伍.少女の正義、妖刀の意志

前編.正義とは


 五月二十二日。その夜は、何かが違っていた。
 街の眠りはいつにも増して深く、まるで死に絶えたよう。
 精気が存在しないかのような圧倒的な静寂は、人に怖れと焦燥を抱かせるほど。
 故に、人々は知らず自分たちの作ったコンクリートの城に閉じこもり、一層街を閑散とさせることになる。
 空には雲のかかった満ちかけの月。
 そのくぐもった光を、眠る街並みにそそいでいた。
 ……そんな朧げな世界の中、静寂を突き破るように疾駆する四つの影があった。
 先行する一つの影と、それを追って並ぶ三つの影。
 その距離は狭まることも広がることもなく、一定の距離を保ちつつ、それぞれが家々の屋根の上を次々と飛び移っていく。
 やがて、先行していた影は一つの公園へと辿り着き、留まる。
「……ここでいい、かな?」
 追われていた影……みのりが呟く。
『そうだな。障害物も少なく、見渡しやすい。迎え討つにはおあつらえ向きだ』
 それに答えるのは彼女が手にする箒に仕込まれた妖刀・皐月雨である。
 そして、まもなく追いついてきたのは、三体の悪鬼。標的が逃亡をやめたと判断するや、瞬く間に取り囲む。
 みのりはそれにひるまず、静かに竹箒から皐月雨の刃を抜き放った。
 普通ならば、複数の敵を相手にするのには、この公園のように包囲されやすい開けた場所は好ましくない。
 ……そう、“普通”ならば。
 今のみのり達にとって重要なのは、“包囲されないこと”ではなく“死角を減らすこと”。
 不意の攻撃さえ無ければさばく手はいくらでもある、という確信が彼らにはある。
 現に、悪鬼達が周囲から一斉に襲い掛かってきても、みのりはまったく動じずに対応した。
「皐月雨!! 術式“烈”ッ!!」
『応ッ!!』
 返答と共に、皐月雨の刀身が青紫色の強い光を帯び始める。
 そのまま刃を地面に突き立てるみのり。
 瞬間、轟音と共に、攻撃性のものへと変換された妖力が刃から同心円状に放たれる。
 術式“烈”。刀身に多量の妖力を凝縮する術である。
 高密度に圧縮された妖力はこのように爆発させることで、与えられるダメージ自体は少ないが広範囲に衝撃を与えることができる。
 妖力の衝撃波に吹き飛ばされる悪鬼達。みのりは間髪容れずその内の一体に肉薄する。
 そして逆手に持った皐月雨で横薙ぎに斬りつける。
 その一撃で悪鬼は斬り裂かれ、霧と化す……はずであった。
 だが。
(……浅いッ!?)
 刃は悪鬼の体の表面を斬るに留まり、斬撃というより打撃程度のダメージしか与えられなかった。
 傷を負いながらも、素早く体勢を立て直し向かってくる正面の悪鬼。同時に背後からもう一体が迫る。
「くッ!!」
 みのりは正面から突き出される爪を皐月雨でいなし、直後にわざと片足の力を少し抜き体を傾けることで背後からの突きを避ける。
「……!!」
 だがそこへ、残る三体目の悪鬼が真上から襲い掛かった。
 バランスを崩したまま地を蹴り、強引に横に跳ぶことで回避し、転がりながら受身を取るみのり。
 そのままの勢いで起き上がり、同時にさらに跳躍して後退しつつ、皐月雨に語りかける。
「皐月雨!! 術式“護”、お願い!!」
『心得た!!』
 皐月雨の柄の先に、やはり青紫色の淡く光る光球が現れる。
 みのりがそれをもう一方の手に持つ竹箒に当てると、光は表面を伝わって箒全体を包んだ。
 悪鬼達はそうしている間に散開し、正面と左右から襲い掛かってくる。
