして、僕がいるせいで、僕の周

りの大事な人が巻き込まれていく。

  だったら、僕がどこかへ、僕とティーリッシュの故郷へ行ってしまえば、僕

も忌み嫌われずに済むし、みんなも、巻き込まれずに済む。みんなと、清美と

離れたくはない、でも、このままじゃ駄目だし…。やっぱり僕は去った方がい

いのかな…。

  ベッドに腰掛けて着替えながら、そんな事を考えていた。頭の中はまだボー

ッとしている。体は何とか動いてはいるが、昨晩からずっと重いままだ。何も

する気が起きない。窓から、何やら子供の楽しそうな騒ぎ声が入ってくる。無

邪気でいいな、子供は…、でも、僕が出ていったら逃げていくんだろうな…。

  ああぁっ  とにかく今日は寝ていよう。そう思って再びベッドに入ったその時

  トゥルルルル トゥルルルル トゥル…  ピッ

「はい、樟葉です」

「あ、正信!? おはよっ」

「あっ、清美!? おはよ」

「…正信、なんか元気ないね。大丈夫? 疲れてるんじゃない?」

「え、あ、うん。ちょっと気分がおもわしくないんや。」

「やっぱり、この連日のことで疲れてるん?」

「うん…。それに昨日、家帰ったら扉に『化け物、死ね!』とか書かれてて、

嫌がらせも、ついに家まで来たんやなあって思うと、気力もなくなって…」

「家の扉に……。」

「清美、僕どうしたらいいんやろう? どうすれば一番いいんだろう?」

「…ごめん、分からない。でも、私なりに出来るだけのことはするよ。私はい

つでも正信の味方だもん。だから、いっしょに頑張ろう? これからどうなる

か分からないけど、できるところまで、頑張ってみようよ?」

「…うん、ありがとう。でも、自信ないよ、もう…」

「正信…」

「ねえ、清美。僕、昨日から考えてたんだけど…、向こうへ帰った方がいいか

なって気がしてるんだ」

「向こう!?」

「うん、向こう。悪魔ティーリッシュのいる、もう一つの故郷に…」

「えっ……。急に、そんな…」

「このままこっちにいたら、ぼろぼろになっていくだけだし、それに清美をも

っと巻き込んでしまう…。いっそ、僕が向こうへ帰ってしまえば、騒ぎも収ま

るし、清美もこれ以上巻き込まれなくて済む。」

「…私は大丈夫。それより、正信と離れたくない。何とかこっちに居ようよ! ね

え…」

「僕だって、僕だって清美とは絶対離れたくない! でも…」

「……」

「ね、その話は置いといて、明日どっかでかけようよ。そうだ、またあの海に

行かない? きっと気分転換になるよ…」

「…うん、いいね。海、行こうか。それじゃ、明日の朝10時に迎えに行くね」

「うん、10時ね。待ってる。晴れるといいね」

「うん、それじゃあまた明日。今日はゆっくり休むことにするよ」

「それじゃあ、明日ね。ゆっくり休休んでね、正信。バイバイ」

「バイバイ」

  電話を切ると、再びベッドに倒れ込んだ。でも、さっきより心なしか落ち着

いた気がする。不安な気持ちは全然変わらないけど、清美と海へ行くって予定

ができて、その事で少し気が紛れたのだろうか。まあ、何にしろ今日は寝るの

だ、明日海へ行くのに備えて…。

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