ジェットに助けられた人物は、少年だった。
ジェットが腕を振るって作った肉なしチンジャオロースーをガツガツと食べまくる。 文句一つ言わずに、ただひたすら食べるその様子に、ジェットは感心した。
(スパイクもこんな風に喰えばいいのだが)
もし目の前の人物がスパイクなら、何かにつけて文句の一つや二つを言うのだが。
「おかわりくれますか?」
少年はおかわりを要求すると、ジェットはお皿を持っていった。
「ねえねえねえ」
エドが少年の顔をのぞきながら言うと、
「もしかして、レオナルド・バーンシュタインなの?」
少年はギクッとなった。
ジェットが台所に向かおうとしたところで、通信機が鳴り出した。
「ジェット、もうすぐ客が見える。迎えにきてほしいんだ」
モニターの向こうの主は、スパイクだった。
一方フェイは、ドクターの診断を受けている。
最初はバーンシュタイン家を訪ねようとしたが、度重なる下痢に耐えられなくなって、思わずジェットに弱音を吐いてしまった。
ジェットの勧めで、ドクターに訪ね、症状を訴えると、
「お前さん、これまで何を喰っていたかね?」
フェイは今まで食べていたものを話した。
今日食べた賞味期限一週間前のプリン2個、賞味期限ぎりぎりの牛乳1リットル、昨日食べた賞味期限ぎりぎりのショートケーキ1個。
ドクターはカルテに書き込みながら、
「ほとんど生ゴミ同然を喰っていたな。それで、今まで喰っていたプリンと牛乳とショートケーキはどのメーカーで作ったものかね?」
「バーンシュタイン乳業」
「ほほう、バーンシュタイン?」
フェイは一瞬ハッとした。
本来訪ねるはずだったバーンシュタインのことを思い出した。
確か、あの大財閥のお坊ちゃんにかけられた賞金首は、3000万ウーロンだっけ。
「ドクター、あのバーンシュタインとアタシの下痢と何の関係があんのよ?!」
「知らんのかね?バーンシュタイン乳業の牛乳、乳製品などによる集団食中毒のことを」
「食中毒?」
スパイクとは別にビバップ号にやってきた。V・Tとマリアンナ・コルデであった。 V・Tに助けられてから、マリアンナは精神安定剤を飲んでいる為、かなり眠っている。
しばらくしてスパイクが帰還してきて、ジェットに賞金の半分を渡した。
ジェットは貰った賞金の数に「中途半端だな」と言うと、スパイクは今まで起きたことを話した。
「賞金首が賞金首に襲うとは、世も末だな…」
と感想を述べた。
ジェットもジェットで、今までのことを話すと、スパイクは思わず口笛を吹いて、
「ちょうどいいタイミングじゃねえか?」
「けどな、スパイク」
「何故だ、ジェット?」
「どうも解せないんだ。レオナルドといい、マンアンナといい、何故こんな騒動を起こさなきゃいけねえんだ?」
「そういえばそうだな…」
レオナルドはエドを相手に今までのことを話し始めた。
1ケ月前、バーンシュタイン財閥の傘下である乳業会社のティワナ工場で汚染された黄色ブドウ菌が原因で、集団食中毒事件が発生した。
消費者に対する謝罪より利益を最優先した為に、乳業会社はおろかバーンシュタイン財閥までも反感を買われた。
ハイスクールでも同級生から陰湿ないじめにあっていて、レオナルドは登校拒否に陥り、さらに追いうちをかけるように親が勝手に、大銀行の頭取の娘を婚約者に仕立てて、誕生パーティで発表するはめになっていて、もはや逃げられない状態に陥ってしまった。
そんな彼にも、チャンスが恵まれてきた。
たまたま誕生パーティに出席していた見ず知らずの少女を捕まえて、駆け落ちの話を持ちかけて、パーティのどさくさに紛れて、駆け落ちを実行した。
その少女が、父の知人の娘であったマリアンナ・コルデだった。
それからというものの、毎日毎食に出された料理のメニューに幻滅した。
しょうゆをかけたプリン、ハチミツをかけたきゅうり、七味唐辛子をかけてレンジでチンしただけの豆腐、ゆですぎたポテトサラダ、ゆでたジャガイモとマヨネーズをのせたラーメン。
レオナルドはこんな女と駆け落ちしなきゃよかったと後悔した。
昨日もしょうゆをかけたプリンをのせたご飯が出された時に、レオナルドはついにキレた。
「こんなもので食べれると思ってるのか?!」
スポ根アニメの一場面のようにテーブルをひっくり返した。
「そ…そんなひ…ひどいことを…」
マリアンナが泣き崩れる。
「せっかく…せっかくあなたのために…一生懸命に…作っているのに…」
エプロンで涙を拭く仕草に、レオナルドはさらに高ぶって、
「こんな犬でも食べれぬようなものを毎度毎度出しつづけて、それでも伝説の料理研究家のお嬢さんかよ?!」
「パパと比べないでよ!!そういうあなただって、大財閥のおぼっちゃんのくせに…」
レオナルドは上着を手にかけて、
「お前みたいな世間知らずといっしょに住むんじゃなかったよ」
と捨て台詞を残して家を出た。
それから繁華街に歩き回って、チャイナドレスをまとった色っぽい女の人に声をかけられて、バーに入った。
入ってみると、ケバケバしい色のついたライト、厚化粧をしたオカマのホステス、下手くそなサックスが奏でる悪趣味なBGM。
ビールを大ビンにして10本を浴びるように飲んで、請求された代金は300万ウーロン。
レオナルドは家族カードで支払おうとしたが、使用できないという連絡が入ると、店から身包みをはがされた上に、袋叩きにされて川へ投げ出された。
「ふぅ〜ん」
エドはうなづいたか、うなづいていなかったかのどちらかでも取れる口調で返事する。
「それなのに、どうして君たちはそんなに親切にするんだ?」
「だって、ジェットがいつも『こまったひとにはたすけてやれ』といってるんだもん」
「俺は、助けてくれと…」
その時、少女の悲鳴が耳に届いた。
「ハゲはいや、ハゲはいや!」
少女がジェットを避けながらリビングに駆け寄る。
「あっー!」
目の前にレオナルドの姿を見て、思わず足を止めた。
「マリアンナ、どうしておまえがこんなボロい船にいるんだ?!」
「そういうあなたこそどうしてここに?」
「こっちがききたいことだ」
「だいたいあなたが私の作ったものをまずいとか何とか文句をつけたからでしょ?」
「犬でも食べれないものを毎日毎日出されたんじゃ」
「じゃ、私の作ったものが食べてくれないなんて…」
ビバップ号のリビングは今、痴話ゲンカのリング場と化した。
台所でジェットはブリキのバケツに水を入れ始めた。
「ジェット、水を張って何するつもりだ?」
スパイクが覗きながら言うと、ジェットは黙っていた。
「先ほどの『ハゲ』に傷ついたじゃないの?」
V・Tがつぶやいた。
作/平安調美人