壱.妖刀と女子高生


「……なんでこんなとこに無造作にほっぽり出しておくかなぁ?」
 少女は嘆息(たんそく)をもらした。目の前の逸品の、ぞんざいな扱われ方に。
 その理由を語るには、まずは彼女がいま現在置かれている状況について説明しなければならない。
 神明(かみあけ)みのり、高校2年生。
 ごく普通の女子高生である彼女は、叔母が宮司を務めるここ、神明神社でアルバイトをしている、いわゆる巫女である。
 今日、五月一日も彼女は竹箒で境内を掃除していた。
 だがその途中、突然その箒が前触れもなく真ん中からぽっきりと折れてしまったのだ。特別力を入れたわけでもないのに、だ。
 みのりは首をかしげながら予備の竹箒を探して倉庫へと向かい……そして、その最奥で見つけたのである。
 埃(ほこり)をかぶった、一振りの古びた刀を。
 みのりは埃をはたいた後、鞘に収まった刀を手に取りしげしげと観察する。
「まったく罰当たりだなぁ。こんな先祖代々伝わる家宝っぽい逸品を倉庫の奥に転がしとくなんて。保存状態がよければ値打ち物だったかもしれないのに。いい仕事してますねェ、とか言われたりしてさ……」
 数倍罰当たりなことを呟くみのり。
 つまりはこの神職にあるまじき欲丸出しな思考が、先ほどのため息の原因なのである。
 まぁ、神職といってもしょせんアルバイトなので無理もないのだが。
 刀は、柄や鞘の装飾は色褪せ、金属製の鍔(つば)は錆び、素人目にもかなりの年代物であることが分かる。
 手に持った時のずっしりとした感触は、その刀が背負う歴史の重みであるかのように思えた。
「……抜いてみよっかな」
 刀を手にしたら、鞘から抜いてみたくなるのが人の性。みのりは刀の柄に手をかける。
 見た目の錆びつき具合からして簡単に抜けるとは思えないが、ものは試しということでグッと力を込めて柄を握る。
 ……瞬間。