 右からの袈裟斬りを皐月雨で受ける。続く左と正面からの同時攻撃に対し、みのりは竹箒を突き出す。
 長さはあるため両方受けるのは不可能ではないが、普通ならば竹ごときでは悪鬼の凶爪に耐えることはできない。
 しかし……竹箒は悪鬼の爪との衝突面から電光を放ちつつ、二体の攻撃を見事受け止めた。
 これこそが術式“護”の力。時間は限られるが、包んだ対象に鉄壁の守りを与える。
 同時に、この術式に包まれたものは、通常ならば素通りしてしまう悪鬼の実体なき身体にも干渉するようになるため、うまく使えば戦術の幅が広がるという利点もある。
「てぇいッッ!!」
 みのりは一息に三体の爪を薙ぎ払い、皐月雨と竹箒で二刀流の構えをとる。
 それに対し、ただ闇雲に襲い掛かるだけでは限界があると判断したのだろう。
 悪鬼達は適度な距離を置きつつ、みのりの周りをゆっくりぐるぐると回りながら、みのりの様子を伺い始める。
 それは、ある種の群れをなすタイプの肉食動物の狩りにも似ていた。
(……様子見、ね。そうそう馬鹿じゃないんだ、悪鬼も)
『汝は悠長だな……。まぁ、こちらにできるのは“かうんたぁ”だけだから、こうなると長期戦になるのは必至だろうが』
 仮にこちらが先に特定の一体を狙って仕掛ければ、それは他の二体に背を見せることになる。先に動くのは得策ではない。 ……しかしみのりはそうは思わなかったようだ。
(悠長なのは皐月雨だよ。怖がってちゃできることもできなくなるよ?)
『む? だが前から言っているように、捨て身は感心できんぞ。どうするつもりだ?』
(こうするんだよッ!!)
 みのりはちょうど正面に来ていた悪鬼に向かって地を蹴る。
 それに合わせて正面の悪鬼は迎え撃つ体制をとり、みのりの斜め後ろ左右にいた二体がみのりの背に襲い掛かる。
 だが、次の瞬間。
 みのりは即座に地面を踏みしめ、一気に勢いを殺したかと思うと、左後ろの悪鬼に向かってバックステップした。
 悪鬼達にとって予想だにしない方向転換。狙われた悪鬼は、突然の標的の接近に攻撃のタイミング修正が間に合わなかった。
 加えて、自身は空中で標的に向かって高速接近中。相手の進行方向が真逆になったことで、接近する速度は想定の二倍どころでは済まない。
 だから、みのりが左脇下を通して突き出してきた皐月雨の切っ先を防ぐことは、物理的に不可能だった。
 体当たり交じりの一撃は悪鬼の胸の中心を貫き、みのりがそのまま横へ斬り払うと同時に悪鬼は霧と化した。
(よし! まずは一体!!)
『なるほど、“ふぇいんと”か。……いつもながらその機転は大したものだ。』
 みのりが着地すると同時に、状況把握に手間取っていた残り二体が我に返り、勢いよく襲い掛かる。
 悪鬼達は力任せの一撃だけでなく、やや軽めの連撃を交える攻め方に変えてきた。
 二体から次々と繰り出される爪撃を、皐月雨と竹箒を駆使して時に打ち合い、時に受け流し、さばいてゆく。
 打ち合う音がリズムを刻み、高速の剣舞が繰り広げられる。
「くっ……!!」
 その中でわずかな不意を突かれ、完全に避けきれなかった悪鬼の爪が肩をかすめる。
 だが代わりに、攻撃の隙を利用してその悪鬼の顎に竹箒の柄で突きを炸裂させた。
 もう一体がその間にみのりの頭を狙って横薙ぎに爪を繰り出してくる。
 それを避けるため、屈みつつその場で片足を軸に回転、二体同時に皐月雨で斬り付ける。
 ……しかし。
(……やっぱり、浅い!! 刃の突きでないとダメか……!)
