ビバップ号殺人事件 第5話


 スパイクは自分の部屋で、じっとしていた。
しばらくして物音に気づきリビングへ向かった。
そこには、エドとジェットの血まみれの死体があった。

「ど・・・、どういうことだ・・・。」
ジェットに近寄ろうとした瞬間、スパイクは暗闇から振り下ろされた刃をかろうじてかわした。頬に一筋の傷が走った。
「ちっ!」
まだぽたぽたと血を滴らせた刀を下げ、現れたのはスパイクだった。
「俺・・・。」
「そうだ、俺はおまえだ・・・。おまえが一番恐れているもの・・・。それはビシャスでも、レッド・ドラゴンの長老たちでもない、自分だ。わかるかスパイク・・・。
 おまえの一番望んでいることだ。自分のそばにいるものは遅かれ早かれこんな最後を迎える・・・。そう、おまえは恐れている・・・。自分のせいでこいつらがこうなることを。そして心のどこかで願っている。そうすればおまえは自由になれる・・・。違うか?。」
「俺が願っているだと?」
「自分にうそをつくことなどできるものか。おまえは怖くて、泣き出したい子供と同じだ。一人になるのが怖くて、でも一人になりたい・・・。もう、愛するものを失いたくないと泣いているのは誰だ!」
スパイクだと名乗る男はスパイクの喉元に刀を突きつけた。
「これはおまえの恐れているビシャスの刀だ・・・。体が覚えているだろう。この刃の傷みを・・・。」
スパイクは身動き一つしないまま、じっともう一人の自分を見つめた。
「さぁ、覚悟を決めろ。みんなのところへは行きたくないのか?残されたくはないだろう・・・。」

「冗談じゃねえな。」
「まだ、自分を偽るのか。」
「俺を殺して、おまえはどうする。おまえが俺なら俺が死ねばおまえも死ぬぞ。」
「わかってないな。死にたいんだろう、スパイク。この世に絶望して・・・。」
「それで、こいつらを道ずれにしたかったとでも言うのか?」
スパイクは笑った。刀をだらりと下げたスパイクはぴくっと表情を変えた。
「わかってないのは、おまえのほうだったな。消えろ。おまえは俺じゃない。」
目の前にいるスパイクの顔が次第に変わっていく。
 そして、それはビシャスになった・・・。
「楽園を終われた天使は翼をもがれ二度と飛ぶことはできないのだ・・・。
 そして堕天使となる。堕天使の行き着くところは地獄だ。
それでもおまえはまだ光の中へ出ようというのか。前身を焼かれる眩しさの中にいるほうが幸せだとでも言うのか。光を求めるのはおまえが闇の中にいるからだと何故気がつかない。」
「言うことはそれだけか・・・。ほんとにいやな夢だよな。」
スパイクは笑っていた。そして、ビシャスに銃を向けた。
「終わりにしようぜ・・・。」

光を感じた・・・。天使の歌が聞こえる。
金色の長い髪をした天使が。
「そうか、俺は天国に来たのか。」
笑った。笑ったつもりだった。全身は思うように動かなかった。包帯でぐるぐる巻きになっていた。痛みが生きている証として感じられる。
「あ、やっとおきた。三日も、寝すぎよ。」
テーブルに腰をおろし、いかにも的な雑誌を読んでいたショートカットの女はぶっきらぼうに言った。
スパイクはうれしかった。ここが今の自分の居場所だと感じた。
女に手招きをして、耳のそばでそっと言った。
「おんち・・・。」
心配顔で覗き込んだ女は怒りに任せて枕ごと殴りつけてきた。枕がはじけ、羽が舞う。
(天使の羽なのか?)
スパイクはただうれしくて、包帯で顔が隠れていることに感謝していた。
 
長い夢だったのか・・・。だとしたらあれこそ悪夢なのだろうと思った。
失いたくないと思った。でもいつか、これを捨てる日がくるだろう。
その日まで、その日が来るまでこの楽しい夢から覚めたくないと、スパイクは一人考えていた。

おわり・・・

作/猫宮

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