雪の日の怖い話

「わぁ〜、ゆき!」
 ビバップ号の窓から、雪がしんしんと降っているのが見える。
 エドがうれしそうな顔をしながらリビング中を走り回っていた。
「そんなに嬉しいのか、エド?」
 盆栽の手入れをしながらジェットが言うと、
「エド、ゆきをみるの、はじめて」
「そうか、おまえは雪降らんところにいたんだな」
「うん」
「雪が降ったぐらいで、騒ぐなよな・・・」
 スパイクが氷のうで頭を乗せながらリビングに現れた。どうやら風邪を引いているようだ。
「スパイク、こっちへ来るな」
 ジェットが野良猫を追い出すように右手で払うと、
「ジェット、元はといえばアンタから貰ったものだぜ」
 と言いながら、スパイクは大きくクシャミを連発しながら自室へと戻っていく。
「全く面倒を起こす奴だ」
 とつぶやきながら、ジェットが盆栽の手入れを再開する。
 しばらくすると、窓の雪を眺める。
「ねえ、ジェット、ゆきをながめてどうしたの?」
 エドがジェットの顔をじっと見つめて質問すると、
「いや、ちょっと気になったことを思い出してな」
「きになること?」
「こうやってビバップの窓から雪を眺めてみると、何か割り切れなかったことを思い出すんだ。聞きたいか、エド?」
「うん、エド、ジェットのはなし、ききたい」
「そうかそうか、そうだな・・・。」
 ジェットは昔話をし始めた。

 ジェットがまだISSPの警官だった頃だった。
 故郷のガニメデの天気は雪だった。
 仕事が終わり、自宅に帰ろうとしたその時、一人の少女に出会った。
 肩まで伸びた黒い髪に着物とよばれる服を着ていた。昔の本で見た地球の日本の人形のようなかわいらしさと気品さが漂わせていた。
「どうしたんだ、こんな寒いところで一人で・・・」
 ジェットが声をかけると、少女は虫のような声で、
「た・・・す・・・け・・・て・・・」
 少女を背中に乗せて、ジェットが走り始めた。
 少女の指示どおりに走り続けると、ジェットは背中にふと寒気がした。まるで服が湿っているかのような冷たさだ。
「おい、次はどこへ行けばいいんだ?」
 ジェットが振り向くと、少女の姿はなかった。
「・・・・・・」

 翌日、ジェットはパソコンで何かを始めた。
 これまで警察に捜索願を出した失踪者のデータを引き出しているのだ。
 だが、そのデータの中には昨夜出会った少女のデータは見つからなかった。
 あれは幻なのかと思い悩んでいたその時、ドネリーに声をかけられた。
「どうした、ジェット?」
「いや・・・実は・・・」
 ジェットが昨夜起きたことを話すと、ドネリーが何を思い出したのか、
「そういえば、ある資産家の未亡人が、嫁入り道具として運ばれた『人形』のことを思い出したんだ。しかも『生きた』ままだ」
「生きた人形だと?!これじゃ立派な誘拐拉致じゃねえか?」
「その辺りを調べてきたが、その少女に該当するものが見つからないんだ。どうやら人身売買で売られたらしいが・・・」
 ジェットはコートと帽子を片手に出て行った。
 これは一体どういうことだとジェットは走り続ける。
 あの少女が虫のような声で助けを呼んだのは、このことかと思い始めた。
 少女が消えた場所に着くと、ジェットは声をあげた。
「おい、どこにいるんだ?」
 辺りをキョロキョロと見回すと、少女の姿は見当たらなかった。しばらくして目の前で少女が姿を現した。昨夜と同じ服装をして、昨夜と同じようにジェットに助けを呼んだ。
 少女を背中に乗せて、ジェットが走り始める。
 昨夜のように、少女の指示どおりに走り続けていくと、背中が湿り始めた。
(そこで振り向くと、手がかりをなくしてしまう・・・)
 ジェットは振り向かずに少女の指示された通りに走る。

 しばらく走り続いて、ようやく目的地に辿り着いた。
 目の前には、豪邸が建てられていた。
 呼び鈴を鳴らしても、反応がなかった。
 そこでジェットは、IDカードを呼び鈴の隣のカードリーダーに通す。ドアが自動的に開いた。
「もう、大丈夫だ」
 ジェットが振り向くと、少女の姿はなかった。
 豪邸のあらゆる場所を探してみたが、少女の姿どころか、未亡人の姿もなかった。
(まさか・・・)
 ジェットは思い出した。少女が濡れている状態になっていたのを。
 庭園に向かうと、昔の本に掲載されてあった日本の井戸があった。
 そこには長い黒髪の少女が縄で縛られていた。
「おい、俺に助けを呼んだのは、お前か?」
 少女はコクリとうなづいた。その体は骨に見えるほどかなり痩せていた。
「今すぐ助けるからな」
 と言いながら、ジェットが少女を抱えて、拳銃で縄を切りかかると、バッチャーンと水音が耳に届いた。
 携帯電話で仲間を呼び、レスキュー隊と消防隊を呼んだ。
 少女は救急車で運ばれ、未亡人は井戸の中から死体として引き上げられた。

 その後で調べてわかったことは、その少女は9年前に闇ルートで人身売買として売られたことがわかった。
 アステロイドで数多くの孤児達が誘拐され、数多くの資産家達との間で人身売買されていく事件はあったが、その少女が被害者の一人だと思うと、何とも言えないほどの悔しさとそんな事件を許した裏社会に対する怒りが込み上げてきた。
 少女が病院に収容されてから一ヶ月の間で、少しずつ食事が取れるようになり、少しずつ元気になった。
 一方、死体として引き上げられた未亡人の司法解剖の結果、死因は心臓麻痺だった。
 病室を訪ねて、少女に事情を聞いたところ、
「あのメスブタは私のことを『人形』としか扱っていなかった・・・。私がだんだん成長してこれ以上大きくならないように、あのメスブタは私の体中を縛った。食事をあまり与えてくれず、だんだん小さくなっていくうちに、あのメスブタは怯えていった・・・」
「あの時、俺が助けてくる前にあの場所で何故あんなところに?」
「あのメスブタは、冷たい水にさらすことによって、私の体を小さくしていこうと思って、井戸に縛り付けた。だけど、誤って井戸の中に落ちしまったのよ。いい気味だわ。あんな醜いメスブタがあっけなく死んでしまうとはね・・・」
 少女は高らかに笑った。
 その時、ジェットは顔を青くして、思わず後ずさりした。
(俺は、あの少女を助けたのが間違いだったのか?)

「これで俺の話は終わり」
 ジェットの昔話を聞いた後、エドは毛布を被って震えだした。
「エド、怖かったか?」
「こわかったよ〜w(`o`)w」

  Are you scared ?

作/平安調美人

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