 またも決定的なダメージを与えられない。
 続けて突きを繰り出すも、狙った悪鬼は既に後ろへ跳躍した後だった。
 一体がみのりと距離をとったその間に、もう一体が襲い掛かる。
 その爪をくぐり抜け、みのりは反撃として竹箒で思い切り叩き飛ばす。
 離れていたほうの悪鬼がそれを見て動きかける。
 が、こちらは比較的慎重派らしく、すぐには襲い掛かってこない。
 仲間が体勢を立て直してから同時に仕掛ける気だろうか。
(……なら、こっちから!!)
 みのりはこちらの様子を伺う悪鬼に向かって竹箒を投げつけた。
 ブーメランのごとく回転しながら悪鬼に迫る竹箒。
 とはいえ、ただ投げただけでは大したことはなく、悪鬼は簡単にそれをはじく。
 だがその時には、すでにみのりが眼前まで肉薄していた。
 渾身の突きに貫かれ、あえなく悪鬼は霧となった。
(あと一体!!)
 これまでのパターンからして、背後から仕掛けてくるであろう最後の悪鬼を迎え撃つべく、みのりは即座に振り向く。
 ……しかし、その先には何もいなかった。
 ならば、と迅速に周囲に警戒し、他方向に回り込んでいないか、どこか物陰に潜んでいないかと気を払う。
「…………?」
 それでも、悪鬼は既に影も形もなかった。それらしき気配もない。
『……逃げたようだな』
「……アレ? え? なんで?」
 あれほど執拗に攻めてきていた奴にしては引き際が良すぎる。みのりは少し拍子抜けした。


「どうする? 追うの?」
 先ほど投げた竹箒を拾いながら皐月雨に問う。
『いや、今回は深追いは危険だろう。また他の悪鬼と合流してあちらから仕掛けてくる可能性もあるしな。 ひとまずここで待機して様子を見たほうがいい』
「そっか。じゃあ少し休憩〜」
 そういって皐月雨の刃を竹箒兼鞘に納め、近くのベンチに腰を下ろす。
(……っあ〜疲れた。こういうとき、念じるだけで話せるって楽でいいよね〜)
『ふむ……やはり複数同時というのはやや辛いか』
(うん、やっぱり一体ずつ倒すのとはぜんぜん違うからね。ま、いい経験になったかな?)
『ああ。……だが、気になるな』
(……? なにが?)
 ポジティブに物事を考えるみのりとは対照的に、皐月雨は浮かない様子だ。
『確かに最近は悪鬼が増えてきた。一日のうちに複数の悪鬼を祓う必要があるほどにな。だが、それは常に一対一。 そして悪鬼はいつも隙あらば逃亡し、集めた精神力を王鬼の下へ運ぼうとしていた。……それが、今宵はどうだ?』
(……三体同時、しかもあっちからしつこく追いかけてきた……?)
 みのりも皐月雨の言わんとしていることに気付いたようだ。
『そう。しかも連携した攻撃など、明らかに統制の取れた動きをしていた。この変化はただ事ではない。恐らく……』
(王鬼の影響、か。完全覚醒が近いってこと?)
『その可能性が高い。覚醒の目処(めど)が立ったため、精神力収集に変わって新たに攻撃の命令を与えられたのだろう』
(厄介だね……。“解析”はまだ終わらないの?)
 祓った悪鬼の“解析”が済めば、覚醒しつつある王鬼を見つけるのは容易であるはずだった。
『いや、“解析”はほぼ終わっている。実は、探せばある程度王鬼の妖力の痕跡は見つかる段階まで来ているのだ。 ……問題は、痕跡を辿っても尻尾が掴めないということだ』
(そうなの?)
『うむ。巧妙に気配を隠しているのか……。なんにせよ、今回のようなことは過去に前例がない。以後はことさら用心したほうが良いかもしれぬ』
(そうだね。悪鬼もこないだまで一撃で倒せてたのに、ここのところ斬りにくくなったし。それもやっぱり王鬼の影響で強くなってるってことなのかな?)
 刃が通らず打撃程度のダメージしか与えられなかったのを思い出しながら言う。苦戦の大きな原因の一つだ。
『……いや。確かに多少は強くなっているかもしれんが、それほど劇的に防御力が上がったというわけではなさそうだ』
(え? それじゃ、皐月雨の斬れ味が落ちたとか?)
