2005年9月4日
(続き)
● 緒戦敗退
20年前に一世を風靡した8bitパソコンMSXの有力リバイバル計画「1チップMSX」は、企画・販売元の株式会社アスキーが商品化を断念、消滅の危機に瀕している。現在、開発元では新たなスポンサーを探しているとのこと。しかし、商品化は白紙状態に戻ったわけで、少なくとも1年は計画が後退したことになる。
● 「1チップMSX」計画とは
私は開発元とは何の関係もないので、公表された資料を元に類推するだけであるのをご了承いただきたい。
話を総合すると、もともと、FPGAと呼ばれるプログラム可能な論理ICで再現されたMSXが個人の手によって完成していて、その完成度が高いので、多くの人と感動を分かち合いたい、という計画であったようだ。「試作品」の写真と内容は、アスキーから今も販売されている「MSXマガジン 永久保存版3」で見ることができる。MSXを深く愛している人が動作する姿を見て感動するくらいだから、売れると感じられたのももっともである。事実、商品化を目指した「1チップMSX」は3400台を超える予約を勝ち取ったのである。もし、最初から懐かしの商品として扱われていたら、今頃は具体的な商品化が検討されていたであろう。
ところが、企画元の商品化に必要とされた台数は5,000台であり、商品の性質から単体で利益を確保する必要があると判断されたのであろう(当然だ)、商品化計画はあえなく流れてしまった。
どこで歯車がずれてしまったのか、方々のブログや掲示板等で考察されているが、まとまった文章はほとんど見られないし、記録として面白そうなので、以下で今回の騒動の私の感想をまとめてみたいと思う。
● 面白かったか? yes!
個人的には、今回の「1チップMSX」では大いに楽しませてもらった。いろんな人がブログ等で感想を述べているのを見るだけでも楽しい。私はちょっと変わったところで、MSXの音楽シーケンスソフトを使いこなすために、音楽の理論書等を10冊くらいは読んだと思う。もちろん「1チップMSX」計画がなかったら思いもよらぬことで、とうに元はとっている気分だ。
「1チップMSX」が商品化されたら、FPGAの本格的な勉強を開始していたと思うので、惜しかった。画面が動いて音がしているのを、ぼーっとながめるだけで楽しそうなので、「1チップMSX」は何とか発売されて欲しい、と今でも思っている。
● リバイバル・パソコンとしての「1チップMSX」
数から類推すると、「1チップMSX」の予約者というのはMSX実機の経験があって、しかもFPGAと呼ばれる論理ICの動作に関心がある人たちであろう。当初「1チップMSX」の姿は開発用の評価ボードのような無骨な写真が用意されただけであり、一応、予約期間の後半には筐体のイメージ・イラストが公開されたが、時すでに遅しで、技術者向けの趣味の逸品、といった不思議な位置づけの商品になった。
これで3400台も売れそうになったのだから、世の中、分かっている人は多かったのである。この数字自体、計画の大きな収穫だったと思う。アスキーはよくぞ公表してくれたものだと思う。
さらに類推を進めると、少しグレードアップすれば、多少価格が増しても3000台ほどは売れるのだと思う。「1チップMSX」が生き残るためには仕方がない、最後の手段としての有力選択肢であろう。
ただし、一つ難点がある。予約した人はほぼ全員MSX経験者であろう。私の場合は職場での使用経験だが、このケースは少数派で、大半は親にMSXを買ってもらった団塊ジュニアの方々だと想像する。そして、用途は自分の楽しみ用。つまり、新たな市場がまったく開拓できなかった、とほほな結果なのである。本当のところは調査しないと分からないが、想像するに、当時MSXを選択した団塊の世代には見向きもされなかった、と思う。はっきり言えば、現状の「1チップMSX」はまっとうなパソコンに見えないのである。
● 「1チップMSX」の能力
今や明らかになったのは、「1チップMSX」はMSX2相当になり得る点である。それだけではない、FM/SCC音源、大容量のSDカード、256KBのメモリとMSX-DOS2などにより、「1チップMSX」は買ってきたそのままでも、たいした威力のパソコンである。私の考えでは、足りないと感じられるのはネットワークだけである。
もちろん、最新のWindows機などとは比べることもできないほどの、ささやかな機器ではある。しかし、実機を前にすると、当時の8bitパソコンの上位機種というものが、どれほど優れた計算機であったかが、あらためて実感できると思う。
そしてさらに、「1チップMSX」の売りの一つが拡張性で、CPUのリミッター等を外すと、モンスターと言ってよい性能に上昇するという。ただし、従来のMSX規格を逸脱してしまう。だから、MSX3の話がここで持ち上がるのである。
裏を返せば、現在の最新パソコンの長所も弱点も、「1チップMSX」の目から評価できるようになる。アスキーの企画の時点では、資料も豊富に取り揃えられる予定であったので、たしかに、技術に関心のある人には逸品であったと思う。
● 予想していた「1チップMSX」の売り先は?
