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■デジクリトーク

はじめて手をつなぐふたり。

白石昇


●はじめて手をつなぐふたり。

 白石昇です。お賀正です。新年の挨拶もそこそこに前回からの続きなどを。



◆前回までのあらすじ。

 下訳完了した某ベストセラー著作の翻訳出版実現にむけて動き出したものの幾多の試練にぶち当たり難航。しかし捨て身で二度の郵便テロを決行した結果、十二月十二日に著作者側のアシスタント氏から三度目の電話がかかって来た。



 とにかく今、彼は来月に迫った舞台のプロデュースや脚本の準備で忙しいんだ、とアシスタント様はおっしゃいました。
 
 
 

 ああそうかやるのですね来月遂に、とわたくしは思いました。

 彼は六年ほど前に、この国で画期的な形式の舞台をプロデュースして大成功を納め、それ今までに以来、四回の舞台をこなして、全て大成功させてきました。

 それはこの国の舞台表現形式としては前代未聞の、画期的なものでした。
 
 
 

 そして、その舞台台本や、彼によるその他の著作はすべて、この六年間一度の絶版もなく、激しく売れ続けて来たのです。

 日本ではじめて彼の著作を翻訳しようとする立場であるにも関わらず、わたくしは恥ずかしながら、来月の舞台のことを微塵も存じ上げておりませんでしたのです。

 アシスタント様は、どうやって日本語の本をこっちの出版社で出すつもりなんだ? と聞いてきます。さすがに国を代表する一流表現者のアシスタント様です。ツッコミどころを心得ていらっしゃいます。質問に少しの無駄もございません。

 編集から版下のデジタルデータ作成まで全てわたくしが執り行いますいってみたらわたくしが編集者です作ったデータはベクトルのデータにしてシーデーに焼きそれを出版社様に入稿すれば問題は微塵もないはずです、とわたくしはデジクリメーリングリストで仕入れた版下デジタル入稿に関する知識をフル活用して彼に告げ、とにかく日系の出版社からは出したくはないのです安い値段でお客様に手に取っていただくために、と言葉を繋ぎました。

 アシスタント様はわたくしの少しだけ流暢になってきた泰語の主張を聞き、しばらく長考なされました。受話器の向こうから低く、唸るような声が聞こえます。

 しばし沈黙したあと、アシスタント様は、とにかく今は忙しいから、また追って連絡します、とおっしゃいました。
 
 
 

 しかしもう電話は今回で三度目、ハイそうですかとサクリと受話器を置くわけにもいきません。三度目なら三度目で三度目らしい進展があってもいいはずです。
 
 
 

 いきなりラヴホとは言いませんが、手を握るくらいのことはしていただかないと、なんとなくイヤなのですこれから著作者側と素敵な関係を築こうとしている翻訳者としては。

 とりあえずわたくしはアシスタント様の携帯電話と事務所直通の、ふたつの電話番号をゲットいたしました。これでもうわたくしは狼少年ではありません。これで向こうとの関係がまがりなりにも前向きな方向で進んでいることをはっきりと好きなときにリアルタイムで確認することが出来るようになったというわけなのです。

 それでは電話を下さいメールでもいいです待ってます、アシスタント様にそう告げ、わたくしは受話器を置きました。

 舞台まで一ヶ月とちょっとらしいですから、著作者側は凄く忙しいことが予想されます、でもこれでまた放置されても、わたくしはこちらから連絡を取ることが出来るようになったのです。
 
 
 
 

 ようやく一歩前進、と言った感じです。

つづく。
 

初出・【日刊デジタルクリエイターズ】   No.1013 2002/01/24.Thu.発行

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