 冗談めかしてみのりは聞いたが、皐月雨は依然真剣な態度を崩さない。
『……そうだな、恐らくその通りだ』
(ええ!? ちょっと大丈夫なの? しっかりしてよ皐月雨)
 皐月雨の具合を心配するみのり。だが返ってきたのは意外な答えだった。
『いや、正確には我自身は以前から何も変わりない』
(へ? じゃあなんで斬れ味が落ちるの?)
 疑問符を頭の上に浮かべるみのりに、皐月雨は何を迷っているのかしばし間をおいた後、説明を始めた。
『……汝も知っているように、悪鬼は精神体。普通の物体は悪鬼に干渉することができない。それを可能とするには妖力が必要だ』
(うん、皐月雨は妖力が込められてるから悪鬼を斬れるんでしょ?)
みのりは当然というように答えるが、皐月雨は同意しなかった。
『……そこだ。半分正解ではあるが、それだけでは不十分なのだ』
(そうなの?)
『我が宿ることで妖力が込められても、干渉が可能となるだけで“斬る”ことはできない。 刀が“斬れる”のは物体としての形状・特性による能力だからな』
(えぇ〜? だって実際斬ってるのに……? 刀だから斬れるんじゃないの?)
『この姿は、主が妖力に“斬る”という属性を与えやすくするためのもの。 精神体である悪鬼を“斬る”には、主がその意志により我の妖力を操る必要がある。……つまり、“妖刀として”の斬れ味は』
(……私次第、ってこと?)
『……うむ。あまり勘繰るのも気乗りしないが……。数日前から、時折ごくわずかだが汝に“らしくない”様子が見られたように思う。 何か、心に揺らぎを生じさせるような悩みや迷いを抱えているのではないか?』
 ……しばし、沈黙が辺りを支配する。
 が、やがてみのりは観念したようにため息をついた。
(お見通し、か。……確かに、悩みっていうか、ちょっと考えてたことはあったよ。 でも、もう変に引きずるのはやめたつもりだったんだけどなぁ。溝口さんに話した後は)
『ふむ、人に話すのは良いことだ。自分の中だけでくすぶらせているより、心が軽くなることもある。 ……だが、それでも吹っ切れるまでには至らなかった、ということか』
(まぁ、ね。……せっかくだから、皐月雨も聞く? 皐月雨になら話してもいいかな、溝口さんと似てるから)
『似ている? 我が、溝口殿と?』
 意外な意見に、皐月雨は少し驚く。
(正確には、“私との関係が”ね。普通は私達って、家族とか友達とか、いろんなグループに属してるでしょ?  でも、皐月雨や溝口さんは、そういうグループには属してない)
『なるほどな。通常の交流とは独立した関係だからこそ、話しやすいということか』
(まあ、そういうこと。……でも本当はね、皐月雨には言うつもりなかったんだ)
『そう……なのか?』
(あ、別に悪い意味じゃないよ。……ただ、私の考えてる悩みは皐月雨みたいに大きな使命のためにまっすぐ生きる人にとってはちっぽけなんじゃないか、って。 愚痴っぽいことを言うのもどうかな、って思ったんだ。でも、その使命に支障が出ちゃうんじゃ仕方ないかな)
『いや、そのような遠慮は無用だよ、みのり。使命が大きかろうが別に偉いとかいうわけでもなんでもない。汝が望むなら愚痴でも聞こう。 ただし、老婆心ゆえ単に愚痴を聞くだけでなく進言もさせてもらうがな』
 その言葉にみのりはいたずらっぽく微笑し、切り返す。
(進言、ねぇ。参考程度にしか聞かないよ?)