議論の対象になった点の一つに、カートリッジの問題がある。「1チップMSX」の「試作品」の写真は2スロットなのに、企画元からの発表では1スロットだったのである。最終価格に影響するために1つになったようだ。むろん、MSXのベテラン達が協議の上決定したのであるから、当初は十分に妥協できる範囲と考えられたのであろう。
困ったことに、私にはスロット問題の重大さが分からない。レガシーインターフェースなのだから、全く不要とも思うのだが、昔のカートリッジを接続することにより、「1チップMSX」のMSXとしての完成度の評価には使える。であれば、たしかに2スロット無いのは変な気もする。
問題は、カートリッジを使用した新規のゲーム等の開発が全く望めない点にある。現状では「1チップMSX」用の新規ソフトの配布方法が分からないので、私にはそちらの方が気になる。もちろん、BASICで書かれたフリーソフトをテキスト形式で配る等は問題ないし、何十万台も売れてから心配する問題ではあるが。
そう、今回の「1チップMSX」に数十万台を売りさばく用意がなさそうなのも、弱点の一つに思えた。アスキーの当初の企画では、最大販売数が1万台であった。この数は市場の予備調査といったものであろう。
どうやら、今回の騒動の秘密が見えてきたような気がする。
● 売り先を広げよう
永久保存版3の記述では、今回の「1チップMSX」はマニアにいろいろいじってもらうための試作品の性格が強い。本格的な商売を始めるのは、かなり先の世代の「1チップMSX」で、MSX3規格が確定してから、ということらしい。(あくまで私がそう感じたということ)
一方、マニアを含めて期待されたのは、買ってすぐに楽しく遊べるMSXだった。たとえば、「1チップMSX擬人化画像募集」という楽しい個人企画が商品化企画の後に出てきたのだが、その中で「早いとこ、まともな商品にせよ」との意味に見える作画がある。箱ぐらい付けてよ、ということだ。企画元の文章では筐体付きなのだが、写真は基盤とICが丸見えである。
あまり技術に詳しくない人が買うとまずい、と考えられたのだろうか。
MSXは楽しさと夢を提供する商品であったと思う。試作品の基盤とICが丸見えの「1チップMSX」にもその要素はある。もし、仕様や価格についても仕切り直しができる、というのなら、見かけ上も楽しく見える商品に仕立てて欲しい。うそにならない程度の筐体を試作して着せ、パンフレット用の派手な画面を用意し、ここまでできる、という動画をweb等でバンバン公開するのだ。それも、MSXを知らない人にアピールする形で。
それは、かつてMSXがやっていたことであり、将来の「1チップMSX」がやることでもある。さらに言えば、MSX1は決してMSX2の試作品ではなかったはずだ。
● 今後のシナリオ
当事者にはご迷惑であろうが、私がこうあってほしいと思うシナリオをいくつか掲げておく。
1. あくまで、今の路線にこだわる
MSX3が確定するまでは、マニア相手の商売をする。へたに数が売れてしまうと、メンテが大変である。従って、自力で何とか乗りきれる人を中心に売りたい。ソフトは基本部分と開発システムのみで、筐体は無くても良いくらい。売り先の規模は今と同じ。
1.0 現状で売ってくれるスポンサーを探す
誰も手を上げないと思う。手を上げる人がいるなら、ちょっと待って、自分たちに何が足らなかったかを必死で分析するのがよろし(私も知りたい)。
1.1 MSX2にアップグレードし、他は現状と同じ。で、価格を上げて再トライ
理屈上は2基本スロットが必要。しかし、物理スロットに将来性は全く無いのでオプション(本体は無スロット)とし、2スロットの拡張ボードを別売してもよい。
現状の落とし所だと思う。現実性は五分五分。
1.2 ハードとしての発売は断念
ほとぼりが冷めるまで、ハードの発売はしない。
そのかわり、試作機が達成したレベルまでMSX PLAYerの拡張を行い、プログラムコンテストを行う。プログラムできない人はCGや音楽やキャッチコピーや小論文を提出。出してくれた人には、20年間のライセンスキー進呈。永久保存版3のMSX
PLAYerの差分として無料配布するか、永久保存版4に同梱。その際、アンケートをお忘れなく。
応募が多いなら、ハード化をもう一度検討しなおす。
慎重路線。
2. まっとうに売る
楽しさと夢を売る。それも、初めての人にも優しく。将来(MSX100?)はホームコンピュータを目指していることが分かるような設計(^_^;)。
買ってすぐに楽しめる、1チップMSXならではのデモソフトを用意。筐体もシックでかわいいものを。当然MSXのロゴつき。
2.1 売り切り御免
計算機としての商売は他(Windowsなど)でやっている。だから、売ったままさよなら、でも許してくれそうなくらいの完成度にする。つまり、現状のMSX
PLAYer並。永久保存版のソフトが動くのなら、完成度の証明にもなる。
売り先のターゲットは決めておかないといけない。かつてのMSXの購入者が団塊の世代であったように、団塊ジュニアに、子供へのプレゼントとして買っていただこう。これで、例の数倍は売れるはずだ。キャッチコピーを必死で考えよう。
マニア相手には、実費で資料を配布(面倒なら同梱)。これでMSX3への野望も手中に。
2.2 激突覚悟
何でもできるが、すべてに何か足らない。あの時代のMSXの再現だ。(私の偏見です)
好きで入門機を作ったわけではない。これで十分に役立つと思ったのだ。設計した本人が操作してみても楽しい。とにかく、思ったとおりにすぐに動く。他ではできなかったし、今でも他ではできない技だ。ゲームだってできる。
売りのための、キッチュな特徴は必要。たとえば、打てそうもない小さいキーボードが付いている、意味もなくランプが点滅する(実はバスの信号、というマニア仕様)、手足が付いていて多少徘徊する、正常動作中は首が揺れる、などなど、何でもあり。本気で役立つと思う人を寄せつけないための魔除けでもある。
売り先は2.1項と同じ。もちろん、他でも良い。マニア相手には…、以下同文。
3. ニッチを探す
社会の片隅でも、とにかく実機が売れていれば、あとは何とでもなる。機関誌としてのMSXマガジンも存続。好きな人が好きなことをして遊ぶ。投稿して喜びを分かち合う。どこから見てもハッピーストーリーだ。
応用先のアイデアだけなら前ページに書いた。実現性は分からない。分かっていても教える訳がない。儲けるのは私だ。