 ――……ィィィン――

 ……なにか、金属が共鳴するような音で。
 刀が、鳴いた。
 かと思うと、あまり力を入れて引かないうちに、いやにあっさりと刃が姿を現した。
「……綺麗……」
 その姿に、みのりは驚き見入らざるを得なかった。
 ……美しい。柄や鞘の古ぼけた様子にそぐわない、曇り一つない白銀の刃。
 みのりの顔が映りこむほどに澄んだ輝きを放っている。
「なんで刃だけこんなに綺麗なんだろ……?」
そうひとりごちた時、異変は起こった。
『……娘……』
「うひゃ!?」
 突然声をかけられたみのりは飛び上がり、あわてて辺りを見回す。
 だが、ここは普段施錠されている倉庫。当然、彼女以外だれもいない。
『我が声が聞こえるか、娘?』
 それでも厳格そうなイメージを抱かせる低い声は響いてくる。どうやら声の主は男性のようである。
「だ、誰? どこ?」
『汝の手の中だ、娘』
「手の中?」
 謎の声に言われて手を見る。そこには古びた刀が一振り。
『そうだ。汝が持つ刀こそが我だ』
「……うわーかたながしゃべってるー……ってそんなわけないでしょーー!? 誰だか知らないけどくだらない悪戯はやめてください!! しまいにゃ怒りますよーー!?」
 みのりはそういって辺りに怒鳴り散らす。
『……落ち着け。信じがたいのも無理はないが、少なくとも悪戯で頭の中に直接語りかける人間はこの時代にいまい?』
 ピタッと見回すのをやめるみのり。少し思案したのち、おもむろに両手で耳をふさいでみる。
『変わりなく聞こえるだろう?』
 少しもくぐもることなく、頭の中で響く声が問う。むしろ耳をふさいだことでよりはっきりと聴こえていた。
「……マジ?」
 手の中の刀を凝視しながら呟く。
『……? “まじ”、とはどういった意味の言葉だ? ……ふむ、少し今の時代の知識を貰うぞ』
「え? ……わっ!?」
 その瞬間、見つめていた刀身がまばゆい閃光を発した。
 とっさに目をつぶったまましばし経ったのち、みのりは恐る恐る目を開く。
 何事かと思ったが、特に周囲には何も変わりはないようである。
『……なるほど。本気か、という意味か。然(しか)り。“まじ”も“まじ”、大“まじ”だ、娘』
 変わったことといえば、古臭い感じの言い回しばかり使っていた声が、現代の俗語を混ぜて使うようになったことぐらいか。
『それにしても見事に復興したものだ。……今の年号は平成か。今年はその17年目だな』
「い……今のピカッての、何?」
 なにやら一人ごちる刀に向かって、恐る恐る尋ねてみるみのり。
『む? 失敬、驚かせてしまったか。なに、汝の記憶から現代の一般常識等の知識をざっと読み取らせてもらっただけだ。 汝にはなんら悪影響はないから安心するが良い』
 声が響くと同時にキラリと刀身が煌めく。
 ――夢か幻のたぐいかと疑っても、意識ははっきりしてるし錯覚とも思えない。 信じがたいが、どうやらこの刀に意思があるのは認めざるを得ない――
 そうみのりは結論した。わりと柔軟な思考の持ち主らしい。
「う゛〜ん……記憶を読む、だとかいろいろつっこみたい所はあるけど……とりあえずあなた、何者?」
『うむ、よくぞ聞いてくれた。我が名は皐月雨(さみだれ)。幾百もの歳月を生きる、俗に妖刀と呼ばれる類の存在だ。 お初にお目にかかる、で良いのかな?』
「あ、ど、どうも初めまして……。へぇ……喋る妖刀ねぇ……」
 つられて挨拶を返すみのり。
「……って、なんでそんなものが世間に知られずにこんな所にあるの?」
 喋る刀など一本でもあれば、世界的に有名になること間違いなしのはずである。
『それを説明するにはまず我の存在理由を語らねばなるまい。少し長くなるかもしれぬが構わぬか?』
「ん〜まぁ大丈夫だよ? 今バイト中だから」
『……普通、“ばいと”中は長話を聞いて大丈夫な時ではないのではないか? 汝から得た知識では……』
「あーもぅ、いいの!! 巫女なんてお正月とかでもないかぎり、そんなにぶっ続けで仕事する必要ないんだから!!」
 見事なまでのなまぐさ巫女っぷりである。
「それにこのままじゃ気になって仕事にならないしね」
『そうか。ならば語ろう。……まず、我は悪鬼を祓うために創られた存在だ』
「あっき?」
『うむ。悪の鬼と書いて悪鬼だ。人に憑き、精神力を奪って生きる。近年はこの時期に最も活動が盛んになるようだ』
「ちょちょ、待った! 鬼!? そんなのもいるの!?」
『いわゆる“霊感”のある者にしか見えぬし、現代科学で説明できる存在ではないからな。知らぬのも無理はない。 ただでさえここ百数十年、霊感を持つものはほとんどいなくなっているしな』
「はー……なるほどね」
『この地では六十年に一度、悪鬼どもの中の一体が、悪鬼の長である“王鬼”として覚醒する。それに合わせて悪鬼どもが勢いを増すことから、この年を“禍年”と呼ぶ。 我はそれに合わせて封印の眠りから目覚め、無事王鬼を倒すとまた眠りにつくようになっている。それが我の存在が人に知られがたい理由の一つだ』
「へぇ……じゃあ今年はそのマガドシってやつなの?」
『そうだ。そのため我は覚醒し、新たな主である汝と出会った』
「はい? あるじってどういうこと?」
『我を手に取り、悪鬼と闘う者という意味だ』
 ……しばし静寂。そして。
「……え゛え゛ぇーーーー!? 私がぁ!? 闘うの?! なんで私が!! 私、主違う!」
 みのりが絶叫した。皐月雨が刀でなければ、耳をやられていただろう。
『そんなことはない。我の声を聞けることこそ主である証。間違いなく汝こそが我が主だ』
「え? あなた……皐月雨って言ったっけ。皐月雨の声って誰でも聞こえるんじゃないの?」
『否。我が声は我と魂の波長が合うものにしか聞こえぬ。ゆえに、我が特殊な存在であることは他者にはまず知られない』
「魂の波長って……そんなの私以外にもいるんじゃない? 世界は広いんだし」
 なんとか厄介事を逃れようと抵抗するみのり。
 ……無理もない。現代日本の平和な日常に慣れている者がいきなり“闘え”などと言われても、手に負えないと思うのは当然のことである。
『それも否。我は目覚めが近づくと妖力を発し、この神社の管理者の血筋で我が主にふさわしい素質を持つ者を我の元へ引き寄せ、 我との契約を行う。そうして我の波長を新たな主の波長と完全に合わせることで初めて我は目覚め、我の声が主に届くようになるのだ』
「いや契約って、そんなことした憶えないよ?」
『我を鞘から抜いただろう。その時何か音が鳴らなかったか?』
「……あ。」
 みのりは思い出した。皐月雨を鞘から抜こうとした時の共鳴音を。
『それこそが契約、魂が共鳴した証だ。よって今回の王鬼を倒すまでは、主は汝以外にありえぬ。死にでもしない限りな』
「そんな、鞘から抜いただけで契約なんて詐欺じゃない!?」
『そう言われてもな……。汝の先祖がそう決めたのだから、我にはどうしようもない』
「ご先祖様の馬鹿ーーーー (泣)!」
 みのりは先祖を呪った。どんな人物だったか知らないが、子孫に責務を負わせるなどとんだ迷惑だ。
「そもそも、一介の女子高生にバトルしろってのは無茶にもほどがあるよ!」
『やってみてもいないうちから諦めるな。大丈夫だ。我が助力する』
「そんなこといったってさぁ……だいたい、今の世の中銃刀法違反ってのがあるんだよ? 刀なんて持ち歩いたりできるわけないでしょ」
『それなら心配に及ばん。右側の棚の上を見よ』
 言われてみのりは右の棚の上段を見る。……そこには、一本の竹箒があった。
『その竹箒に我を隠して持ち歩けば、そうそう人目につくことは……』
「あーーー!! そうだった!! 私予備の竹箒を取りにきたんだっけ!! なーんだこんなとこにあったんだーー!!」
 皐月雨の言葉を遮り、みのりは勢いよくそう言った。
「あー良かった見つかって。さぁーて境内のお掃除しなくちゃ!! じゃあそういうわけで私はこれで……」
『待て』
 有無を言わさぬ勢いで言葉をまくし立てて逃亡しようとするみのりに、皐月雨が待ったをかけた。
 だがみのりは無視して竹箒を手にさっさと倉庫を出て行こうとする。
『いや待てといっているだろうが戻ってこいおいこら戸を閉めるな!!』
「聞こえないキコエナーイ★」