『それで良い。……否、むしろそうでなくては。行く道を決めるのは汝自身だ』
(そう? なら聞いてもらおうかな。……私が考えてたのはね)
 みのりはあえて一呼吸置いてから、静かに続ける。
(……“正義”って、なんなのかな、って)
『正義?』
(そう、正義。って言っても、私なりの答えは一応もう持ってるんだ)
『ほう?』
(正義は、自分自身の中にある。その時その時で、何が正しいか。それをよく考えて、自分が選び出した答えが正義。そう思ってた。……でも)
 みのりは言葉を区切り、苦笑する。
(それだと自分の“正義”と他の人の“正義”が衝突しちゃうことがあるんだよね。 お互いが正しいと思うことをしてるのに、まったく逆の結果になって。 ……まぁ、ようするに。そういう成り行きでクラスの子と険悪になったんで、“正義”についてちょっと考えてた、って。そゆこと)
『なるほどな。実に哲学的な問題だ、それは難しかろう』
(うん。……難しいよ、とっても。何百年も生きてる皐月雨からしたら、きっかけがちっぽけかもしれないけど)
『そんなことはない。我にも同じような経験はある。……いくら自分が信じた道を選んだとはいえ、そう簡単に割り切れるものではないさ。時折自分が選んだ道は本当に正しかったのか、疑うこともある』
(へぇ……? 意外。皐月雨にもそういうことあるんだ)
心底意外そうに尋ねるみのり。
『当然だ。そもそも、この世に“絶対の正義”など無いのだからな』
(ふ〜ん? じゃあ、この悪鬼との闘いも、正義とは言い切れないの?)
 ふざけて意地悪く聞くみのり。だが。
『そうだ』
 皐月雨はさらりと、事も無げに答える。その言葉に、みのりは意表を突かれた。
(えぇ!? 違うの!? じ、じゃあ私たちのしてることって一体……)
『生存闘争だ。』
(せ、せいぞんとーそー?)
 さらに意外な言葉を放つ皐月雨。みのりはもう呆気に取られている。
『そうだ。そもそも“正義”というのは人間が作り出した概念。人とは性質の異なる生命体である悪鬼に、人間の正義は通用しない。 奴らは生きるために人間の精神力を奪い、我らは人間への深刻な被害を抑えるために奴らを斬る。これは異なる種同士の間での自然の摂理、生存闘争なのだ』
(……は〜。そ、そうだったんだ。てっきり皐月雨は正義のために闘ってるんだと思ってた。使命感が強いから何百年も闘えるんだとばっかり……)
 もはや戸惑いっぱなしなみのり。対する皐月雨はさも愉快そうに、含んだような笑いを漏らす。
『ふっ……くくっ。みのり、それは我を買い被りすぎだ。 いくら大儀のためといえ、我はそれだけのために数百年も闘い続けられるほど、正義漢でもお人好しでもない。結局は己のためさ』
(自分の、ため?)
『そう。己の“意志”を貫くため。……まぁ、結局のところ、汝の信じる“正義”を“意志”と言い換えただけだがな』
「……意志、か……」
 軽くうなずきつつ、ぼそり、とみのりが呟く。
 それきり、黙って思案にふける。皐月雨もそれに習い、黙ってしばしの静寂を味わう。
(……ひとつ、聞いていい?)
 静寂を終わらせたのはみのりだった。
『なんだ?』
(もし答えにくいんだったら答えなくていいけど……。皐月雨は悪鬼と数百年も闘い続けてるんだよね。 しかも闘ってないときはひたすら眠って力を蓄えてる)
『ああ』
(それってつまり、ほとんど一生、闘いと眠りの繰り返しでしょ?  ……そこまでできる“意志”って、何? どうして皐月雨は、そんなに……“強い”の?)
 みのりは、妖刀の生きる理由を静かに問う。
『……“強い”、か。果たして我は“強い”のか。……我の“意志”について詳細を語るには、少し時間がかかるかも知れぬ。 だが別に隠すようなことでもなし、汝が望むなら答えてもかまわんが?』
(うん。時間はわりとたっぷりあるし。……私の“正義”について考えるのにも、きっと役立つと思うから)
『ふむ。ならば……』
 そして、皐月雨は主の問いに答えるため、遠き日を想い、描き出す。

『昔話を、しようか』





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