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 「楽器の物理学」

2002年10月20日 18:51:44

 書評である。
  NH フレッチャー、TD ロッシング。楽器の物理学。シュプリンガー・フェアラーク東京株式会社、2002。ISBN 4-431-70939-4。\6,500 + 税。

 楽器の物理学に関する百科事典で、現在までに知られた知見をまとめた意欲作である。膨大な知識の中からの取捨選択が絶妙で、話題が話題だけにいろいろ感じる方も多いとは思うが、著者の立場に賛同する人は多いと思う。
 とにかく研究成果が満載で、圧倒されてしまう。また、著者らの楽器に対する知識と感覚には敬服せざるを得ない。このような複合領域の著書ができるのは、おそらく21世紀の特徴なのであろう(本書の原著は20世紀末に書かれたものだが)。どういうことかというと、ネットワークやコンピュータが発達していない時代の方法では、たとえ情熱家が一生かけようとも、芸術と物理の世界を自由に駆け巡るなど、とうてい不可能と思えるからだ。

 最初の8章は、数式が主体の物理の話題である。楽器の科学的解析は、意外にも、非常に困難が付きまとうようであり、モデルとその限界が列挙されている。なお、シンセサイザ関連の話題は全く無い。

 第9章からは一変して具体的な楽器の記述になる。内容は迫力があり、演奏家で日ごろから楽器の物理特性に関心のある人には、非常に役立つのではないかと思える。

● 楽器の解説

 撥弦楽器のギターとリュートから始まる。次章のバイオリン族の話は、当然とはいえ、圧巻である。ビオラはバイオリンとは違う不思議な楽器と思っていたが、物理学的にもそのようであるようだ。

 ピアノの章も詳しい。ハンマーについてさえも詳しく述べられている。調律の章は「絶対音感」に力点を置きすぎる人々に教えてやりたいほどだ。

 金管楽器では、スライドとバルブの節が面白い、そう、バルブ機構では本質的に正確な音程を出すことはできないのだ。演奏技法の章も迫力があり、楽器の演奏に関する疑問の多くが解決する。

 木管楽器の章では調律の章が、私には面白く思えた。やはりな、と思うと同時に、木管楽器奏者の苦労が分かる気がする。
 フルートの章はおそろしく力が入っている。単純な音に見えて、オーケストラの音を決定してしまうと言われるフルートの音色の不思議は、演奏技術の節に詳しく述べられている。C#とDの間隔が非常に狭い(p542)、というのは演奏家なら知っているのだろうが、そばで聞いていても、とても気づかなかった。

 パイプオルガンの章も面白い。そうではないかと長年思っていた、音の出だしの音色変化が見事に解説されている。

 打楽器にはおもしろい記述がたくさんある。その中でも目を引いたのは、京劇で用いられる、打ってから音程がものすごく変化するゴングの話である。スチールドラムの話も詳しい。楽器最後のベルの章も話題が豊富で読みごたえがある。

 最後は楽器の材質の章で、著者の立場が端的に現れていて面白く読めた。

● 読者は誰?

 日本では演奏家が面白がって読むのではないだろうか。理屈が付いても真実とは限らないが、しかし、何となく説明が付くと安心だし、いろいろ工夫してみたくなる。その際、物理的根拠があると、より心強い、と思えるであろう。