■デジクリトーク
こんな天然見た事ねえ。
白石昇
●こんな天然見た事ねえ。
白石昇です。
◆前回までのあらすじ。
艱難辛苦を乗り越えて平成十三年十二月二十日に蹴り込んだ著作者事務所にて著作者のマネージャーから素晴らしく好意的な対応を受ける白石昇。その対応に困惑していると満を持して著作者登場。まるでものまね王座決定戦ご本人登場のような展開。
私はまず合掌を伴った会釈をしながらとりあえず一発目が肝心だからこの目の前の著作者にどうやって蹴り込んでおこうかと思ったがその思念はすぐに本物だ本物だ本物だ本物だという身体の奥で脊髄反射的にリフレインしはじめた音声に妨害される。
今この瞬間はっきりした。
私もまたミーハーであると。
しかし私は翻訳者としてそのような事実を表に出すことなく藝ある初対面の挨拶を著作者に対して蹴りこまねばならな
「こんにちははじめまして白石昇のパカ野郎」
なんだと?
「いやあ来たか会いたかったよこのバカバカバカバーカ」
どう直訳しても意訳してもバカと言う意味でしかない泰単語を嬉しそうに笑顔で繰り返す著作者を目の当たりにして私は挨拶の言葉など吹き飛んでしまいそのいきなりのカウンターパンチに内面グロッキー状態だった。
やべえこいつ純正ハードパンチャーだしかも天然の。
「手紙面白かったよ俺もバカだけどお前もバカだよなあバカ同士いい仕事しようなよろしく頼むよこのバカ」
著作者は私に近づいてきてバカという単語をを連呼しながら喋り続けたった三通の手紙だけで自分の藝的資質を把握されてしまっている私はその著作者の勢いに押されながら、
「ああバカだけど俺達はプロのバカだよなアマチュアじゃなくて」
とボケにもなっていなヘタレた言葉を返すだけで精一杯だった。
藝人としてほとんど敗北感に近い悔しさを全身に溜め込んだまま私は翻訳に使った書き込みだらけのテキストを彼に差しだし最初のページ開いてとりあえずここに署名してくれと言った。
本当は翻訳許可証として一筆書けと言いたかったのだがそんな気の効いた言葉を選別する余裕など私にはなかった。
私は一刻も早くこの超スーパーウルトラ天然自然水による言葉責めの濁流を遮断したかったのだ。
オッケー書く書く書く書くと著作者はそう言うと奥の机の上に腰掛けてそこに用意されていた絵の具や色鉛筆を使って自分の著作である翻訳テキストに画を描き始めた。
お前は武者小路実篤かと私はどう翻訳してもここにいる自分以外の人間には理解できないであろうツッコミを心の中で押し殺す。
しばらく経って私の手にテキストが戻された。
印刷されている本の題名が消されて白石昇の本と書き替えられている。
ボールベンで俺の本に興味を持ってくれて有り難うございますと書いてある。
その下に大きく真っ黄色に塗りつぶされた著作者自身の似顔絵が描かれている。
そしてその両眼からは暴力的な勢いで流れ落ちる涙が水色の色鉛筆によって描かれていてその涙を浴びるような位置に英文字で署名がしてあった。
武者小路実篤どころの話ではない。
こんな天然見た事ねえ。
私は衝撃と悔しさにまみれたままでその天然著作者を交えて再度四人でさっきまで話し合っていた印税比率や仕事のプロセスなどの確認作業をした。
何も問題はなかった。
マネージャ氏が微笑んでいた。
アシスタントとして来てくれた友人は始終笑顔だった。
著作者は嬉しそうに来月の舞台に私を招待するから絶対見に来いと言った。
じゃあよろしくと再度握手を著作者と交わし私と友人は事務所を去った。
門まで見送りに来た著作者とマネージャー氏に手を振りながら車に乗り込み私はどうやったらあの天然を藝でいっぱついわす事が出来るかずっと考えていた。
私の中に生じた悔しさはまだ続いていた。
つづく。
初出・【日刊デジタルクリエイターズ】 No.1049 2002/03/18.Mon.発行
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