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眠れる森の美女

2003年4月12日 23:45:54

 DVDソフトの感想である。ディズニー「眠れる森の美女」初回限定版 ブエナ・ビスタ・ホーム・エンターテイメントVWDS4632、2003

 レーザーディスクで最初に買ったのが、このディズニーの「眠れる森の美女」であった。レーザーディスクはビデオに比べてずっと画質が良いのだが、直径が30cmもあり、結構重く、プレーヤー内でうなりながら回っていたのを思い出す。

 この映画、何と1959年に初上映されたそうである。凝りに凝った背景画の上で動きのスムーズなキャラクタが動き回り、アメリカアニメの底力を見せ付けられる、今見ても傑作のひとつであろう。今回のDVDで初めて知ったのだが、動く絵本を目指したそうで、キャラクタもそのように線が作られているそうだ。

 英語の題は「sleeping beauty」で、どこが森なのか、と思っていたら、原典は17世紀末のフランス人シャルル・ペローによる民間伝承を書き留めた童話集の一つであり、原題が「LA BELLE AU BOIS DORMANT」で、日本語はその直訳である。
 つまり、100年の間姫の眠っている城は森に包まれていた、ということであった(映画ではちっとも分からない)。

 いずれにしろ、今となっては気恥ずかしくなるほどロマンチックな物語である。
 映画ではチャイコフスキーの音楽が編曲されて使われている。チャイコフスキーの「眠りの森の美女」は組曲が有名だが、もともとバレエ曲で、映画に使われた旋律は全曲版を聴かないと分からない。ちなみに、私はこの曲を略して「眠りの森」と呼ぶことが多い。全曲版のCDの題は「眠りの森の美女」で、音楽界ではこちらの名前が流通していると思う。

● DVDの眠れる森の美女

 ということで、原典の童話とバレエと映画は話が微妙に違う。まずはDVDに収録された映画からである。

 例によって、筋書きは単純明快、謎解きなどは一切無い。主人公は当然、魔女によって眠らされてしまった美女、つまりオーロラ姫だが、目立つのはほんの一瞬、森にイチゴ摘みに行くときだけである。主人公だけあって、映画の中で最も美しい場面をほぼ独占している。しかし、動きのある場面は、悪役の魔女マレフィセント、三人の良い妖精のフローラ、フォーナ、メリーウェザー、姫の婚約者のフィリップ王子によって残りを埋め尽くされている、といった感じだ。

 DVDは非常に画像がくっきりしている。画像の修復にずいぶん手間をかけたそうである。安心して見ることができるので、これは良かった。
 音楽は編曲されているものの、さすがにチャイコフスキーで、細部まで行き届いている。編曲は自由自在で、チャイコフスキーの原曲とはかなり使われ方が違う部分もある。一回だけ鳴るドラが映画においてもたいへん効果的である。主題歌の「Once upon a dream」は、そのままの形のはチャイコフスキーの原曲には無い。しかし、英語の歌詞が秀逸で、効果的である。

 日本語吹き替えはレーザーディスク版とは微妙に違う。旧版にあった名言が消えてしまって、いささか惜しい気もするが、まあ、英語の付け足しと考えればよいのだろう。英語はいわゆる米語で、生半可に理解できる私にはヨーロッパの雰囲気が打ち砕かれて、結構ショックである。とはいえ、フランス語やドイツ語で話されてもほとんど分からないし、イギリス英語でキャラクタが発音しても、それはそれで変なので、いたしかたがないか、とも思う。

 所は14世紀の西ヨーロッパ。オーロラ姫とフィリップ王子は幼い頃に一度出会っている、という面白い設定である。つまり彼らの夢が正夢でもちっとも不思議ではない、ということになってしまっている。マレフィセントや妖精たちは、さんざん魔法を使っているのだが、童話特有の理不尽さや不気味さがなくって、何というか、テレビ番組の「奥様は魔女」のノリなのだ。それでも、この正夢になる部分が感動的で、映画のストーリの単純さを十分に補っている。

 パッケージに載っているからここに書いても良いだろう。フィリップ王子はマレフィセントの化身である巨大な竜と戦うことになる。これが、元の童話にも無いしバレエにも無い。この点がアメリカ的な味付けなのかな、と思う。

 DVDのおまけの映像特典も楽しめる。ウォルト・ディズニーにも会えるし、マレフィセントのペットのカラスの名前まで分かる。

● チャイコフスキー、バレエ「眠りの森の美女」全曲版。アンタル・ドラティ指揮、ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団。フィリップス、PHCP-9757/8、1981。

 残念ながら、バレエは見たことがない。そこで、組曲は持っていたが、今回、全曲版を購入し、聞いてみた。
 映画で使われているメロディーの素材は、細部に至るまでチャイコフスキーの原曲に則っているようだ。映画の冒頭で三人の妖精が空中から下ってくる場面の輝くような音楽もある。

 バレエの筋書きは解説書から分かる。19世紀末の台本で、ペローの収集した童話は題材に過ぎないほど筋書きが変更されている。
 舞台は17世紀の西ヨーロッパのとある国。オーロラ姫の命名式に6名の妖精が姫の世話係として登場する。招かれなかった邪悪な妖精カラボッスが例の呪いを口にし、リラの精が予言を眠りに変えてしまう。姫は実際に100年の眠りに就くのだが、親の王・王妃ともどもである。100年後の王子は、難なく姫と会い、ハッピーエンドになる。つまり、王子はリラの精に選ばれた、ということになる。なお、夢はまったく登場しないようだ。
 音楽の盛り上がりはさすがで、筋が分かっていても感激しそうだ。

● 新倉朗子訳、完訳ペロー童話集、岩波文庫、赤513-1、1982。ISBN 4-00-325131-8

 ペローの童話集は17世紀末に出版されたらしい。当時の人が読みやすいように、民間伝承に手が加えられている。つまり、眠り姫の舞台は17世紀から100年前ということになる。
 話は単純で荒唐無稽である。ペロー本人の序文にも触れられているが、あまりに正統の文学と異なるので、当時の読者は困惑したようである。今見ても、たしかに不思議な話だ。
 姫が針に刺されたときに、悪役はまったく登場しない。王と王妃は眠りに就く城から外に出てしまい、姫の行く末を知ることは無いようだ。むろん、仙女たちの言葉を素直に信じたわけだ。
 100年後、王子は不思議な力に導かれるように、これまた困難無く姫と出会う。なお、姫の名前ははっきりせず、王子との間の長女がオーロールと名づけられている。
 おまけに、奇怪な後半がある。これはバレエでもカットされている。イソップ寓話と同様に教訓付きである。

 巻末に現代の昔話研究の一端が紹介されている。これを見ると、ディズニーの映画も多くの伝承の一つ、ということになりそうだ。そう言われてみれば、横長の画面とあいまって、映画はまるで絵巻物のようである。ただし、絵巻物が右から左に繰られて行くのと逆で、映画では左から右への動きが目立つ。