 ばたん。

 みのりは問答無用で倉庫の戸を閉め、厳重に鍵をかける。
 そしていつもは適当にしかやらない掃き掃除への使命感に燃え、拝殿の前へ赴いた。
『悪鬼どもを野放しにしておくと多くの人間が苦しむのだぞ!! それを汝は見過ごすというのか!?』
「聞こえない聞こえない……ってなんで聞こえるのさーーーー!!?」
 倉庫から十分に離れているのに、うるさく聞こえてくる妖刀の声。
 それに対してみのりがキレた。……キレた、ということは周りが見えていない、ということである。
「み、……みのり、ちゃん?」
「はっ!? み、水穂さん!?」
 いつのまにかその近くには、この神社の宮司でありみのりの叔母である水穂がいた。
 突然絶叫する姪を、怪訝そうを通り越して心配そうな目で見ている。
「……疲れてるの? みのりちゃん……」
「い、い、いやこれはそのなんてゆーかストレス発散? いやむしろ発声練習? みたいなー?」
『そうそう、言い忘れていたが。我と汝は魂で繋がっているから、心の中で話す“いめえじ”をするだけで我には言葉が通じるぞ』
(そういうことは早く言いなさいよーーーー!!)
 みのりは表向きは叔母を説得するため四苦八苦しつつ、心の中で再度キレるという器用な真似をする。
 結局、水穂が一応納得してその場を去るまでに十数分かかった。
(ふぅ……危なかった。ていうかむしろ私が危ない人にされるところだったよ……)
『我の話を最後まで聞かないからだ』
(うるさいなー!! だいたいなんでこれだけ離れてるのに声が届くの!?)
『ふっ……我をなめてもらっては困る。我が妖力を持ってすれば、たとえ地球の裏側だろうと声が届くわ。 汝が我に協力しないというのなら、これから四六時中昼夜問わず声をかけ続けるぞ? 我には疲労などないし、通常の睡眠は必要ないからな』
(くっ……この鬼!! 悪魔!! 悪鬼ってあんたのことじゃないのーー!?)


 ――こうして、神明みのりと妖刀皐月雨は出会い、共に闘うこととなった。
 半ば無理やり巻き込まれた少女と、無視されかけた意思ある妖刀。
 前途多難な二人であるが、果たして彼らは王鬼を倒すことができるのか。
 五月の夜の物語が、始まっていく。

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